なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

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秩父観音霊場巡礼旅 第8日 の2
                7月22日(月曜)(晴れ)
 
 
 第24番・光智山・法泉寺から第23番・松風山・音楽寺へ
 
 
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法泉寺から音楽寺へは、車で送ってもらたので瞬く間に着いてしまった。
 
この寺は、秩父屈指の景観地にある。 
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観音堂は三間四面ふきよせ二重垂木、向拝のない造りで、江戸中期の大きな堂。内陣には唐様の須弥壇に厨子を安置し、本尊は聖観世音一木造り、室町時代の作。 
 
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 梵鐘は明和5年銘の市指定文化財。
 
天長年間の昔、慈覚大師は関東霊地開拓の折、この地の優れたるに感じ、聖観世音像を安置し、山路を開こうとしたとき、多数の小鹿が現れ、大師を案内したので、小鹿坂の地名となったという縁起がある。
 
明治17年の秩父事件のとき、群衆はこの鐘を鳴らして秩父町になだれ込んだという話も残っている、その鐘は 秩父市 指定文化財「音楽寺の銅鐘」。
 
「鐘は静かに撞いて下さい 音楽寺」とあるので、静かに撞いた。 
厳かに、重々しく鳴り響いた。 
 
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天然記念物「御影松」は、さして広くない境内前庭に、調和の取れた枝ぶりを広げている。
 
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秩父市内の展望が、随一といわれ、風景・景観は素晴らしい。
 
「写経」を奉納し、「般若心経」を唱え、
次男の冥福と遍路旅の無事を祈願。
 
 
 
 
タイムテーブル
田舎風うどん店(13時05分)車で移動―
23番・音楽寺(13時18分−45分)
 
 
 
 第23番・松風山・音楽寺から第22番・華台山・童子堂へ
 
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音楽寺を辞し、童子堂へ。
 
路傍の「観音堂」、「元禄・道しるべ」の案内に
導かれ進む。
童子堂の入り口に、「童子堂石碑」と「地蔵尊」があり、「入り口」と刻まれていた。 更に道端の「右二十三番巡礼道」の石碑に導かれて進めば、童子堂の「仁王門」である。
 
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童子堂は、府坂地内より、現在地・永田城跡に移したと伝えられ、近くに城の堀跡が現存する。
 
四注屋根三間四面で、周囲勾欄付きの縁をつけ、欄間や扉には、薄肉彫り淡彩彫刻がある。
 
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仁王門は童子仁王と言い、稚屈で愛嬌のある童子顔の仁王である。 本尊は聖観世音。 淳和天皇の弟・三品式部卿。伊予親王の菩提のため、創建されたという。
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昔、讃岐にケチな長者がいて、行脚の僧が長者に食を乞うたが与えられず、僧は金を払い、米を求め、犬に与えれば、この家のセガレは、犬になり共に喰らう姿に、親は驚き悲しみ、僧に因果の道理を説かれ、その犬を引いて諸国霊場を巡り、当山に来て始めて元の人間に戻ったという縁起がある。
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「写経」を奉納し、「般若心経」を唱え、次男の冥福と遍路旅の無事を祈り、納経帳に御朱印を頂く。
 
 
 
 
 
 
 
 
タイムテーブル
23番・音楽寺(13時45分)―観音堂(13時54分)―地蔵尊(14時00分)―22番・童子堂(14時03分−27分)
 
 
 
 
 
 
 

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