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江戸東京・都心 05 日比谷公園は野外博物館 その3 旧日比谷公園事務所(東京都公園資料館) 洋風庭園・第一花壇ペリカン噴水の前に、旧日比谷公園事務所があり、 わが国最初の洋式公園である、日比谷公園の管理事務所として、 明治43年(1910)11月に竣工した建物で、設計者は福田重義・技師であった。 現在1階部分に倉庫、厨房、物入、便所、2階部分にベランダ、ホール、展示室、事務所などが 設けられている。 昭和51年(1976)に公園資料室として、内部を改造しているが、構造・概観は旧態を留め、 2階展示室にある腰掛、天井、ベイウインドーの腰掛け、階段に当初の名残を留めている。 洋式庭園に相応しいように設計されたドイツ・バンガロー風の瀟洒な建築物で、 明治期の数少ない近代洋風建築の一つとして建築史上貴重であるとして、 東京都指定有形文化財(建築物)に指定されている。 この東京都指定文化財の建物を、ウエディング会場に用いて 「思い出に残る結婚式」「家族だけのこじんまりした結婚式」「愛犬と一緒に」 「外国映画風のウエディング」など全てが叶うブライダルフェア開催中。 ホントおすすめと思う!! 旧日比谷公園事務所のお隣さん、日比谷茶廊ガーデンレストランと誘惑のショー・ウインドー 休みたくなりますよネー!! 松石 ビヤー・ジョッキ看板の陰の笹薮に、なにやら不思議な石塊!! 説明板によれば、「「松石」と言い、今から3−5千万年前の植物が、水底に運ばれ埋没した後、 珪酸質の液が染込んだものを珪化木という。 北九州の炭田では、炭層中に珪化木が含まれ、これを「松石」また「松炭」と呼んでいる。 此処にあるものは、昭和初期、福岡県外亀山炭坑の地下300mのところから 長い木のまま発見されたものの一部である」という。 ホホー、正に木の化石!! 木の年輪が模様になっていて、化石はさりげなく置かれている。 三笠山 祝田橋交差点出口方向の散策路を行くと、第一陳列場があり、その先左側に「三笠山」がある。 公園造成時に池などを掘った土で、人工的に小丘をつくり、公園造園時には全体が3つの笠を 伏せた形に似ていたので、「三笠山」と名がついたといわれている。 その後、テニスコートの造成など周辺の整備に伴って、山の形は変わったが、 「三笠山」の名は残った。 水飲み この「三笠山」のふもとに、「水飲み」がある。 日比谷公園開園当時の明治36年のもので、鋳鉄製で重厚な感じだが、細かな装飾が施され、 デザイン的にも見応えがある「水飲み」で、馬にも水が飲めるような形に作られていて、 当時の陸上交通には自動車などが無く、荷車、特に牛馬が重要な部分を担っていた当時が しのばれるものです。 人の水のみより、牛馬の水のみを優先した、また仲良く水を飲んでいた様子がうかがえ、 微笑ましくなる貴重な物です。 アーク灯 祝田橋交差点口の脇にある「アーク灯」 この「アーク灯」は開園当時の公園灯で園内に10基設置され1200燭光の明るさが あったとされる。 「アーク灯」のほか「ガス灯」が70基設置され、「水飲み」と同じ鋳鉄製で統一された デザインとなっていて、明治の記念物として1基ずつ公園に残した。 祝田橋交差点口。 門柱の外灯が古風です。 |
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2009年06月25日
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