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ひとり言015 人生とは?? 人生はいまや75年、いや80年。 人生70年古来稀れなりと、中国の詩聖杜甫はうたったが、 日本では今や世界でも最長寿国となり、男女ともに平均寿命は、これを遙かに超えている。 そこで、こんなことが囁かれている。 「あと75年も80年も生きられるのネー、あなたは」 と 生まれたばかりの子供を持った母親。 「私、シワクチャ婆ちゃんになるまで生きるのは、ごめんだネー」 と 何時までも、若く美しくと願う乙女。 「あと十何年、どうして生きて行くのか?――暮らしてゆくのか?――心配だよ――」 と、 今定年退職になった団塊の世代。 だが、なんといっても長生きは、めでたいことである。 たとえ嫌われてもである。 人生とは何ぞや?? この問題ほど難しいものは無い。 といっても一人一人、さほど考えてはいない。 誰でも、その人それぞれの人生を持っている。 人生とは、途轍もなく大きなものでもあり、また、途轍もなく小さなものでもある。 巨大で微粒で、堅くて柔らかい、まるで雲のような、海辺の砂のような、 豆腐のような、ミルクのような、とりとめのないもののようである。 しかし我々はこの人生の上に乗っかって、流れている。
そして、より良き人生を生きようとしている。 真実を求めて。 限りなき愛情を持って、わが人生のドラマを、見つめようではありませんか!! |
無題・ひとり言
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ひとり言014 愛という言葉 日本人は昔、まともに愛という言葉を口にしなかった。 内に秘める愛がありながら、めったに言葉として表現しなかった。 本当に不器用な人間が多かった。 愛という言葉を、口に出さないから、愛が無かったかといえば、 燃えるような情熱を持っていたし、心の奥では、燃えるような愛が有りながら、 それを出さずに照れていたものである。 愛のいう言葉を、口に出すのも、何かこそばゆい。 何か体中がかゆくなる。 現代の人達から見ると、可笑しくて笑っちゃうだろうが!! 昔、映画で良く自分の妻に「アイ ラブ ユー」なんて、言ってるシーンがあるが、 良くヌケヌケと、心にも無いことを平気で言うナー と感心したり、 キモチワルーィと思ったりしたが、表現が乏しかったのかな?? 日本の男性は、「妻たるもの、いちいち愛していると言われ無くとも、 気持ちを察するのが当然だろう!」 とか何とか、勿体を付けて、表面的には威張っていた。 しかし、現代人はそれを綺麗に表現している。 見事であると感心する。 愛には広い意味のものと、狭い意味のものとがある。
広い意味のものは、社会的というか、国家的というか、民族的というか、世界的というか、 人類的というか、そのような広い範囲の愛。 そして狭い意味のそれは、恋愛、愛情などといわれる個人的なものといえるでしょう。 しかしそれらの根本は同じなのである。 「かつて、ある一人を愛したことも無いものが、全人類を愛することは不可能だ」 と いうような意味のことを、イブセンは作品の中で言っていた。 愛するということは、いいものです。 愛することは夢見ることです。 夢見ることは生きることです。 夢を見、生きるために愛の言葉をかけましょう!! |
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ひとり言013 すき焼き記念日 すき焼きの語源は何か?? 広辞苑には「牛・鶏肉などに、ネギ、焼豆腐などを添えて鉄鍋で煮焼きする鍋料理。 明治維新前まだ獣肉食が嫌われていた頃、屋外で鋤の上に乗せて焼いて食べたからという」 と記述。 広辞苑には「鋤焼」と、この字が当てられている。 現代のように、肉類がごく通常の食物、いや、重要な食物と認識されていなかった時代、 農民たちは貴重な蛋白源として、ウサギなどの肉を、農具の鋤を洗って火にかざし、 その上で焼いて食べたと言われている。 匂いがするので、多分屋外で、仲間同士で楽しく、やや隠れるように食べていたのであろう。 また一説には、肉を薄く切って焼くので、「剥身(すきみ)焼き」といったのが 始まりとも言われている。 1月24日は「すき焼き記念日」だという。 あるチラシに載っていた。 130年ほど前のこの日に、明治天皇が初めて牛肉を召し上がったというのが由来だという。 いろいろと関係業者は、情報網を駆使して即販売戦略を進めている。 何でも記念日にする世の中である。 ちなみに広辞苑にはすぐ隣に「杉焼」とあり、 「杉焼」とは、杉折に、白味噌で和えた魚肉、野菜などを詰め、焼いた料理。 杉の移り香を賞翫。 後には、杉板の上に魚肉をのせ焼いた料理を言う。 「朝夕の鴨なます、杉焼のいたり料理」とは日本永代蔵という書物に記述ありと広辞苑に。 こんな日本的・豪華な料理、味わってみたい!!
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ひとり言012 モラルと道徳 モラルといえば新しい言葉のように聞こえ、道徳といえばカビの生えている言葉と感じるが、 もともと中身は同じである。 最近、道徳教育などというと、目くじらを立てる人もありますが、 過去と現実をゴチャ混ぜに論じてはいけません。 これからの自分たちが進むべき新しいモラルを打ち立てるべきと考えます。 もっともモラルにも色々有って、日本のモラルとアメリカのモラルとに違いがあり、 ロシアのモラルとアメリカのモラルとが根底において違うことは当然です。 すなわち、その民族によっても、または宗教によっても、当然基本的モラルが違います。 モラルはその国、時代によって大変な違いがあるのです。 民主主義と全体主義とでは違わざるを得ません。 しかしながら、「善」と「悪」という意味においては、あまり異ならないでしょう。 ヘミングウエイは言いました。 「善は後味の良いこと、悪は後味の悪いこと」 中国の諺(史記)に、 「桃李ものいわざれど、下おのずから蹊(みち)をなす。 (徳のある人の所へは、自然に人が慕って集まってくるということ。 あんまり宣伝しないが、自然に人が集まってきて、いつの間にか草むらに 道が出来てしまったという意味)」 今日、オバマ氏がアメリカ大統領に就任。 世界中の期待を背負っての就任である。
世界を「善」に導いて、経済も、世界平和も前進することを期待する。 世界が、真剣にモラルの構築に、英知を集合すべきである。 |
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ひとり言011 敵に塩を送る 謙信の「天地人」の信条 人間生きていくのに、塩がなければどうにもならない。 戦国時代、甲斐の武田信玄に対抗する今川氏真と北条氏康は、共謀して甲斐への塩の道を 絶ってしまった。 このため甲斐・信濃の領民は難渋を極めた。 これを聞いた武田信玄の好敵手で越後の名将上杉謙信は、 信玄に対し 「氏真・氏康、公を苦しむるに塩をもってす。 不勇・不義なり。 吾、公と争えども、争うところは弓箭(弓矢)にあり。 米、塩にあらず」 と伝えて、 武田領の信濃に塩を送って、塩市を開き住民を救った。 「敵に塩を送る」の言葉を生んだ有名な話である。 松本城下の住民は謙信のこの徳を讃え、以後毎年1月10日に塩市の祭事を催したという。 今では「塩市」ならぬ「飴市」と改名されて、昔ながらの賑わいを見せているという。 NHK 大河ドラマで「直江兼続」の物語が始まった。
上杉謙信の言葉に 「天の時、地の利、人の和の三つが整った時、争いはなくなる」 に 由来する「天地人」の信条は、謙信亡き後、主君・上杉景勝の元で、上杉家の治世を支えた 直江兼続によって、徹底した「義と愛」の政治で民を導き、一躍、戦国のヒーローになった。 戦国時代、利にはしり、裏切り、謀略の限りが尽くされた世の中に、 謙信の信条を忠実に実行した政治家の話として、面白いと思う。 現代に照らせば、立場が不利になれば、簡単に総理の役職を放り出すような政治屋、 今の世はあまりにも「利」に走り、経済を混乱させ、弱者をいじめ、 しかも政治が民のためになされていない現状に、直江兼続のドラマはタイミングがよく、 楽しみである。 |


