なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   埼玉:蕨・戸田04 真言宗の名刹 金亀山三学院

   金亀山三学院

   真言宗の名刹 金亀山三学院は、旧中仙道街道筋の本陣跡近く「地蔵の小径」を入ったところにある。

   三学院は豊臣の時代、天正初期(1580頃)の創建と伝えられ、
   真言宗の関東有数の規模を誇る伽藍を備える名刹である。
   山門、仁王門、本堂、三重塔、鐘楼が立ち並び、墓地には江戸時代の作といわれる
   極楽弁天・八臂像を祀る弁天堂、玄奘三蔵法師の霊骨を奉安する舎利殿、閻魔を祀る閻魔堂、
   日清戦没以来大東亜戦争にいたる国難に挺身散華せられた英霊を鎮護せる平和観音像、
   仏陀釈尊の仏足石などなど、広い境内に色々と祀られている。

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   山門と仁王門の中間右側に地蔵堂があり、江戸時代元禄7年(1694)に
   江戸浅草橋の紀国屋平兵衛により建立された子育地蔵葉、火伏・開運・子育ての霊仏として
   信仰を集めている、蕨市最大の地蔵尊は蕨市指定文化財。
   六地蔵尊は寛文から元禄の造立された石の地蔵尊。 
   最もユニークなのは万治元年(1658)造立の地蔵尊は「目疾地蔵」と呼ばれ、
   目に味噌を塗ると目の病が治るといわれ、現に地蔵の顔に味噌が塗られていた。
   これも地域の信仰の多様なる証。
   地蔵堂の前には、元禄14年(1701)の常夜灯一対があり、その脇に仏足石があった。
   これらの地蔵尊と常夜灯は蕨市指定文化財に指定されている。
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   木の香の新しい講堂の裏手にある、宝篋印塔は江戸時代中期の宝永2年(1705)に
   造立されたもので、蕨市指定文化財。
   宿場町として栄えた蕨宿の、代々本陣を勤めた「加兵衛家」と「五郎兵衛家」、
   脇本陣を勤めた「新蔵家」などの墓石群という。
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   山門入口脇にある、三学院梵字馬頭観音塔は、寛政12年(1800)に蕨宿馬持ち講中により、
   宿場の安全息災を願って造立された、正面に筆太に南無・馬頭観世音と刻まれ、
   梵字で表現した事例の少ない石造物で、蕨市指定文化財。
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