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鳩ヶ谷市内とその周辺 04 鳩ヶ谷八幡神社 鳩ヶ谷八幡神社は鳩ヶ谷市八幡木1丁目にある。 鎮守の森に囲まれた八幡神社の本殿は、社殿一面に施された彫刻にある。 正面扉の左右に彫物、左側面には翁媼と鶴亀と松竹梅の彫物、 右側面には桃太郎主従??の彫物、裏面には花鳥縁起物??の彫物が施されている。 その彫刻の美しさにある。 日露戦役記念碑 日露戦役従軍記念碑は、日露戦争(1904−05)の時に、この村から出征した兵士の、 従軍を称える記念碑で、碑の裏面に姓名が刻まれ、栄誉が称えられている。 記念碑の揮毫は、その日露戦争の時の、陸軍最高司令官・乃木希典陸軍大将の書である。 乃木将軍に関しては、『歴史・歴史の特別日』「明治天皇崩御 明治から大正に」に 関連記載しています。 その記事のURL: http://blogs.yahoo.co.jp/naojyi/13474372.html 絵馬「武者絵図」
宝暦11年(1761)に奉納された鳩ヶ谷市最古の絵馬で、 『たなびく雲の下、右側に弓、太刀、槍を持った3人の武士が、左側の一人に対し、 問い質している武者絵図』 とのことで、鳩ヶ谷市有形民族文化財指定。 絵馬「曳き馬絵図」 慶應3年〈1867〉に奉納された絵馬で、ガラスに直接彩色した貴重な物。 江戸に嫁いだ人が、実家の村の鎮守に奉納したもので、当時ガラス板は貴重品であった。 鳩ヶ谷市有形民族文化財指定。 絵馬「祭礼絵図 嘉永7年(1854)に奉納されたもので、祭りの様子が生き生きと描かれている。 旧暦9月15日に行われた祭りは、山車の上では囃子が奏され、祭りの民俗芸能をとうして 江戸時代の人々の生活を知ることの出来る貴重な資料。 鳩ヶ谷市有形民族文化財指定。 |
散策・埼玉 鳩ヶ谷
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鳩ヶ谷市内とその周辺 03 鳩ヶ谷氷川神社 鳩ヶ谷市三ツ和3丁目に鳩ヶ谷氷川神社がある。 鳥居を潜り、先ず手を洗い、口をすすぐ。 何と「手洗石」は寛政8年(1796)に 奉納されたものに、上水道の水を引いた物であった。 今まで神社・仏閣に参拝・参詣したが、「手洗石」はほとんどが最近の物で、 明治以前の物は放置され、忘れ去られ、又は土埃に埋もれて、ただそこに在るだけの物である。 然し此処の「手洗石」は水道が引かれ,立派に現役を勤めていることに、新たに感激した次第である。 水道料が高くつくのでは??と思い、宮司さんの心使いにお賽銭を弾む。 拝殿の前に、 「懐具合が寒くとも、励まし合えばあたたかい」 との言葉と、次の言葉があった。 宮司さんの心使いと励まし、何気ない教え。 なるほど!!なるほど!! この神社には「算額」が奉納されていて、鳩ヶ谷市指定の有形文化財になっている。 それによると、 『江戸時代から明治時代にかけて、日本独特の数学を確立した和算家たちが、 出題と回答を額にして、神社・寺院に奉納したもので、享和4年(1804)奉納の「算額」は、 埼玉県内に現存する中で8番目の古さと言う。 「算額」には、数学の問題が2問あり、第1問は「三円の直径を求める2次方程式」、 第2問は「ピタゴラスの定理の開法と、その直角三角形内の5個の内接円の直径を求めるも」。 出題・解答とも、漢字で書かれていて、2問とも正確に解かれていると言う。 円周率3.16(現在は3.14・・・)を使用しているのは、 当時としては大変珍しい例であると言う。 小渕村では、享和2年秋から翌年春まで、村の西沼の水田に、村人総がかりで悪水路工事を していた時、測量・設計・施行を自力で行った村民たちが、2次方程式や三角法を学び、 大工事の完成を祝って奉納したものと思われる』 と記されている。 今から200年前に、2次方程式、三角法、円周率などを一般農民に学ばせたということは、 驚異である。 大学入試センター試験に出題したら、何人が解答できるのだろうか?? 今の文部科学省の教育方針で「ゆとり教育」などと理屈をつけて、 「円周率は面倒だから、3 でイイヤ」などと教育する現在の政治屋・教育屋は肝に銘ずべきである。 説明板の転載なので不鮮明です。 この神社には貴重な「絵馬」があると言う。 『天保14年(1843)奉納された「絵馬」は、12代将軍・徳川家慶の日光東照宮に参詣の際、 日光御成街道沿いの小渕村(現在・鳩ヶ谷市三ツ和)地内に、将軍の小休所が設けられたのを 記念して、その風景を「休斎」という画家に描かせたものを奉納した。 日光御成街道の松並木や休憩場所など、当時の様子が良く描かれているていると言う。 このような将軍の小休所を描いた絵馬は、他に例が無く貴重であると言う。 材質は檜板、裏面に52人の奉納者の名前が書かれてい』 と言う。 鳩ヶ谷市の有形民族文化財に指定されている。(寸法:縦23cm、横141cm) 江戸時代には庶民の苗字使用は、公文書では許可されていなかったが、
絵馬に書かれた奉納者から私的に苗字を使用していたことがわかると言う。 説明板の転載なので不鮮明です。 |
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鳩ヶ谷市内とその周辺 02 新義真言宗・箱崎山錫杖寺地蔵院 地蔵院縁起によれば、「聖武天皇の時代から1100年の歴史ある寺で、 本尊地蔵菩薩は行基上人(平安期)の作と伝えられ、 慈覚大師の守本尊・秘仏地蔵尊と言われている。 子育地蔵菩薩は埼玉六地蔵の2番札所 安産観音は足立坂東霊場29番札所、平和不動は足立百不動の29番札所、 修行大師は新四国霊場の59番札所」という。 国際興業バス「鳩ヶ谷」バス停の近くに「新義真言宗・箱崎山錫杖寺地蔵院」はあります。
箱崎山錫杖寺地蔵院の山門 箱崎山錫杖寺地蔵院の山門からの正面に本堂があります。 木造のどっしりとした本堂は、いかにも古刹らしく威厳を構えて、何でも受け入れてくれます。 箱崎山錫杖寺地蔵院の鐘楼 木造不動明王立像は埼玉県指定の有形文化財で昭和55年に指定されました。 箱崎山錫杖寺地蔵院の山門と集会殿 箱崎山錫杖寺地蔵院の仏教美術館。 箱崎山錫杖寺地蔵院の仏教美術館に祭られた本尊「木造不動明王立像」埼玉県指定有形文化財。 開館されていなかったので、玄関のガラス越しに拝観した、これがご本尊であると思います? 念に為後日確認いたしますのでご了承願います。 良縁地蔵尊。 大層ご利益があるとか!! 良縁を求める方はどうぞ!! 良縁地蔵尊の昔話。 本堂脇の庫裡。 裏庭にある「タブの木」の大木。 鳩ヶ谷市の天然記念物に指定されている、立派な大木。 垣根越しに見る。 鳩ヶ谷市指定の天然記念物「タブの木」の表示板。 「小谷三志の墓」鳩ヶ谷市指定の史跡 小谷三志は富士山信仰の集団であった富士講の行者。 富士講の教理と実践を改革し「富士道」を起こし、 信者は関東・甲信・東海・近畿・山陽・九州の各地に5万人を超えるという。 「小谷三志の墓」鳩ヶ谷市指定の史跡の表示板 今にも箒でイタズラをしそうな「一休さん」 ハナマルキ味噌の宣伝か??? |
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鳩ヶ谷市・見沼用水東縁とその周辺 01 曹洞宗法性寺 曹洞宗法性寺は鳩ヶ谷市桜町にあり、明応年間に建立された寺院で、 現在の山門は足利時代末期のものといわれている。 寺院は身近な緑が姿を消しつつある中で、貴重な樹木森が残っている。 昭和57年埼玉県指定の「法性寺ふるさとの森」として、緑を守り次世代に伝えため、 保存樹木森指定された。 境内には、スダジィ、クスノキの巨木が目につき、シラカシ、アカシデなどの樹木で 鬱蒼とした森を形成している。 寺院は鬱蒼とした森に囲まれ、遠くからも何かがあるなと、感じさせる雰囲気の中にある。 近づけば石段があり、これから寺の境内。 曹洞宗法性寺の山門は、35段ばかりの石段を登ったところにある。 曹洞宗法性寺の山門は、足利時代末期のものといわれている。 山門の脇には、六体の地蔵が、訪れる物を出迎えてくれる。 後ろに鐘楼が木立の中にある。 おのずとここで心が引き締められる。 右手に一本の大銀杏があり、本堂の威厳を漂わしている。 質素である。 山門の脇に石組みした土台の上に鐘楼がある。 本堂の入り口は、非常に質素である。 本堂の入り口に獅子が左右一対、守護している。 無法者には直ちに飛び掛らんばかりである。 ずいぶんとリアルに出来ている。 本堂の左脇にお稲荷さんが祭られている。 供養塔。 古いむかしの無縁仏の墓石を集めて供養している。 何処の寺にもこのような供養塔がある。 墓地は鬱蒼とした森の囲まれ、昼でも暗い。 境内より墓地が高台にあり、本堂を望む。 屋根の合掌が美しい。 合掌部分に龍の彫刻が施されたものがあった。 境内に聳え立つ、大銀杏の保存樹木。 涌井公園 曹洞宗法性寺の境内に隣接して「鳩ヶ谷法性寺ふるさとの森」に指定された緑地があり、そこから湧き出でる水の小さな池がある。 公園になっていて、菖蒲の時が見ごろである。 遊歩道が設けられた菖蒲池。 その先が「ふるさとの森」 |
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