なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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   さいたま・大宮 09
     大宮宿から中仙道を北に歩く その2

   大宮宿から中山道を北に向かって歩き、新幹線のガードをくくると、国道17号と交差する。
   交差点前方の角には交番があり、国道17号・新幹線沿いに右に行くと、
   埼玉新交通ニューシャトル加茂宮駅がある。
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   バス停「中屋前」に江戸期の絵図には「加茂宮の一里塚」が描かれているが、
   今は塚の存在を知る人はないという。
   宝暦9年(1759)の銘がある「橋供養塔」 
   これもかつては中山道の道しるべとして250年もの間、道端に立っていて、
   旅人の旅情を癒していたが、住宅地となった今は、消滅する運命にあるような予感がする。
   2・3日前ぐらいに横道道路のアスファルト工事が終わったばかりらしく、
   供養塔はそのアスファルトで石塔の下の部分が固められていた。 
   これではタダの邪魔な石があるだけと、多くの人は考えるだろう。 
   このようなものは、歴史的資料として後世に伝え残すべきものか、今問われている。  
   これに限って言えば、行政は、道路補修工事の設計の段階で、250年風雪に耐えて存在していた
   歴史的資料に気付いていた筈、施行業者もこれが何んであるかを気付いていた筈、
   特に教育委員会はこのような歴史的資料に対して、どのように対処するかが問われている。 

   多くの場所は、観光的に尋ねても、その地の教育委員会が、歴史的背景を踏まえた、
   丁寧な案内板を設置しているので、事前の知識なしでも訪れることができる。   
   しかし、元大宮市に限って言えることは、大宮宿の存在は、
   大宮市の存在発展に重要な関わりを持っているのであるが、
   事前にある程度の知識を持って訪ねたが、場所を特定することが出来ず、大変苦労をした。
   しかも、保健センター交差点の馬頭観音供養塔、三界萬霊塔などの道しるべ、
   橋供養塔などの保存方法。
   元・大宮市の教育委員会は歴史的資料の取り扱いに関心が無く、熱意も無かったので、
   昭和40年代以前の歴史資料の探索は、非常に困難な状況にあることを痛感した。  
   さいたま市になってどのように変わるのか??
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   旧中山道の高崎線宮原駅入り口の交差点である。  
   旧中山道を左折すれば宮原駅に、
   右折すると宮原駅前通りは国道17号線から産業道路まで桜並木になっている。
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   旧中山道大宮方面 と 旧中山道上尾方面へ。
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   宮原交差点から200mくらいにバス停「天神橋」
   地名の由来の「天神社」と昔中山道を横切る水路に架かっていた「天神橋」の
   欄干の一部が保存されている。
   此処は大宮宿と上尾宿との中間に位置していたので、「立場」が設けられていた。
   天神橋名物「紫蘇巻唐辛子」が人気であったという。
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