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初物第一号 食卓でお馴染みの「とんかつ」、私の好物でもあるが、 初めて世に出たのは昭和4年(1929)であった。 元宮内省大膳部にいた島田信二郎という偉い人が考えて、 上野の「ボンチ軒」で売り出したという。 この年東京鉄道局が自動切符発売機を開発し、 新宿、渋谷、池袋など出札口の混む駅に設置した。 しかも休日などや催し物などがあって混雑が予想される駅には、 自動車に乗せて自在に運び込んだという。 フレキシブルな対応である。 西条八十・作詞、中山晋平・作曲の「東京行進曲」、歌手は佐藤小夜子。 ジャズ、ダンサー、リキュール、ラッシュアワー、シネマなど 横文字をちりばめた表現は新鮮で大ヒットし、 佐藤は歌謡曲の女王、流行歌手第1号といわれた。 昭和4年は初物の多い年である。 日本の旅客機時代の創成期で、前年設立の日本航空輸送は、 アメリカ製フォッカー機を導入、 単発・乗客6人・最大時速235kmを国内線に、 オランダ製フォッカー機は 3発・乗客8人・最大時速185kmを満州・台湾に使用した。 百貨店で月賦販売を初めて導入したり、 上野松坂屋でエレベーターガールが登場したりした。 壽屋からサントリーウイスキーが発売された。 外国では、第1回アカデミー賞授賞式が1929年に開かれたが、 アトラクションもなく受賞式は僅か4分22秒で終了。 特別賞のチャップリンは欠席したという。 映画の振興という目的も、当時は見向きもされず、 今日の巨大ショーに変身するとは、当時考えられなかった。 ちなみに昭和4年は、私の誕生の年である。
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2010年01月09日
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