なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

散策・さいたま浦和

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   東浦和とその周辺 その23  せせらぎ遊歩道
      見沼田んぼ 散策案内

   せせらぎ遊歩道

   あちらこちらを歩いていると、面白い物を発見したり、思わぬ出会いが有ったりする。

  せせらぎ遊歩道  遊歩道の始まり   さいたま市立尾間木小学校・尾間木中学校の通学路
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   可愛い漫画の十二支をあしらった方位盤
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   遊歩道上の方位盤  前方 JR武蔵野線線路  井沼方公園に通ずるガード下トンネルに
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   せせらぎ遊歩道
   せせらぎ遊歩道は、町が出来る前、
   谷合いに成っていたようだ。 
   今は暗渠に成っているのだろう。

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カンムリワシ
昭和47年〈1972〉5月15日
  天然記念物指定
昭和52年〈1977〉3月15日
  特別天然記念物指定(基準:動物(1))
タカ科に属し猛禽類。 
いんど・東南アジアから八重山初頭までの
熱帯・亜熱帯に分布し、
八重山小党が北限。
指定は西表島・石垣島の森林地帯を中心に
生息する日本固有亜種。
全長55cm翼長37cm
  翼開長97cm体重800g

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ノグチゲラ
昭和47年〈1972〉5月15日
  天然記念物指定
昭和52年〈1977〉3月15日
  特別天然記念物指定(基準:動物(1))
キツツキ科の一属一種。 
沖縄本島北部の山原(やんぱる)と呼ばれる
常緑広葉原生林にのみ生息する日本固有種。
全長31cm翼長16cm体重130g

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ヤンパルクイナ

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ツル
大正10年〈1921〉3月3日
  天然記念物指定
昭和30年〈1955〉2月15日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
山口県南東部八代盆地を中心に、
なべつるが越冬のため渡来。
全長100cm翼長50cm
  翼開長155cm体重4kg
ロシア極東地方と中国北東部
アムール川・ウスリー川流域北の湿地帯で繁殖、
9月上旬南下10月下旬から翌1月中旬渡来越冬。
      ツル
      鹿児島県出水市
      大正10年〈1934〉3月3日  天然記念物指定
      昭和27年〈1952〉3月29日 特別天然記念物指定(基準:動物(2))
      出水平野に渡来するツルは種類が多い、
      ナベヅルが6割、マナヅルが2割、クロヅル、カナダヅル少数、
        ソデグロヅル、アネバヅル、ナベクロヅル。
      全長155cm翼長65cm翼開長220cm体重13kg
      マナヅルは全長130cm翼長55cm翼開長180cm体重6kg

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コウノトリ
昭和28年〈1953〉3月31日
  天然記念物指定
昭和31年〈1956〉7月19日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
全長110cm翼長60cm
  翼開長200cm体重5kg

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ライチョウ
大正12年〈1923〉3月7日
  天然記念物指定
昭和30年〈1955〉2月15日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
指定はニホンライチョウで、
ライチョウ科の日本亜種。
個体群が隔離された氷河期の遺存種。
全長37cm翼長19cm体重500g

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メグロ
昭和44年〈1969〉4月12日
  天然記念物指定
昭和52年〈1977〉3月15日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
小笠原諸島に生息。
メジロ科の日本固有亜種。
全長14cm翼長7cm体重15g

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アホウドリ
昭和33年〈1958〉4月25日
  天然記念物指定
昭和37年〈1962〉4月19日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
洋上の海面近くの風速差を巧に利用し、
羽ばたかずに洋上を滑るように優美に飛翔、
時速70kmで飛翔。
全長100cm翼長60cm
  翼開長240cm体重6kg

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サギ

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トキ
昭和9年〈1934〉12月28日
  天然記念物指定
昭和27年〈1952〉3月29日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
全長75cm翼長40cm
  翼開長140cm体重3kg

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ハクチョウ
大正11年〈1922〉3月8日
  天然記念物指定
昭和27年〈1952〉3月29日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
ガンカモ科。 
北海道・東北・北陸の多雪地帯に越冬のため渡来。 
ロシア極東地方アムール川下流地域
コハクチョウは全長120cm
  翼開長190cm体重7kg
オオハクチョウは全長140cm
  翼開長250cm体重10kg

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タンチョウ
昭和10年〈1934〉8月27日
  天然記念物指定
昭和27年〈1952〉3月29日
  特別天然記念物指定(基準:動物(2))
全長155cm翼長65cm
  翼開長220cm体重13kg
日本で見られる7種のうち、
国内で繁殖する唯一のツル。
北海道東部湿原に生息。


動植物の天然記念物について、詳しく知りたい方は、社)農林水産技術情報協会社ホームページ参照
社)農林水産技術情報協会 http://www.afftis.or.jp/monument/1.html
   東浦和とその周辺 その22  芝川堤
     見沼田んぼ 散策案内

   芝川堤

   浦和くらしの博物館民家園から見沼通船堀に抜ける、芝川に沿った堤の道がある。
   芝川の東側の堤は、今芝川調整池の建設現場となっているので、通行できないが、
   西側は抜け道になっている。
   芝川堤の道は、いわゆる昔の「見沼田んぼ」の真ん中を流れる芝川の土手の道であるから、
   見渡す限りの草原や葦原である。
   東京駅を中心とした20kmチョット圏でこれほど、農地と自然地とが上手く混在した所は、
   他に無いと思う。 自然が満喫できる、散策路である。 
   殆ど人が通らず、聞こえるのは、季節季節の小鳥のさえずり、たまに牛蛙の低い声に驚かされ、
   トンボや昆虫が肩にとまったりと、風のささやき、草木のにおい、疲れた体と心を癒してくれる。
   水際には、釣り糸を垂れている人を、時たま見かけるくらいである。
   この間、散策中に丁度、釣り仲間に野次を入れられながら、大うなぎを釣り上げるところに出会った。
   まだ、あのような大うなぎが、いるものだと妙に納得した。 時々うなぎが釣り上がるらしい。
   見沼、そう日光御成街道沿いの大門宿、鳩ヶ谷宿、中仙道浦和宿は、
   昔からうなぎ料理・なまず料理が名物で、今も江戸時代創業のうなぎ屋が何軒かある。 
   見沼でうなぎ・なまずが沢山取れ、旅人の口を楽しませたのである。

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   JR 武蔵野線

   JR武蔵野線は、千葉県側の工業地帯と全国とを結ぶ、流通輸送の動脈的な役割を果たしていると思う。
   貨車を引っ張る電気機関車に、新品、中古いろいろの種類の機関車があることを、
   この辺を歩いてから初めて知った。
   時々、訪れるマニアーが思い思いの場所で撮影しているようだ。
   障害物が何も無い、農地、自然地の中約1.5kmを一直線に走っている線路、
   撮影には絶好な場所と思う。

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   東浦和とその周辺 その21
     見沼田んぼ 散策案内

   附島氷川女体社
   見沼通船堀公園の近くに附島氷川女体社があります。
   すぐ裏が、通船堀公園の通船堀沿い竹林散策路にあたります。
   昭和56年4月にさいたま市の指定有形文化財に指定されています。

   江戸時代初期の建物で、「見世棚造り」
   見世棚造りは神社建築様式の一つで、小規模な建築で、井桁に組んだ土台の上に、
   身舎(もや)の前面から向拝柱にかけ、床板がはられ、店舗の陳列棚に居ていることから、
   名が付けられた。
   平安時代「信貴山縁起絵巻」江戸時代初期「洛中洛外図屏風」に見られ、
   鎌倉・江戸時代に造ら   れたものが全国各地に現存する。
   見沼の周辺には、板葺き屋根で向拝柱前面に木階を設け、猪子扠首の妻飾りを持つ、
   見世棚造本殿が数多く分布する。
     1、柳崎氷川神社本殿  江戸時代(川口市指定
     2、前川神社本殿    桃山時代(川口市指定
     3、附島氷川女体社本殿 江戸時代初期(さいたま市指定
     4、大牧氷川女体社本殿 寛永13年(1636)(埼玉県指定
     5、太田窪氷川神社本殿 桃山時代(さいたま市指定
     6、大谷場氷川神社本殿 寛文6年(1666)(さいたま市指定
     7、本太氷川神社本殿  慶安3年(1650)(さいたま市指定
     8、片柳弁天社本殿 桃山時代(さいたま市指定

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   柳崎氷川神社

   通船堀公園から見沼代用水西縁を下ると、川口市に入り柳崎公園をぬけ、
   見沼代用水台地斜面林のあるところに、柳崎氷川神社がある。
   江戸時代の「新編武蔵風土記稿」によると、
   当時の柳崎、井沼方二村の鎮守であった記録がある。
   棟札から慶安2年(1649)の建立と伝えられる。 
   明治6年(1873)に村社に、
   明治41年(1908)付近の稲荷神社、白山社を合祀し、現在に至る。
   「見世棚造り」の原型を思わせる造りで、貴重なもの。
   埼玉県川口市指定文化財

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   東浦和とその周辺 その20
     見沼田んぼ 散策案内

   木曾呂の富士塚
   見沼通船堀と見沼代用水東縁の合流地点に隣接して、木曾呂の富士塚があります。
   富士山を模して築造した塚で、老若男女だれでもが心安く、富士登山できるようにと、
   各地に築かれたのが始まりですが、
   木曾呂の富士塚は、寛政12年(1800)に富士講の信者は蓮見知重の発願によって、
   見沼代用水と通船堀との連結地点に築造された。
   富士塚の麓には、文化2年(1802)造立の蓮見知重の碑があり、築造の由緒が刻まれている。
   富士塚の中でも古く、埼玉県では最古で、庶民信仰を知るうえの貴重なものであり、
   昭和55年4月に国指定の有形民族文化財に指定された。 
     木曾呂の富士塚http://blogs.yahoo.co.jp/naojyi/11545774.html

   見沼通船堀東縁仮締め切り付近より見る、木曾呂の富士塚
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   木曾呂の富士塚を発願・築造した蓮見知重の碑
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   富士塚山頂より見た、林立する国指定の碑
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   富士塚 胎内くぐり穴入り口の碑と富士溶岩
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   下山口稲荷神社
   見沼通船堀東縁仮締め切り付近にある、下山口地区部落の稲荷社。
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下山口地区部落の英雄、日清(1894・95)・日露戦争(1904・05)従軍,凱旋記念碑 部落民6名記名
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   下山口稲荷神社のすぐ裏は部落の墓地だった。
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   八丁稲荷神社
   通船堀は内陸水運の要に位置し、江戸との物資の流通に、
   荷物の集積所の役割を果たしていたので、人の交流も盛んであった。 
   この地に稲荷神社と地蔵尊そして庚申塔が、非常に多く見られるのも、このためであると思う。
   気が付くと、ここにも、ここにもと、本当に多い。 
   昔の信仰・信心の深さを垣間見るようである。

   八丁稲荷にある庚申塔は安永6年(1777)の奉納物
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   八丁集会所の地蔵尊 下山口稲荷にも地蔵尊があり、線香の煙が絶えないようだ。
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   見沼の禁忌作物
   見沼の禁忌作物としてレンコンがある。それは氷川女体神社付近では、
   祭神クシイナダヒメノミコトが戦いのときハスの茎で目を突いた為と言い、
   大間木では見沼の竜がハスの茎で鱗を痛めた為と言う。
   また野田では、大田道灌(始めて江戸城を築いた武将)が戦いのとき、
   ハス畑に隠れたら雨が降ってきて、葉に当たる音が鉄砲玉に聞こえ驚かされた為と言う。

   見沼の伝説から  美女と馬子
   江戸から空馬を引いて帰ってきた馬子が、
   途中で美女が疲れた様子で歩いているのを見て、馬に乗せてあげた。 
   別れに美女から箱を貰った。 
   決して開けてはいけないと言われて、馬子はそれを主人に渡したが、
   やがて箱を開けて中を見てしまった。 
   中には小判形をした龍の鱗が入っていた。 
   それからというものは、凶作や不幸が続いた。 
   美女は竜神の化身ではないかと考え、村では、
   弁天社を作り龍神を慰めたところ、また平穏になった。 
   下山口新田にある弁天社がそれだトサ。       見沼の伝説から
   東浦和とその周辺 その19
     見沼田んぼ 散策案内

   見沼通船堀 その2
      通船のしくみ

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今日、
次のニュースを見ました。
見沼通船堀の
 閘門開閉実演を
東縁第一の関と
 第二の関の間で
 行われます。
平成20年8月27日(水) 
 午前10時から と 
 午後1時から の2回 
 実演時間 1時間30分
 雨天・濁水の時は中止

   見沼通船堀 閘門開閉実演の記事は URL: http://blogs.yahoo.co.jp/naojyi/15354844.html

代用水西縁の見沼通船堀仮締め切り跡 と 見沼用水路西縁から芝川に通ずる通船堀出入口跡
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見沼通船堀西舟溜り跡
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芝川  左 見沼用水路西縁に通ずる通船堀出入口跡  右 見沼用水路東縁に通ずる通船堀出入口跡
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見沼用水路東縁から芝川に通ずる通船堀出入口跡    右手は木曾呂富士塚
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見沼用水路東縁から芝川に通ずる通船堀出入口跡 と 見沼通船堀仮締め切り跡
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見沼通船堀案内図
 利根川、見沼代用水、芝川、荒川、隅田川、東京湾との
 河川関係図と見沼通船堀との相関図
 芝川と見沼代用水とを結ぶ、
 内陸水運の要の通船堀は、
 当時の江戸の流通にとって、
 利根川を利用することで、
 かなり広範囲な経済流通をもたらしたものと思う。

  見沼通船堀案内図
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  通船のしくみの解説図
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 通船のしくみ  
  たまたま、田に水を引く用水側溝に同じ形で、水位の高低を作って、
  田に水を引き、流していました。
  向こう側は土地の高い田に、こちら側は土地の低い田に、水を引いています。 
  ここに付けた板を除けば、高い田には水が行かない。
  通船堀の関のしくみも、このように板を付けたり、
  外したりして水の高低差を調節して、舟を通します。
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見沼通船堀の東縁にあるこちらが第一の関。 向こうにあるのが第二の関  関と関の間が舟溜り
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見沼通船堀の東縁にある舟溜り側の第一の関。
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 舟溜り側の第一の関の閘門部 この鳥居型の柱に角材を積み上げていく。
 初めに角材を鳥居の柱の根元に、平に落し込む。 
 すると水は、角材が障害となって下流に流れなくなる。
 やがて左側舟溜りの水位が上がり、角材は水圧で鳥居柱に押し付けられ、
 やがて角材分だけ水位が上がる。
 その角材の上部から水が溢れるようになったら、次の角材をその上に積み上げて行く。  
 このように角材の高さ分だけ舟溜りの水位が上がっていく。
 角材は5寸角材なら約15cmで、10本積み上げれば1.5mの水位上昇である。 
 しかも、木材であるから、水に浮くので、積み上げは簡単。
 そして鳥居の柱に水圧で押し付けるだけの装置なので、至って簡単、細かい細工もなし。 
 着脱は熟練しなければ難しいかも知れぬが、困難ではない。
 享保16年(1731)に完成とあるので、今から270余年前に、
 すでに運用されていたことを思うと、先人の偉大さが判る。 
 徳川吉宗は名君の誉れ高く、井沢為永も知者として勝れている。 
 今の時代、見渡しても、このような百年先を見通せる、卓越した政治家が居ないのが現状。 
 嘆かわしい限りである。
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  舟溜り側の第二の関の閘門部  第一の関と同じ構造
  こちらも第一の関と関連して水位を調節する。 
  左側は代用水東縁の水位であり、見える部分は舟溜りの水位である。 
  水位計で水位の高さを知る。
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  第一の関の芝川につながる水路。 
  右下に第一の関の構造物があり、舟溜りにつながる。
  すでに舟溜りとは角材何本分かの水位差がある。 
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