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七草粥 「お年玉」は正月の楽しみの一つである。 通常は年配者、上位者すなわち目上から目下の者へ、金品を与えるという古くからの習慣である。 お年玉は、正月の儀式に使った白くて丸い小さな小石のことで、古代の日本人は、 その石を授かって新たな生命力を得ようと様々な儀式を行った。 その一つに、玄関にこの小石を置いて神霊を招き寄せるという儀式もあったようだ。 時代が移ると、その小石の代わりに白い小餅を用いるようになり、 やがて一族の長が皆に餅を配る習慣が出来、それが正月に目下の者や子供に 金品を与える習慣になったという。 よく昔、年末にもボーナスとは言わず、餅代といって支給された時もあったが、 餅も「正月祝い」に欠かせられない大事な者である。 お年玉は「年賜」と書くこともあり、新年の祝儀として贈る物。 お年玉は、もともとは年魂とも年霊ともいい、年の神の神霊を意味した。 年の神すなわち正月の神を迎えるために年棚を作り、その年の恵方(えほう)に向けて吊り、 注連(しめ)をひきわたして、お供えをする。 歳徳棚(としとくだな)、恵方棚(えほうだな)とも言われる。 年木(としぎ)は年神を祭るための、元旦の祝祭に飾る木をいい、 さらに新春の用意に年末に切り出しておくたきぎの意味にもつかわれる。 歳徳神(としとくじん)とは、その年の福徳を司る神をいい、 この神の在る方角を明の方(あけのかた)、または恵方(えほう)といい、 万事に吉とされた。 年の神は、五穀を守護する神、すなわち大年神(大歳の神)御年神(みとしのかみ)と呼ばれる。 初詣の由来にも関係しているのではないだろうか。 今日7日は、七日正月と言われ、五節句の一つで、「正月七日の祝い」として、 この日門松や松飾をとる地方もあり、「ななくさの節句」とも言われ、 春の七草を入れて炊いた粥「七草粥」をいただく習慣がある。 春の七種(ななくさ)の菜である芹(せり)・薺(なずな)、・御形(ごぎょう)・ 繁縷(はこべ)・仏座(ほとけのざ)・菘(すずな)・蘿蔔(すずしろ)を用い、 古くは正月七日に羹(あつもの)にし、後世にはこれを俎(まないた)に載せて 囃(はや)してたたき、粥に入れて食べた。 正月15日には米(こめ)・粟(あわ)・稗(ひえ)・黍(きび)・小豆(あずき)など 七種のものを入れて炊いた粥、後には小豆粥(あずきがゆ)をいただく習慣もある。 さらに、今は誕生日に年齢が加算されるが、昔は「数え歳」と年齢が正月に加算されるので、 厄年の男女が、2月1日に再び「正月祝い」をして、 年を一つ余分にとったこととする「歳重ね」で、厄年を回避する風習があったとも言われる。 1月は、とにかく色々な行事が行われるが、近年その風習も段々と簡素化され、 無くなってきたようだ。 ところで、正月によく神社でおみくじを引きますよネ。
「大吉」と出たら大喜び。 「大凶」と出たら落ち込みます。 しかし皆様、よーく考えて下さい。 大吉と出たら、今が運勢絶頂期で、先行き運勢が下落するしかありません。 大凶は、今が運勢は最低で、もうこれ以上落ち様がなく、先行き運勢は上昇するしかないのです。 |
無題・ひとり言
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日本人の宗教心 今日もモソモソと「ひとり言」を言わせてください。 申し訳ございません。 最近正月に、有名な神社・仏閣に初詣の参拝には行かず、 近くの神社・寺に、息災感謝の参拝、体力チェックの徒歩行を行っている。 息災感謝の徒歩行は、正月に限らず、毎日の散歩に散策にと発展し、 やがてブログ投稿するようになり、記事ネタ収集にと発展した。 有り難いことに、拙い投稿ブログをご覧下さる方々が居られ、ご支援下さるので、 益々張り切って、記事ネタ集めに奔走し、それが私の健康の基に成っていると、 皆様に感謝申し上げる次第です。 記事ネタの収集に、手っ取り早いのが、地域の神社やお寺を巡るのが早道なので、 つい足が向いてしまいます。 ところが、案外に詳しく知られていなかったり、祭礼があったり、 四季折々の景色の変化があったりして、面白い。 それらを、時々の情報として、適切に発信できればと思っているが、 「言うは易く、行いは難し」で満足できる、記事はなかなか出来ない。 最近フト思うことは、自分自身深い信仰心を持つでもなく、 神の存在を、肯定するでもなく、否定するでもなく、 ごく曖昧にオボロゲに、感じるでもなく、無関心でもない。 大方一般の日本人が抱く、宗教心ではないだろうか?? ドダイ、最近の人たちは、宗教心を持っているのだろうか?? 持っているといえば持っている、持っていないといえば持っていない。 外国人から見れば、摩訶不思議なことであろう。 しかし日本人は、日常生活で宗教を意識せず、宗教心そのものまで意識せずに、 至極平和に生活している。 私自身はそのように生活しているが、皆様は如何であろうか?? 宗教心の曖昧さが、かえって日本人の考え方の本質であり、特色であり、 全てを網羅する根源ではないかと思う。 森羅万象全てに神が宿る、意識せずに感じる、八百万(やおよろず)の神々の存在。 明治以降に、神社と寺院がはっきり区別され、明治政府は神社の信仰を奨励し、 寺院の統合を促進させ廃仏稀釈したことが、今日の神社と寺院の 人々の信仰の差となっているようである。 初詣に行き、神社には人が集まり、参拝者が列を成すが、 寺院には参拝者がなく、僅かに自家の墓地を訪れる人が参詣するだけのようであった。 何時からであろうか?? 大方の日本人は、結婚式は、神社の神前で結婚式を挙げ、 やがて子供が誕生すると、初参りに神社に、子供が成長し七五三祝いに神前に、 入学祝い、受験合格祈願に神社に行き、就職活動に神社に祈願と、 節目節目には必ず神社にお参りする。 病気になったら、病気平癒祈願に神社に行く。 棺桶に入って初めて仏式葬儀、その後菩提寺の墓に眠る。 このサイクルが日本人の、平均的な人の一生。 そして、神社も寺院も、職業的に宣伝し、「御祓いや」「葬式や」に熱中して、 本来の意義を庶民に伝えていないように感ずる。 宗教の本質を意識せずに、そろそろ命を終える時期に来たが、「幸せであった証拠」と ミョウに納得している。 変な話に発展してしまい、「年寄りのひとり言」と、申し訳ございませんでした。
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ひとり言023 初詣 昔から年明けには、こぞって神社・仏閣に初詣に出かけ、神仏に昨年の安泰を感謝し、 今年の多幸をお願いする。 日本人は最近、普段ほとんど神仏に、ご無沙汰しているが、正月とかお祭りとかに、 思い出したように、神頼みする。 普段は、ほとんど人影のない神社・仏閣に、除夜の鐘がなると共に、 押すな、押すなと人が雪崩込む。 その神社・仏閣が有名であればあるほど、多くの人が集まり、 どこそこの神社が、仏閣が、「今年1番」で何万人、何十万人、百万人、百五十万人の 参詣者があったと、ランキングが発表される。 いくら神様でも、何十万人、百万人から一遍に願い事されて、憶えていられるのだろうか?? しかも普段は、チットモ頼りにされていないのに、 正月だからとお願いされても、憶えきれるものでもない!! それでも、人々は「俺だけは」「私だけは」「神様は助けてくれる」と思って、 正月だけは殊勝にお参りする。 とにかく、私も昔は有名な神社・仏閣に、一生懸命神頼みした。 今年も私は、人々と同じように、神社・仏閣に初参りに行く。 可笑しな事だが、かつてと目的を変えて、出かける。 有名な神社・仏閣ではなく、身近なところにお参りする。 以前ブログでご紹介した東浦和付近の見沼田んぼ、今調整池が建設されている、 ハイキングコースの数神社・数仏閣で、約15−6kmコースである。 今は明日の命が、有るか無いか判らない現状に、神社・仏閣にお願いることは何もない。 元気に「今日」過ごせたことに、感謝するだけである。 御礼・感謝の巡礼である。 このコースを何時まで歩けるか? 歩けたことに対する感謝・確認の巡礼である。 富士山頂から富士を望む
木曽呂富士塚の山頂から富士が望めた。 富士塚中腹にある浅間神社。 珍しく山頂で富士を撮影する人がいたが、やがて富士山頂は独り占め。 左手は見沼大橋、共同病院、県立川口北高校。 興照寺の鯖大師 鯖を持つ弘法大師像に「大根締め飾り」が飾られていた。 新年で賑わう東沼神社 「かっこめ熊手」と言う縁起物。 神社独特のいろいろな御札、お守り、鏑矢、神矢などなど。 国昌寺山門 この山門は正月3が日だけ開門され、普段は閉じられている。 上の欄間に「日光東照宮・眠り猫」を彫った彫刻師・左甚五郎の作といわれる 「釘付けの竜」の彫刻欄間がある。 その昔、沼の龍が悪さをするので、日光から江戸に帰る左甚五郎に龍を彫ってもらい、 山門に釘付けしたと伝えられる。 また葬式のとき、死者の棺桶を担いで、この山門を潜ると、 死者が龍に食われて軽くなったと言われる。 本堂前のお身拭い観音と並ぶ、正月飾り「門松」がいかにも正月らしい装い。 |
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ひとり言022 年賀 皆様 新年明けましておめでとうございます 昨年中は、世の中不況のインパクトが強かったため、良い話が湿りがちでしたが、 今年は世の中が、一新し発展する良き時代が、必ず到来します。 そのように皆様頑張りましょう。 「成せばなる 成さねばならぬ 何事も 成らぬは人の 成さぬなりけり」 今の時代、自分だけの力では、このようには成り難い時代であるとはいえ、 敢えて手をこまぬいて、 「棚から牡丹餅」 が落ちてくるのを待つばかりでは、 世の中変わるものではない。 やはり最大限の努力はしなければ、世の中も自分も変わるものではない。 以上は、年頭に当たっての、年寄りの繰言・ひとり言ととらえて下さい。 私の拙いブログをご覧頂き、皆様のご支援がありましたお蔭で、ブログの掲載を 今日まで続けることができました。 間もなくご訪問下さった方々が、有難い事に延2万名様近くに達します。 有難うございます。 しかし、この2ヶ月はパソコンが不調で、ダマシ騙し使っていましたが、 遂にダウンしてしまい、修理に出し先月中ごろ戻ってきましたが、 その間すっかり私にサボリ癖がつき、年明けとなってしまいました。 そのことに付いての、自戒の言葉です。 近く再び、ブログを投稿いたしますので、よろしくご愛顧の程、お願い申し上げます。 (10月の「残りネタ」があったかナー。 これナイショの話。 ゴメンナサイ) さいたま市報に掲載されていた、江戸木目込み人形
岩槻名産・国指定伝統工芸品 |
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ひとり言021、 7月21日という日 今日、平成21年(2009)7月21日は、実は小生の満80歳の誕生日である。 10日ばかり前、老妻に「後期高齢者の仲間入り、おめでとう」の祝辞を言ったばかりであるが、 今老妻と二人暮らし。 お互い年齢を意識しない生活を心がけ、もう何年も経っている。 だから今更、けじめとかはいらない。 娘も息子も、今自分の生活に忙しい。 お互いに構っていられない。 今はその方が有難い。 なまじ、年寄り扱いされ、気に掛けられるより、必要なとき必要に応じて、対処されるほうが良し とする。 孫も適当な間隔で、会うほうが新鮮である。 あまりベタベタするのも考えものである。 子供も孫も、構ってくれないと愚痴を言う友人もいるが、 構われれば「うるさくて」とまた愚痴る。 老人は気まま勝手な者よと、つくづく考えさせられる。 さて、80歳になって、「もう80歳に」と「まだ80歳」と思うことには、 天と地ほどの開きがある。 ところで、40歳の誕生日には、「人類始めて月面に立つ」という、 ドでかいプレゼントを贈られ、将来の夢と希望を抱かせてくれ、人生バラ色と期待したが、 40年の歳月はアットいう間に過ぎ去った。 恐らく、あと40年もアットいう間だろう??? これからの人生楽しみだ。 どんな時代が来るだろか??? 昭和44年(1969)7月21日は、前夜からアメリカ宇宙船「アポロ11号」が 月着陸船「イーグル」を月面に着地させるテレビ中継が放送され、同時映像・同時通訳に 徹夜でテレビに釘ズケになり、興奮し固唾を呑んで見守るなか、 7月21日午前5時17分42秒(アメリカ東部夏時間、7月20日午後4時17分42秒) 「イーグル」月面着地。 そして午前11時56分(アメリカ東部夏時間、7月20日午後10時56分) 月着陸船「イーグル」から、アームストロング船長が注意深く月面に降り立ち、 月への第1歩を踏み出した。 続いてオルドリン飛行士も降り立ち、両宇宙飛行士は、重力が地球の六分の一という 月の表面を、歓喜して飛び跳ね、動きまわった。 世界中が興奮した。 人類が始めて地球以外の天体に足跡を印した決定的な瞬間であった。 人類月面着陸以来40年後の今09年、宇宙長期滞在ということで日本の若田光一宇宙飛行士は、 現在国際宇宙ステーションに滞在し、すでに4ヶ月が過ぎている。 今年3月15日シャトル・ディスカバリーで宇宙に行き、国際宇宙ステーション乗組員となり 宇宙に滞在、7月17日シャトル・ディスカバリーで到着の後任宇宙飛行士と勤務交代するも、 122日間の国際宇宙ステ−ション滞在はまだ続いている。 スペースシャトル・エンデバー貨物室に運ばれた「船外実験施設」を、 ロボットアームを使って「日本宇宙実験室きぼう」に接続させ、 「筑波宇宙センター管制室」からの指令で電力供給し、通信確保、冷却液を循環起動し、 「国際宇宙ステーションの日本宇宙実験室きぼう」を完成し、 日本初の有人宇宙施設として完成した。 これは84年米レーガン大統領の呼びかけで日本も参加、 「希望」完成まで24年間約7600億円かけた宇宙ステーションである。 若田光一宇宙飛行士は、任務を全て完了し、7月31日帰還の予定。 しかし宇宙はまだ40年の歳月では遠い存在である。 明日22日、46年ぶりの皆既日食が、九州トカラ列島で見られると、 皆が張り切って期待している。 今日、衆議院が解散、8月16日告示、8月30日投票日の衆議院議員総選挙 麻生・自民党か鳩山・民主党か??? 政権交代なるか、成らぬか??? 天下分け目の決戦で、今度の選挙は見ごたえある決戦。 案外、選挙前に自民自滅し、分裂の危機?? では、40年前の昭和44年(1969)にはその他に、どんなことがあたっただろうか??? 1月18日、全学連と警視庁機動隊との東大・安田講堂「35時間の攻防戦」 3月20日に、オノ・ヨーコとジョン・レノンとの結婚 5月26日、東名大井松田―御殿場間が開通、東京―愛知県小牧市347kmの 東名高速道路が全通。 名神高速と接続して、東京―大阪間が高速道路で結ばれた。 6月6日、南ベトナムから米軍の撤退開始、 国内反戦運動の高まりと増え続ける犠牲にニクソン大統領が決意。 6月10日、経済企画庁発表「日本のGNP世界第2位となった」と発表し、経済大国仲間入り。 「おー・モーレツ」のCMが流れる中、日本のGNP(国民総生産)50兆円大台突破!!! 働き続けた世代にとってやっとやってきた「豊かな時代」 日本経済年率20%近い高成長が頂点を迎える。 8月27日、「男はつらいよ」第1作が封切られ、 山田洋二監督 渥美清・マドンナ光本幸子 平成8年8月7日68歳で亡くなるまで、48作も製作され、 国民的アイドルとなった「寅さん」は9月3日、国民栄誉賞が贈られた 11月21日、日米共同声明発表、訪米中の佐藤首相とニクソン大統領との共同声明で、 昭和47年沖縄返還決定 更にさかのぼって80年前の昭和4年(1929)には、どんな世の中であったろうか??? 母に聞いた話では、生まれる前夜は「両国の花火」即ち「隅田川の川開き」で 花火を見た後に産気づき、翌朝・日曜日に生まれたという。 それからズーと、学校の夏休み初日が誕生日という幸運に恵まれ、 いつの間にか「海の日」という祝祭日にも絡むようになったが、 今は「サンデー毎日」と祝祭日などあまり関連がない生活を送っている。 昭和4年5月1日、モガ・モボ全盛の東京風俗をテーマにした 「東京行進曲」中山晋平作曲・西条八十作詞・歌手 佐藤千夜子、 歌謡曲の女王・流行歌手第1号ということで爆発的ヒット。 5月 陸軍佐官幕僚集団「一夕会」誕生 歩兵大連隊長・永山鉄山、参謀本部戦史課長・岡村寧次、陸軍省整備局動員課長・東条英機、 歩兵第10連隊長・小幡敏四郎、関東軍高級参謀・板垣征四郎、歩兵第30連隊長・土肥原賢二、 駐オーストリア武官・山下奉文、参謀本部作戦主任参謀・鈴木貞一、 関東軍作戦主任参謀・石原莞爾などの陸軍大学卒業エリート達が「一夕会」結成、 正に昭和軍閥集団。 「満州事変」を演出、「2・26事件」まで発展、後に「皇道派」「統制派」に分裂、 激しい権力闘争を繰り返し、日本帝国を滅亡まで追いやる原因集団が、 昭和4年に誕生したのである。 7月2日、浜口雄幸内閣成立。 田中義一政友会内閣の後を受け民政党内閣の発足。 政党政治の実態は「金権腐敗」だった。 4年の夏は「疑獄の季節」といわれる、「朝鮮疑獄」「五私鉄疑獄」「売勲事件」が次々と発覚! 日常化した汚職は、昭和初期になっても陰湿に庶民を無視した形で連続発生し、 政党政治に決定的な不信感を抱かせる原因になり、やがて昭和5年浜口首相狙撃事件、 7年犬養首相暗殺事件などのテロリズムの頻発と、軍部やファッショ的傾向へと退潮させ、 その後の経済恐慌が重なり、倒産と失業者が溢れ、 戦争体制への突入に絶好の口実を作る原因にもなった。 10月24日ニューヨーク株式、破滅的株価暴落、「暗黒の木曜日」パニック発生し、 「全世界恐慌」に巻き込み、失業・倒産の嵐が世界中に及ぶ。 1920年代後半から不況に落ち込み、自動車、冷蔵庫などの生産が伸び悩み、 国民の消費意欲が極端に冷えストライキも続出したが、 フーバー大統領はアメリカ経済の健全性を訴え、強気の発言に、 投機家達は楽天的な株式投資熱は冷めず、ウオール街は過熱し、 冷や水を浴びせられるときが来るのは当然のことであった。 株価の大暴落は異常事態ではあるが、生産と消費という経済実態を無視し、 株だけが異常状態で動き、マネーゲームに走り、実力や実態を伴わない株式は、 続くはずはなく、正常に戻す動きが行き過ぎてパニックとなった。 日本も例外ではなく、労働争議と失業が深刻化し、中小企業が次々と倒産し、 失業者が増え続けた。 景気回復は遅々として進まず、アメリカの工業生産が29年の水準に戻ったのは、40年末。 本格的な回復は第2次大戦後の45年で、16年間も世界経済に影を落とし続けた。 6月16日 中央線立川まで電化完成 東京―立川 電車運転延長 3両連結で16分間隔 4月1日、 日本航空輸送、東京―大連、 東京―京城、 航空郵便 開始 7月15日、日本航空輸送、東京―大阪―福岡 で定期旅客飛行を開始。 飛行機はやっと実用になったばかり。 8月19日、ドイツ飛行船ツェッペリン号1万2千km飛行し、霞が浦に飛来。 長さ236m、60人乗り。 ロサンゼルスに向けて、飛行 世界一周飛行完成、偉業成るとの新聞見出し。 所要時間、21日7時間33分。 これからは飛行船の時代の到来といわれていた。 80年前の記録をさかのぼって、驚愕した。
歴史は繰り返すというが、丁度80年前の1929年、政治の腐敗といい、 経済の破綻からの世界恐慌、まったく良く似ていることに驚いた。 歴史の教訓は、決して受け継がれて行かないのだろうか?? 人間は常に同じ過ちを繰り返す。 それが人間ではあるが、重大な過ちは、二度と繰り返したくないと思うのだが、 それも出来ないのが人間なのか??? |





