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埼玉・川口 29 川口市前川の観音様・観福寺 前川観音といわれる補陀洛山・観福寺は川口市前川4丁目にある。 JR京浜東北線・蕨駅近く川口市芝から東に向かう道路、通称・前川観音通りを 蕨駅から1.5km程のところにあり、更に500m先に前川神社がある。 築地塀が巡らされた山門を入ると、右側築地塀の後ろには六地蔵尊と庚申塔が並び、 そして朱塗りの観音堂の建物が、左側には白象を祀った白象堂の建物と鐘楼とが立ち並び、 前面には高木に覆われた広々とした境内、会館などがある。 観音堂は、阿吽の仁王2体の石像が守護している。 観音堂の階を昇り、内部拝殿の右側にオビンズル様が安置され、 左側には大黒様が安置されている。 ガラス越しの、正面厨子に千手観音が祀られているようである。 観音堂の真正面先に観福寺事務所、右に観福寺本堂の建物がある。 観音堂脇に掲げられた前川観音縁起によれば、 「今から800年程前のこと、源氏に敗れた平維盛の子、六代は捕らわれたが、 文覚上人の決死の助命により命を救われ、源氏に対し謀反の心の無いことを示す為出家し、 妙覚と名を改めた。 やがて源頼朝亡き後、鎌倉幕府は再び妙覚を捕らえ、駿河の千本松原で斬首しようとしたが、 妙覚の胸の念持仏・千手観音から五色の光が輝き、斬り手の目がくらみ、卒倒してしまった。 その時2頭の白馬が駆け寄り、妙覚を乗せて飛ぶが如く走り去り、やがて幾時が過ぎ、 馬の足が止まった所が、この地武蔵国前川の里であった。 妙覚は度重なる佛恩に感謝し、小堂を建立し念持佛を安置、朝夕観音経を読誦し、 69歳で遷化した。 以来、前川観音は妙覚上人の度重なる災難を防いだので「厄除け観音」として信仰を集め、 観音経が唱え続けられている」 ということである。 補陀洛山・観福寺は築地塀が巡らされている。
門の前は「前川観音通り」と道路標示されている。 門の入ると観音堂側面である。 観音堂の正面に通じる石畳。 左右に阿吽の仁王2体の石像が守護する。 観音堂の正面。 内拝殿は、参詣者を感知し照灯する。 格子ガラス越に、正面厨子に千手観音。 内拝殿右にオビンズル様、左に大黒様。 補陀洛山・観福寺本堂建物 補陀洛山・観福寺 寺務所 本堂と寺務所の間の庭。 享保11年(1727)に奉納された萬霊塔。 弁財天と彫刻された石柱を配置する庭模様 補陀洛山・観福寺 多目的会館 山門入り口の築地塀内にある六地蔵尊と庚申塔 3基の庚申塔の一つに、道標を兼ねた庚申塔があった。 庚申塔に左脇に「寛政11年(1800)奉納 左 大宮道 南 善光寺道」 左は大宮宿に通じる道、南は善光寺に通ずる道と彫刻されている。 善光寺は、江戸から「荒川の渡し」で川口宿に渡った、船着場があったところで、 付近に善光寺がある。 |
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2009年10月07日
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