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さいたま・浦和 33 三室の里の庚申塔 北浦和駅からの北宿通りの、中尾と三室の境となっている細道に入って行くと、 古風な塚がありそこに庚申塔が建っていた。 よくよく見れば何と由緒ある庚申塔。 さいたま市には多数の庚申塔があるが、これは高さ2.25mと旧浦和市内最大の庚申塔で、 昭和56年には旧浦和市指定有形民族文化財に指定されている。 この庚申塔の正面には、2童子を従えた青面金剛像、4夜叉像が浮き彫りに彫られ、 台石に「ミザル、キカザル、イワザル」の3猿と2鶏が、そして笠には日月が彫られている。 「奉待庚申供養塔」「寛保二壬月歳正月吉日」「武州足立郡木崎領三宝村宿講中」とあり 寛保2年(1742)に三室村宿の講中によって建てられたことが知られる。 江戸時代後期の庚申塔は小型で簡素なものが普通で、このような大型で賑やかな彫刻が施された 庚申塔は非常に珍しい。 この庚申塔が建っている塚は「さるまん塚」と呼ばれているそうだ。 しかもこの道は旧赤山街道でも在ったらしく、この庚申塔には、 「東へ赤山道」「西へ大宮道」の文字が刻まれていて、道標にもなっていた。 昔からこの塚に建っていたのであろう、独特な形をした庚申塔。 2童子を従えた金剛像と4人の夜叉像が浮彫りに彫られている。 「ミザル、キカザル、イワザル」の3猿と左右に鶏がが、これも浮彫りに彫られている。 右側面に「奉待庚申供養塔」「寛保二壬月歳正月吉日」「東へ赤山道」の文字が彫られている。 左側面に「武州足立郡木崎領三宝村宿講中」「西へ大宮道」の文字が彫られている。 浮き彫りに彫られた金剛像、2童子、4夜叉とも豊かな表情をしている。 氷川神社 庚申塔の塚から少し奥に入ったところに、屋根瓦ののった白壁が巡らされた家があったので、 近寄るとこの家の屋敷神社のような氷川神社があった。 |
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2009年03月30日
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