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さいたま・大宮 07 江戸時代に開かれた町・大宮宿と新開地・大宮の街を結ぶ大栄橋 大栄橋は昭和34年(1959)完成の跨線橋で、川越新道の開かずの踏切を解消した。 大宮駅の北側にある川越新道は、川越に通じる街道として、古くからあった道を、 改修した旧16号国道であったが、昭和30年代から大宮及びその周辺まで、 東京のベットタウンとして開発され、東北線・高崎線、貨物線が混在した線路は、 電車・列車の往来が煩雑となった。 更にまた大宮車両修理工場・大宮機関区などもあって、更に拍車をかけので、 此処の踏切は時間によっては、開かずの踏切となってしまった。 大栄橋は、昭和37年(1962)封切り映画、吉永小百合の「キューポラのある街」の ロケで使われ、当時の跨線橋としては大きい橋で、今も東西を結ぶ大動脈の橋である。 旧中仙道の繁華街を過ぎたところ、大栄橋の東側の交差点で、この大栄橋は鉄道跨線橋として、
大宮西側新開地を結ぶ重要な橋である。 東方面には、大宮氷川神社の二の鳥居前を通り、国道16号線バイパスに接続し、 岩槻に抜ける岩槻街道・旧国道16号線の道である 大栄橋西側のスクランブル交差点。 大宮駅が東北・上越新幹線が昭和57年6月に大宮駅から発着し、 昭和60年3月上野駅発着まで、3年間東北・上越新幹線の要として勤め、 大宮駅は西側を中心に大変革をした。 それに伴い、西側の開発は目覚しく発展し、東西の街の人の流れは、駅のコンコースに 集中するようになった。 此処、大栄橋西詰スクランブル交差点は駅コンコース北側の要である。 新幹線駅舎は西側にあり、埼玉新都市交通ニューシャトルも新幹線線路の脇に設けられ、 北部ニュータウンの交通となっている。 スクランブル交差点の上を走るニューシャトル、大栄橋の上を走る新幹線とニューシャトル。 西方向には、国道16号線に接続して川越方面に。 大宮駅と複雑な路線線路。 ホームに停車する電車は、東武鉄道・野田線。 前方大宮駅コンコース、新幹線ホーム。 新幹線ホーム駅舎、下は埼玉新都市交通ニューシャトル駅舎。 高層ビルはソニックシティ 大宮駅コンコースと複雑な線路。 大宮駅東側のビル街、電車は東武鉄道・野田線 大栄橋北側。 左側建物はJR東日本大宮総合車両センター(車両の修理点検塗装工場)の 長い建物が続く。 車両センターの北隣に、鉄道博物館がある。(ニューシャトル鉄道博物館駅) 大栄橋東詰め、橋の袂の交差点近くにある阿弥陀堂は、甲州武田家の遺臣で、 大宮宿脇本陣を勤めた栗原一族の持仏堂である。 大栄橋東詰め、橋の袂の交差点、ビル(第一商品)脇の立木生垣に囲まれた 緑地にある稲荷神社。 何故、東京都文京区教育委員会の案内板??? |
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2009年05月12日
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