なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

   さいたま・浦和 48
     わら屋根の鐘楼のある大興寺

   さいたま市緑区大門に真言宗智山派・慈眼山大興寺はある。 
     (浦和―東川口バス大門下車、国道122号線・東北自動車道の沿線)
   東北自動車道の側道国道122号上り線、東北からの大型トラックがウナリをあげて
   通行する脇に、大興寺はある。 
   しかし寺内に入ると、まず目に付くのは、素朴なわら屋根の鐘楼と、境内の静寂である。
   山門の左脇に、徳本上人念仏供養塔と、「奉供養高祖弘法大師宝塔一基」がある。

イメージ 1

イメージ 2


   徳本上人念仏供養塔  さいたま市指定有形文化財(歴史資料)

   徳本上人は江戸時代後期に活躍した浄土宗の僧で、宝暦8年(1758)紀伊国(和歌山)に
   生まれ、文化13年(1816)江戸小石川・一行院を道場に東国を巡り、宗旨を問わず
   寺院境内に、念仏化道を歓める講の会所に、講中により会所に独特な書体の六文字名号と花押を
   刻んだ供養塔が、建てられた。
   此処の供養塔は正面に「南無阿弥陀仏」「徳本」「花押し」、
   右側面に「五十年 夢のうき世と思うべし ねても覚めても 後世を忘るな」のご詠歌、
   左側面に「文化14歳次丁丑四月朔日当山第十七世法印永津臨終念仏講中敬白」、
   背面には「文政4年(1821)」に建立の銘、
   台石には世話人・講中名が刻まれているが、その範囲は大門宿を中心に、
   現在のさいたま市岩槻区から川口市戸塚に及ぶ広範囲で、
   徒歩片道2・3時間かけて集まっていたようである。
   徳本上人念仏供養塔は、関東地方に数多く建てられており、
   近世浄土宗や講を知る重要な資料であるとして、さいたま市指定有形文化財歴史資料に
   指定されている。
   右塔「奉供養高祖弘法大師宝塔一基」は天保5年建立

イメージ 3


   大興寺本堂と鐘楼

イメージ 4

イメージ 5


   来迎阿弥陀三尊板石塔婆  
     (高さ102cm、幅33cm、厚さ3cm)

   本堂脇の収蔵庫に保存安置されている。
   天蓋の下に阿弥陀三尊来迎図が陰刻され、陰刻部に金泥が残っている。 
   図像の下に梵字の光明真言が刻まれ、南北朝時代の作で、「図像板石塔婆」の現存はほとんど無く
   美術的価値として貴重であり、さいたま市有形文化財歴史資料に指定されている。

イメージ 6


   本堂前の弘法大師石像。  本堂の屋根の左右に、唐獅子が屋根の飾りになっている。

イメージ 7


   この景色が何とも言われぬ素朴な雰囲気になっていた。

イメージ 8

イメージ 9

開く トラックバック(1)

全1ページ

[1]


.
なおじぃ
なおじぃ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事