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記事02 昭和20年3月10日の東京大空襲から70年
太東亜戦争(太平洋戦争・第2次世界大戦)末期の
昭和20年(1945)3月10日未明、
米軍B29爆撃機約300機が、東京下町を空襲、
約1700トンもの焼夷弾爆撃により、
隅田川両岸一帯が猛火に包まれ、
現在の江東、墨田、 台東区 を中心に
約26万余戸の家屋が壊滅消失、
死者約10万余人、負傷者約4万余人、
罹災者100万人と推定される。
米軍の空襲爆撃は、当初、高射砲制空部隊の手の届かない、
1万メートル以上の超高空飛行し、
軍事目標に照準を向けた精密爆撃であったが、
充分な成果が上げられなかったので、作戦を変更し、
軍事施設のみならず、非戦闘員である一般市民をも対象にした、
超低空、無差別、絨毯爆撃での、燃えやすい木造家屋密集地への、
焼夷弾攻撃に転換し、日本の戦意喪失の効果をもたらす作戦に出た。
3月10日の攻撃が、東京下町家屋密集地帯に対する、
焼夷弾による無差別、絨毯爆撃が始まりで、
以後非戦闘員である一般市民を対象にした、
人道上許されざる無差別絨毯爆撃による攻撃を、
日本中の大都市は勿論、地方中小60余都市に至るまで、
同様な攻撃を行ったのである。
特に広島・長崎には原爆による、壊滅的な空爆が行われた。
今年も3月10日、
一晩で10万余人の命が奪われた、3月10日の東京大空襲から70年、
猛火の中を生き延びた人々の高齢化が進む中、惨禍をどう語り告ぐか、
都内各地で犠牲者を悼む法要や平和を祈る集いが開かれた。
墨田区の東京都慰霊堂で午前10時から、
戦災犠牲者を追悼する法要が営まれた。
秋篠宮ご夫妻が参列し、
安倍首相が歴代首相として始めて出席した。
読経の後、安倍首相は
「平和の誓いの下、過去に対して謙虚に向かい合い、
悲惨な戦争の教訓を深く胸に刻みながら、
世界の恒久平和のために、貢献してまいります。」
と追悼の辞を述べた。
東京都慰霊堂での毎年3月10日の法要には、
過去必ず皇室から、常陸宮、三笠宮、秋篠宮ご夫妻、高円宮
などの皇族が必ず参列された。
しかし、歴代の首相が参列されたためしがない。
無謀な戦争の犠牲になった、非戦闘員である一般の国民を、
その追悼する法要に、誰ひとり参列しなかった過去歴代の首相達。
ただ、憲法9条を拡大解釈し、周りの人々を戦争にと、
駆り立てるような発言の首相が、初の参列とは、如何なものか?
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2015年03月12日
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