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江戸東京・都心 01 二重橋 皇居前広場から西丸大手橋(手前の正門石橋)を渡り正門に、 正門から奥の西丸下乗橋(奥の正門鉄橋)を渡り宮殿に入る。 奥の鉄橋と手前の石橋、2つの橋が重なって見られる城は、全国的にあまり例がなく、 通称「二重橋」といわれる。 また、皇居は昔「宮城」とよばれ国民統合の象徴とされ、 式典などのとき必ず宮城遥拝・国歌斉唱・国旗掲揚・国旗敬礼がなされた。 GHQ(General Head Quarters 連合国総司令部) 昭和20年(1945)8月15日に終戦。 連合国軍の進駐、最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥が厚木飛行場に8月30日に降り立ち、 9月になるや大挙して東京に進駐、この付近一帯のビルというビルは、ほとんど全て接収された。 この第一生命本館ビルは、連合国総司令部GHQとなり、星条旗が毎日必ず翻り、 日本の占領政策が直ちに施行された。 昭和20年9月15日から、この6階の連合国最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥執務室から 次々と指令が発せられた。 重大指令は、 昭和20年10月4日、人権指令 治安維持法などの廃止、政治犯の釈放、特高警察職員・内務大臣などの罷免、 天皇制批判の自由などが指令される。 昭和20年10月11日、5大改革指令 1婦人解放、2労働組合の助長、3教育の自由化・民主化、4秘密的弾圧機構の廃止、 5経済機構の民主化 を優先的に実施するよう指令。 昭和20年12月9日、農地解放指令 不在地主の土地を小作人への売却、不耕作地主の土地買い上げなどの立案を指令。 昭和21年6月28日、第2次農地改革指令 地主の抵抗が強かったので、第2次改革指令が行なわれ、小作地の80%が開放せれた。 昭和20年12月17日、婦人参政権公布(衆議院議員選挙法改正公布) 昭和21年1月4日、公職追放令 軍国主義的・超国家主義的政治指導者の立候補制限。 政界、官界、財界、言論界、労働・教育界にも適用された。 昭和21年11月3日、日本国憲法公布 このような事実を記憶する人は少なくなったが、此処「二重橋」と「第一生命本館ビル」が 日本の歴史の重大な転換、政治・統治・支配権の大転換がなされた重要な場所である。 GHQの日本改革の内容は、一言で民主的平和国家の建設であった。 (高層建築は2000年以降になってからの建設である、 ) |
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2009年06月17日
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