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ひとり言 045
「クラス会」の招集
今年の年賀状は、前年より多少多かった。
90歳近くになって、急に年賀状の到着が多くなり,老妻はけげんな顔で驚いていた。
最近では、ごく親しい友人、昔色々とお世話に成った人たちなど、儀礼的にどうしても欠かせない人たちだけに、儀礼的に年賀状の交換をしていて、親戚・兄弟・友人も儀礼的に交換しなくても、動静さえ確実にしておけば、あらたまって交換しなくても、お互い許される年齢に成って来たので、年々年賀状の枚数は減る一方で、増えることはなかった。
その年賀状が、今年に限って多くなり、しかも、年賀状のお年玉当選の、3等賞切手シートが3枚も当たるとは!!!
今まで年賀状のお年玉当選は、1枚当たれば良いほうで、殆ど当たったことが無かったが、今年は3枚、しかも全て大学の級友からの年賀状ばかり!!
これは昨年・一昨年と続けて2年、クラス会の「一人幹事」を買って出て、クラス会を開催したその労をねぎらっての挨拶の年賀状と思う。
実は一昨年春、自分が老齢となり、フト友人達の消息が気になり、誰かと飯でも食おうかと考えた。 そして、指折り数えたら、その翌年3月は卒業して65年になる。 しかも皆、間もなく米寿の齢を迎える年でもある。
平成18年(2006)10月「卒業55周年と喜寿の齢を祝う」という事で、「最後のクラス会」と銘打って、41名で開催された。 多分、卒業60周年は全員80歳を過ぎるので、クラス会は不可能との事であった。 それから10年が過ぎたが、まだ元気な者もいるはずだ。
毎年、大ベテラン幹事からは年賀状が届いている。
良し、友人2・3人集まって飯を食うより、俺が裏方一切をするから、10年振りにクラス会を開催しないかと、T幹事に提案書を郵送した。
所が早速幹事から、「趣旨は有り難いが、目下病床中で、外出不能、幹事役不可能。 元幹事役のO君も、S君も病気で連絡が途絶えている。 今開催は無理」と弱い声で電話。
幹事皆元気で、年賀状の交換をしていたとばかり思っていたが! やはりこの老いの10年間は、皆大変な状況にあると痛感した。
安易な計画、断念するか?! 言い出しべ〜で終わるのか!! 意気込んだ手前、引っ込みがつかないナー!! ヨシ、誰にも頼らず、一人で何とか開催出来ないか?!!
再度T幹事に、クラス会を開催する方向で進めたいので、資料の提供を申し出た。
幹事を一人で遂行するのは、とても無理なので、誰か相棒を見つけるよう忠告され、資料が郵送されてきた。 最早、遂行するのみ!! 相棒は、誰に? 年賀状を交換する友人は、それぞれ事情があり、とても頼めない。 一人でやるしかない!!
「一人幹事」は旧制中学クラス会で、すでに5年間経験済みだ。
80歳になるとき、持ち回りの幹事団が、不可能に成りつつあり、80歳を最後に、クラス会を解散する決議がなされた。 その時、解散すれば再開は不可能。 「飯でも食おうヤ」と、簡単な形で存続させれば、継続できる。 今後、年1回くらいの形式で、有志だけで会合すれば良い。 「俺が通知出すよ」と、酒の勢いで引き受け、毎年全員に通知し実行している。
郵送された10年前の名簿、その後の動静は不明。 物故者名簿も数が少ない?
先ず名簿の整理から始めなければ!
開催時期は半年先、取敢えず11月1日に決め、サーテと開催場所は?
クラス会開催予告通知を5月末発送し、出席予定の確認、近況報告、意見・要望を6月末までに収集し、その上で名簿整理して、改めて9月頃再度本開催通知を発送すれば・・・。
とはいえ正直、10年の空白、年齢を考慮した体力・気力などの衰え、老体を抱えて、何人がクラス会に参加できるだろうか?? 病気のものもいるだろう? 亡くなった友人も、幾人か居るだろう? 参加出来る者は5人?・・10人?・・ハタ又20人?30・40人? 不安と期待?! こんな掴みどころのない会合の予約を、引き受けてくれる所が有るのか???
ホテルの中華レストランを説き伏せて、会場を確保。 これで、開催案内通知の形式が確立した。 物故者以外、住所のわかるもの67名全員に、資料を郵送し、返事を待つ。
先ずは実態調査! と意気込んだところ、皆様からの励ましにより、名簿が出来上がり、そして開催当日、都内・近郊・大阪・名古屋・東北などから、老体に鞭打っての21名の参加者で、盛大に再会を祝いました。
我々の絆がどのようなものか、因みに招集案内文を記載します。
敗戦の混乱の中、昭和22年4月縁あって早稲田に入学。 その後昭和24年4月学制改革による新制大学に移行した級友112名。 青春を存分に謳歌し、晴れて昭和27年3月卒業、大志を抱き社会へと羽ばたいた。 東京の壊滅的な空襲の焼け跡に立ち、日本の復興に尽力すべく、我武者羅に働くこと幾星霜。 気付けば日本は世界第2位の経済大国、その推進力に貢献した自負と自信と誇り。 そして、何時しか卒業65周年を迎える年、また米寿の齢に達する我々である。
とにかくクラス会では、皆様と共に長寿を祝い、再会を喜び合い、楽しみたいと思います。
ただ、残念ながら今日を待てず、御逝去された多くの友人がおられます。
ここに 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
最期のクラス会と考えますので、万障お繰合わせの上、ご参加下さるよう、ご案内申し上げます。
その時の返信通信文には、各自の近況報告・友人の動静などが、事細かく記載されており、逝去された友人は奥様・ご子息・令嬢・ご家族からの報告などが届きました。
近況報告には、それぞれ色々事情を抱え乍らも、再会の喜びを楽しみたい一心に、努力し精進して、当日を待ち望む気持ちが、文面に滲み出ていて、毎日返信を待つ楽しみ、皆様よりひと足先に読む楽しみ、私も嬉しく思いました。
その様なわけで、一昨年11月クラス会を開催し、「又逢おうヤ」という事で、昨年11月に13名の参加者で開催したのです。 今年も「また逢おうヤ」と、すでに10月に開催予約を入れてあり、それまで皆再会する目標を持ち、歩行不安の欠席者が、出席するための歩行訓練を頑張っていると、張り切った年賀状も届きました。
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ひとり言 044
「もう1つの八十五歳の手習い」も4年目
公民館の「鎌倉彫クラブ」に入会して、今年4年目を迎えることとなりました。
昨年11月公民館の文化祭があり、その時彫り上げて、本格的な漆塗りを施した作品数点を出品した。 文化祭は毎年11月にあり、地域の皆様に活動を閲覧・評価してもらい、活動を援助・激励する、一種地域のお祭り的イベントである。
ここにきて、やっと作品が出来上がり、展示できることに成った次第である。
「直径25cm・牡丹に鳥紋様の盆」、「直径15㎝鏡・ユリの花紋様の手鏡」、「直径15㎝鏡・バラの花紋様の手鏡」、「直径14cm・5種違い紋様・サクラの花紋様の5種揃い菓子器」 、これらは入会3年の間の集大成。 ナイショの話、先生に大分手伝って貰っての、完成品です。
専門家に依頼した本漆塗りの作品、塗り代は高価だが、作品は使えば使うほどに色つやが増し、30年後、50年後の使用で輝きを増すという、これが本格的漆塗りで、日本古来からの伝統的文化という。
ならば、手鏡は孫娘へのプレゼントにと思い、制作に打ち込んだ。
手鏡の図柄は何にしょうと考えた末、姉孫は現在25歳、ユリが似合うだろう、妹孫は23歳、やや派手に活発に行動するので、バラが似合うかも知れない。 初心者向けの図柄から無難な図柄を選んだ。
先ずバラから制作、バラの花は複雑の様で、彫ってみると、抑え処を気を付けて彫ると、見場良く出来上がった。 花に葉を添えると、一段と引き立って浮き上がり、さながら本物のような出来上がりになった。
手に持つ部分の鏡側に、大きく妹孫の名前を、図柄側に「米寿直翁彫」と大きく署名を彫った。 これで、孫娘が婆さんになった時、思いだしてくれればと、期待する。
ゆりの花は単純の様で、結構彫は花も葉も複雑で、苦労した。 これにも姉孫の名前、図柄側に制作署名を彫った。
先生に、「この署名彫は立派だなー。 まだ俺には彫ることが出来ない!」 と言わせた代物で、文化祭でも評判になったのである。
ただ図柄は花なので、見栄えは良いのだが、手鏡の形が古風なので、現代の娘達に、気に入られるかと心配した。
正月のお年玉にと、孫娘達にプレゼントしたら、思い掛けない贈り物に、狂喜して喜んでくれたので、孫たちに面目を施した次第である。
「花鳥紋様盆」 「サクラ紋様菓子器」 にも裏に 「米壽翁彫」 の署名彫を施したが、これの行き先は、まだ決めていない。
今年の目標は。長男夫婦の孫達が、大学、高校に入学する時期なので、孫娘には同じく手鏡、孫息子には何か別のものを彫り、嫁さんには 「花鳥紋様盆」 などをプレゼントして、ご機嫌を取って置く事も、必要かなと考えている。
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ひとり言 043
「八十五歳の手習い」も5年目
公民館の「墨彩画クラブ」に入会して、今年5年目を迎えることとなりました。
正月早々に、クラブが所属する画壇から、今年春の檀展の応募要項が送られてきた。
開催日 平成30年6月13日(水)から6月25日(月)
開催場所 国立新美術館(六本木)
後 援 東京都・NHK文化センター
出品資格 壇会員及び一般応募者
種 目 墨を基礎とした未発表の創作水墨画・墨彩画
体 裁 額装品
作品寸法 1部(50号―120号) 2部(10号―20号)
出品点数 1人2点まで
応募料 1部22000円 2部19000円(1点につき)
壇展は、春期展と秋期展の年に2回開催され、春期展は6月頃に六本木・国立新美術館で、秋期展は11月頃に上野・東京都美術館で開催される。
すでに入会2年目の秋期展・上野・東京都美術館展に、10号作品「残照」を初めて出品し、3年目の春期展・六本木・国立新美術館展に20号作品「仏典より閻魔大王」を、秋期展・上野・東京都美術館展に20号作品「戦争の記憶 東京大空襲」を、4年目の春期展・六本木・国立新美術館展に50号作品「白馬の友」を、秋期展・上野・東京都美術館展に50号作品「雲の上の休息」を、全て「公募」資格で出品し、審査展示されました。
昨年末に、「壇友資格入会」に推薦され、画壇に入会する手続きをしました。
今後「壇友」資格で応募することに成り、絵も一定の基準を満たすことと成りました。
13日、今年初めてのクラブの講座がありました。
今年も何とか努力して、作品を完成させ、春期画壇展に応募したいと思っています。
それが今、老齢の身の、唯一生き抜く力の源となると確信しております。
サーテ、何を画くか? 今ワクワクしています。
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健康:闘病の記録 その40 前立腺がん
平成30年1月6日(土曜日)、「外来診療予約11時」 「採血予約11時」 が入っているので、医療センターに行った。
昨年12月22日に受けた 「骨シンチグラフィー検査」 の結果が告知される日であり、同時に今後の治療計画も協議される日でもある。
泌尿器科の受付で、「採血予約11時」 が入っているが、
「先に採血を済ませますか?」 と問うたら、
「採血」 を先に済ませて下さいと言われた。
「採血・採尿」 の受付窓口に行き、「採血」 を先に済ませた。
「採尿は?」 と問えば、採血のみで、採尿の指示は、出ていないとの事。
正月明けという事だが、病院は相変わらず、患者で溢れている。
診療は、順番通リ進行している。
診療の順番が来たので、診療室に入る。
開口1番
「先日の 「骨シンチグラフィー検査」 の結果、今のところ「骨に転移」は認められません」
「そうですか。 ひとまず、安心しました」 と返事をする。
「ところで、前にご説明したように、治療法に、手術と、薬剤による治療法とがあると、説明しましたが,いずれにしますか?」
「薬による治療で、しばらく様子を見たいと思います。 その上で、手術をするという事でも、良いと思いますが?」
「そうですか。 薬は月1回,一生涯という事です。 ところで近くの医院を紹介します。 〇〇地区なら、歩いて通院出来ますか?」
「医療センターなら通えますが?」
「いや、此処にそのような患者を集めるわけには、いかないので」
「次の診療予約を2月17日(土曜日)に決めたいと思いますが?」
「はい」
「では、中待合でお待ち下さい」
挨拶をして診察室を出る。
ベテラン看護師に呼ばれ、治療室に行く。
「腕に皮下注射をします。 今後左右の腕に、その都度、交互に注射をします。 今日は右腕にしますので。腕を捲って下さい。 注射をした後,揉まないで下さい。 赤く腫れたり、針跡がジュクジュク膿んだ様になる人もおります。 酷い時は、ここに電話して、指示を待ってください。 熱が出る人もおります。 体調が悪くなったら、必ず電話して指示を待って下さい」
「では、注射しますので、 アルコールで拭いても、赤く腫れませんネ」
「・・・・・」
「今日の診療は、終わりました。 院外処方箋票があります。 お大事に」
かくて本日の診療は終了し、会計窓口で、会計受付番号を貰い、会計支払いする。
診療薬剤は、
皮下・筋肉内注射
リューブロレリン酢酸塩注射用キット3.75mg「NP」 1トウ
本日の診療会計 ¥3590
院外処方箋の薬は、1月7日からの処法服用。
カソデックス錠80mg 1日1錠
1日1回 朝食後 42日分
本日院外処方箋薬の会計 ¥3630
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