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江戸東京・山手 49 於岩稲荷の日蓮宗・陽運寺 江戸時代の文政8年、歌舞伎戯作家・四代目鶴屋南北の「東海道四谷怪談」は大評判となり、 「お岩」は庶民から畏敬され、この陽運寺は由縁の所として多くの参詣者が訪れるが、 戦災に遭い焼失したので、栃木下野の薬師堂を移築再建した、その棟札には宝暦7年とある。 於岩の戒名は得証院妙念日正大姉、墓は鮫ヶ橋にあったが、現在は巣鴨新庚申塚にあり、 この堂には於岩尊像を祀り、参拝者祈願の対象となり、境内には由縁の井戸、再建記念碑がある。 於岩稲荷の日蓮宗・陽運寺の山門
栃木下野の薬師堂を移築再建した霊堂。 棟札には宝暦7年とあるという。 於岩尊像が祀られている。 参詣者が多く、願掛け絵馬、おみくじが納められている。 於岩稲荷霊神が祀られている。 右には「於岩様誕生之地」と刻まれている古い石柱、苔生している。 左は由縁の井戸がある。 於岩稲荷霊堂再建記念碑と心願成就の石。 於岩稲荷水掛福寿菩薩とお百度石 於岩様由縁の井戸で、御霊水として使われているという。 |
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2009年03月21日
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