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さいたま・大宮 01 武蔵一の宮・氷川神社 武蔵一の宮・氷川神社は、さいたま市大宮区高鼻町にある。 神社の略記によれば、 「2400有余年の昔、第五代孝明天皇の御代3年の御創立で、 聖武天皇の御代「各国に一の宮の制」を定められたとき、武蔵一の宮と称せられ、 醍醐天皇の朝に定められた延喜式には名神大社として月次新嘗案上官幣に預かり、 臨時祭にも奉幣に預ったことが記されている。 明治になり、元年に明治天皇の行幸、御親祭なされ、当国の鎮守勅祭の社と定められ、 明治4年官幣大社に列せられ、年々の大祭には勅使の御差遣、東游の御奉納などがあり、 荘重厳粛な祭儀が行われた。 氷川神社名の社は、大宮を中心に、埼玉、東京、神奈川に二百八十数社あり、 武蔵国造の子孫が大宮を本拠に民族的政治的に繁栄したことを物語る」 と記されている。 また、「上代のことは詳らかではないが、冶承4年(1180)源頼朝公が土肥次郎実平に 社殿再建を命じ、文禄5年(1595)徳川氏が伊奈備前守忠次を奉行として造営せしめ、 次いで寛文7年(1667)には阿部豊後守を奉行として社殿の建立がなされた。 以来幾度の御造営があって、今の社殿は昭和15年(1940)の竣成で、流造り社殿」 とある。 御祭神は須佐之男命、稲田姫命、大己貴命 例祭日は8月1日 「神社は元神領の大宮公園を控えた聖地で、境内の広さ3万坪、参道は古杉老松の古木を しのばせ、中山道一の鳥居から2km、旧国道16号沿いの二の鳥居は高さ13mで木造鳥居では 関東一の高さ。 境内には楼門、舞殿、神橋、池水満々、季節の風致は美を極め、 霊気おのずと襟を正さしめる」とある。 旧中仙道から氷川神社参道の入り口、一の鳥居。
一の鳥居の前にある「武蔵一宮氷川神社石碑」は官幣大社の文字がセメントで埋められ (大分剥がれて読めるようになっている)、正観音の文字が削られて、 明治維新と第二次大戦後の激動を碑面に伝えている。 「宮まで18丁(2km)」の平成元年の石碑があるが、記録では享保7年(1722)の造立で、 正観音の文字が削られたものがあるとされるが見当たらない。 両側の石灯篭は安政3年に奉納されたもの。 参道の旧国道16号との交差する所に二の鳥居がある。 境内神域の入り口に三の鳥居がある。 ここから神社の神域になる。 末社、巫女神楽殿、神楽殿、額殿などの境内を抜けて、神池にかかる神橋を渡ると、 朱色の楼門がある。 朱色の回廊が巡らされた楼門をくぐると、神域の中央に舞殿が設けられ、その奥に本殿の拝殿がある。 祭礼にはこの舞殿で、優美に雅楽の奉納がなされることであろう。朱色の楼門は美しい。 東門の脇に摂社が祭られている。 摂社には門客人神社と天津神社の同じ造りと思われる2社が立ち並び祭られている。 別の場所に摂社・宗像神社が祭られている。 末社の稲荷神社も祭られている。 そのほか、山祗神社、石上神社、愛宕神社、雷神社、住吉神社、神明神社、天満神社、 松尾神社、御嶽神社。 八百万の神々が、ここ氷川神社に集いておわす。 |
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2009年04月24日
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