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江戸東京・山手 28 富久町西交差点 富久町西の交差点で、前方に靖国通り新宿方面を望む街並み。 ここは靖国通りと、左に外苑西通り起点の交差点になっている。 暗闇坂 この界隈、四谷、市ヶ谷は、これ程坂道があるとは知らなかった。 もっと平坦な所と思っていたが、記憶とはいい加減なものだと、つくづく思った。 ここは「暗闇坂(くらやみさか)」。 四谷北寺町に出る坂で、樹木が生茂って暗かったので「暗闇坂」の名がついた。 江戸時代、この坂の上一帯には多くの寺が並び、「四谷北寺町」といわれる所で、 一層不気味なところであったという。 曹洞宗全長寺 まず、四谷北寺町のうちの、曹洞宗全長寺。 現代風な建物。 明るい坂道の「暗闇坂(くらやみさか)」を登ったところにある。 曹洞宗養国寺 曹洞宗養国寺は、庭があるが寺の本堂が見当たらない。 山門とおぼしき面影、木立の面影はあるが廃寺?? 曹洞宗養国寺には、幕末の外国奉行でヨーロッパに正使として派遣された竹内保徳の墓があると 案内書には記載されてはいるが?? 紅葉山西迎寺 東隣は紅葉山西迎寺。 境内に高さ4mの阿弥陀如来坐像がある。 元禄7年(1694)の銘文がある。 旗本・伏見勘七郎が父の供養に寄進、鋳物名工・椎名伊豫守良寛と兵庫重長によるもの。 青銅製で座高237cm、台座135cm。 両手の親指と人差し指で輪をつくり膝上で合わせた「定印」を結んでいる。 新宿区内の鋳造・阿弥陀如来坐像としては規模が大きく、造立者、製作者が判明している 歴史資料としての価値が高い。 新宿区指定文化財 西迎寺第8世超誉萬愚が旗本・伏見勘七郎などに喜捨を仰ぎ、 貞享3年(1686)に鋳造された梵鐘。 150cm、江戸鋳物師椎名伊豫守良寛の作。 江戸鋳物師の製造技術が頂点に達したときの作品で、銘文から歴史を知る価値の高いものとして、 新宿区指定文化財。 太平洋戦争中の供出により、区内の江戸時代の梵鐘は残数が少なく貴重なもの。 裏道より後姿の坐像 全勝禅寺 路地を南に行くと全勝禅寺 全勝善寺には山県大弐の墓・記念碑がある。 山県大弐(1725−1767)は江戸中期の尊王思想家で、 先祖は武田信玄の勇将山県三郎右兵衛といわれ、山梨件竜王の生まれ。 後江戸に出て岩槻藩大岡忠光の医臣となり、のち八丁堀で塾を開き勤皇の大義を説いた。 著書「柳子新論」で尊王思想と幕政批判したため、危険人物と投獄処刑された。 門下生に吉田松陰などがでて、のちに尊王論者の師と仰がれ、高く評価された。 墓は初め全福寺にあったが廃寺となり全勝寺に移された。 新坂 新坂、荒木町と舟町との境を北に靖国通り手前まで下る坂で、全勝寺に沿って削って 新しく出来たので「新坂」という。 新選東京名所絵図に「全勝寺は大門長くして杉樹連なりしを以って俗に杉門と呼べり、 今は杉樹は伐採し、その路は新道に通じ直に市谷に達せり」と記されている。 真宗大谷派法雲寺 更に路地を行くと、真宗大谷派法雲寺 真宗大谷派四谷山正應寺 隣に真宗大谷派四谷山正應寺
法雲寺第4世順意が、枡屋、長谷川氏、飯田氏、江藤氏などの喜捨を受け、 享保8年(1733)鋳造されたもので、江戸鋳物師河合兵部藤原周徳の作。 史料的価値の高いものとして、新宿区指定文化財。 太平洋戦争中の供出により、区内の江戸時代の梵鐘は残数が少なく貴重なもの。 |
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2009年02月20日
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