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江戸東京・山手 56 新宿駅東口の風景 新宿駅はJR線、小田急線、京王線、東京メトロ線、都営地下鉄線、などの発着・乗換・通過と 日本一利用客の多い駅である。 新宿駅西口は東京都庁など超高層ビルの林立するオフィス街、デパート、ホテルなど集中するが、 新宿駅東口は、昔からのデパート、商店、歓楽街など、多彩に包括する地域である。 おのずと駅から外に出て、最初に目に飛び込んでくる景色は、東西で大きく異なっている。 しかし新宿の駅構内は何時も人で溢れている。 新宿駅一日の利用客はJR150万人 小田急50万 京王70万 東京メトロ30万 都営30万ともいわれている。 新宿駅東口出口の駅ビル・ルミネエスト、さくらや、ヨドバシカメラが並び、 駅前は時々イベントなどが催される新宿ステーション・スクエアーがある。 新宿ステーション・スクエアーのライオン広場。 災害の罹災者、恵まれない人々に、 愛の手を!! ライオンの口に、コインの投入口がある 新宿ステーション・スクエアー広場。 広場の隅に「馬水槽」(写真中央) 馬水槽 「馬水槽」は人や動物が水を飲めるようになっている給水槽 東京の水道育ての親、中島鋭司博士が明治34・5年に水道事業視察のため欧米諸国を歴訪、 ロンドン水槽協会から東京市に記念品として送られたものがこの馬水槽。 この塔は赤大理石製で、明治39年(1906)に東京市役所(現在・千代田区有楽町)に 設置されて、給水していた。 当時の東京は、荷馬車が唯一の交通機関であったので、この給水塔を馬が利用していたといわれる。 その後自転車、自動車が盛んになり、利用者が少なくなって、 大正7年(1917)旧水道局守衛門前に保存移転し、 大正12年(1923)関東大震災で被害を受け、放置せれた。 昭和2年(1927)修理したが放置されるようになった。 戦後世相安定し、地下鉄工事も始まり、昭和32年(1957)淀橋浄水場に移され、 淀橋浄水場が東村山に移転された昭和39年(1964)、新宿民衆駅が完成したので、 此処に移設して長く記念することにした。 愛称を一般公募し「みんなの泉」と名付けられ、新宿駅に保存された。 この「馬水槽」は、上部は馬の水飲み場、下の小さな水槽は、犬、猫などの小動物の水飲み場、 背後には人間の水飲み場になっていて、人間と動物が仲良くすることを意味しているが、 今ではロンドンでも見かけることが困難である、貴重な物件であるという。 新宿区指定有形文化財に指定されている。 西条八十の句碑 新宿ステーション・スクエアー広場にある、 西条八十の句碑 「武蔵野なりしこの里の 昔のすがた偲ばせて 小畦の花のむれと咲く ビルのネオンの赤き花」 西条八十は1892年東京に生まれ、早稲田大学文学部卒、日夏耿之助らと同人誌を刊行、
フランス留学、帰国後早大仏文科教授、日本音楽著作権協会会長、日本芸術院会員。 象徴詩人のみならず、歌謡曲作詞家、童謡詩人としても活躍した。(1892−1970) 新宿駅東口、新宿ステーション・スクエアー広場、ビル街の風景景観 はとバス定期観光 寅さんふる里・柴又コース (掲示の参考ツアーコース) 新宿駅東口出発 新宿駅出発―浅草観音―柴又「川甚」食事―柴又帝釈天―巣鴨とげぬき地蔵―東京駅 料金 大人¥8900、子供¥6300 |
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2009年05月23日
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