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埼玉:蕨・戸田 07 荒川土手、戸田親水公園 三領水門と菖蒲川 「戸田の渡し」から荒川土手を東に1kmほどブラブラ歩くと、 菖蒲川が荒川に流れ込む場所がある。 菖蒲川(しょうぶがわ)というと大変聞こえが良く、その昔機能していた川も、 今はまったくお役御免、いや厄介者となっている。 ここに三領水門があり、荒川の水が菖蒲川に逆流するのを防いでいる。 この水門は、河川技術者・金森誠之の設計で、大正末期に鉄筋レンガ工法という、 鉄筋に放射線状にレンガを積み上げた工法が特徴であったという。 そのため、川口市民から赤水門(レンガ色)と親しまれたが、 現在はコンクリート製に完全改装され、メモリアルパークも新設された。 菖蒲川は、農業用排水路として、江戸時代に治水管理のために開削された。 しかし現在は住宅・倉庫・工場などが立地し、都市河川として生活排水、工業排水が流れ、 汚濁が進んでゆくので、今は逆に荒川の水を浄化用水として菖蒲川に放流しているという。 荒川の河川敷 荒川の河川敷は、絶好の運動敷地になっている。 赤羽ゴルフ倶楽部、川口浮間ゴルフ場、戸田ゴルフ練習所、川口荒川運動公園、 浮間公園・浮間ヶ池・浮間庭球場、荒川戸田橋緑地、荒川戸田橋陸上競技場、 荒川河川敷運動公園、戸田総合運動公園などなど!!! まだまだ、荒川の河川敷は浦和方面にズーっと続いて、市民憩いの場を提供している。 周辺の市は、競って自然環境の保全、市民憩いの場所、誰でも遊べる水辺、花火会場、 市民ふれあいまつりの会場などなど多彩に取り組んでいる。 戸田親水公園 戸田親水公園はJR 埼京線・戸田公園駅の南500mほど、 戸田の渡しの碑の北500mほどの所に在る。 戸田漕艇場コース東端から道を挟んでの小さな公園ではあるが、 ここに戸田橋の第3代橋の橋端飾りの親柱が、 現在の第4代橋に架け替えた昭和53年完成時に、記念にこの公園造成時に保存した。 橋端に聳える橋柱飾り親柱の右袖に昭和4年4月起工、 橋柱飾り親柱の左袖に昭和7年10月竣功とある。 実に工事は3年6ヶ月の歳月をかけて竣工した、その証が保存されている。 戸田橋は、初代が明治8年に木造橋として完成し、 今まで舟で荒川を渡っていた中山道の旅人は、 橋の完成で歩いて渡ることが出来、「戸田の渡し」が終わりをつげた。 第2代橋は大正元年に木造橋で完成し、第3代橋が初めて鉄橋で立派な橋姿をしていた。 公園には陶板でそれぞれの姿を描いているが、第3代橋がとても美しい。 陶板に描かれた戸田橋で上左初代木造橋、上右第2代橋の木造橋、 真ん中が第3代橋の威厳のある橋(橋端親柱が保存されている橋)、 下が現在の第4代橋ノッペラボウ橋。 戸田漕艇場 戸田漕艇場は1940年東京オリンピック開催のために造成されたが、 1940年東京オリンピックは日本が戦争に突入したため、日本では開催されなかった。 戦後、1964年東京オリンピックの漕艇会場として利用され、 隣接する道路をオリンピック道路と名づけられた。 水はコース西端笹目川から引かれ、全長2.5kmで、 西端から500m地点に戸田公園大橋という歩行者用つり橋がかかっている。 この戸田公園大橋の西側500mが、戸田競艇場すなわち全国ファンに親しまれる ギャンブル戸田ボート場。 戸田公園大橋の東側2000mが、毎年開催される全日本選手権、学生選手権などの、 日本で最も長い歴史を誇る対校競漕大会、実業団競漕大会が開催される。 岸辺には東京大学、筑波大学、一橋大学、早稲田大学、慶応大学など多くの大学漕艇部の艇庫、 実業団チーム漕艇部の艇庫、国立スポーツセンター戸田艇庫、埼玉県立戸田艇庫が ズラリ並んでいる。 人間とは厄介な生き物である。
自然に触れれば触れたで、最後にはビルの谷間が恋しくなり、 ビルの谷間を見飽きれば、自然の風に触れたくなる。 ビル、ビル、ビル!!ビルの谷間だけを見慣れた者には、 ビルの谷間のうらぶれた赤提灯が、ヤッパリなんとなく恋しい、落ち着く場所、 と考えるのは私だけではないだろう!!! |
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2010年01月21日
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