なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

散策・さいたま浦和

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   東浦和とその周辺 その28  

   通船堀大橋

   さいたま市南浦和地区と川口市東川口地区とを結ぶ地方道がある。
   国指定史跡である見沼通船堀の近くで、さいたま市と川口市との境でもあり、
   芝川を横断する橋に、通船堀大橋がある。
   通船堀大橋の欄干の飾りに、昔 江戸に物資を運ぶために、
   見沼通船堀を行き来した艜船(ひらたふね)をあしらっている。

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昔 江戸に物資を運ぶために、見沼通船堀を行き来した艜船(ひらたふね)をかたどった橋の飾り。
4箇所にある。
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さいたま市(旧浦和市)に贈られた賞状のモニメント
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見沼通船堀を行き来した、米俵を乗せた艜船(ひらたふね)の船頭
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川口市に贈られた賞状のモニメント
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昔 江戸に物資を運ぶために、見沼通船堀を行き来した艜船(ひらたふね)をかたどった橋の飾り。

   さいたま市東浦和方面を望む。 前方の橋のたもとに水神社の林がある。
   左に見沼通船の差配、鈴木家建物(史跡指定)。  水神社の後ろの森が、見沼通船堀。
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   さいたま市南浦和方面に通ずる道路。
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   川口市在家町方面を望む。 左建物川口短期大学。
   遥か横一直線に東京外環自動車道を望む。
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   川口市東川口方面に通ずる道路。
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   通船堀大橋の橋飾り。
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   東浦和とその周辺 その27  

   芝川第一調整池

   JR武蔵野線 東浦和駅−東川口駅 間は3.8kmある。 
   東川口駅を出発した電車は、見沼田んぼを1.5km直線で通り抜けて東浦和駅に到着する。 
   この1.5km区間の、電車の車窓から見える景色は、右と左では大変異なって見える。
   左側の車窓からは、のどかな田園風景が見え、右側の車窓からは、工事中の調整池で、
   まだ今は駄々広い野原が見えるだけである。 車窓の景色が極端に違って見えるのである。

     田園地帯を走るJR武蔵野線の電車。
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   工事中で整備されていない、雑草の生える地帯。 今はススキ、アシが生える時期。
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   工事中の調整池。
   中央に見えるのが、さいたま市環境(クリーン)センター(ごみ焼却施設) 直線2km先。
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     夕方の調整池。
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   線路向こうの地域に行く、芝川の鉄橋下の道路は今閉鎖中。
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   将来調整池が完成されたときの、自然との共生の説明案内板。
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    今も多くの野鳥が訪れている。
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   東浦和とその周辺 その26 

   天台宗吉祥寺

   さいたま市緑区役所又は東消防署の近くに、天台宗吉祥寺があります。
   寺の入口石柱を一歩入って、京都の古刹に迷い込んだ感覚になった。
   鬱蒼とした杉の並木の奥に、茅葺の古風な山門がある。
   桃山文化の流れを汲む江戸時代前期の建築で、藁医門だという。  
   さいたま市の指定有形文化財になっている。 
   切り妻造りの重厚な茅葺屋根になっている。
   本堂は慈覚大師の開山と伝えられ、天台宗の格式のある寺としての威厳風格ある寺である。

   寺の一角に駒形権現神社須賀神社本殿がある。 
   明治時代以降中尾神社への合祀や道路改修で二度移転し、現在の地に安置された。 
   権現神社の御神体は三頭の白馬像、須賀神社の御神体は神輿といわれている。
   室町時代の建築と考えられ、現存する建築では市内最古の建築物で、
   流見世構造の発達を知る上で貴重な建築物であるとさいたま市有形文化財の指定されている。
   境内にある手洗いは天保年間(1832)に、灯篭は文化3年(1806)に奉納されたものである。

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   東浦和とその周辺 その25  中尾神社

   大谷口氷川神社から北に1km位のところに中尾神社があります。
   県道さいたま川口線の中尾地区です。 
   杉・雑木林の中にひっそりとありますが、ここの森は鎮守の森としては貴重な広さがあります。
   最近開発が進んでいるようですが、さいたま川口線が出来る前は、
   鬱蒼とした森であった面影を残しています。 
   地域の歴史が感じられ貴重な場所と思われます。
   入り口の鳥居は文政5年(1822)、境内の灯篭は形の良いほうが文政5年(1822)、
   古風な灯篭が寛政12年(1791)に奉納されたものであるから、200年経過したものである。
   鳥居にしろ、灯篭にしろ、部落で奉納できたと言うことは、信仰が厚いばかりでなく、
   余裕がなければ出来ないこと。 
   この地は江戸に近いだけに、農家も裕福とまではゆかないが、然しかなりの余裕があったと
   見受けられる。

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   東浦和とその周辺 その24  大谷口氷川神社

   大谷口氷川神社

   東浦和駅から明花経由の浦和行きバスで4・5停留所に「明花南」がある。 
   停留所の前にあるのが、ここ大谷口氷川神社である。 大谷口なる地名の鎮守様である。
   歴史的な背景は、書物を読んで研究していないので省略させていただきます。  
   何れ機会を設けて記事にしますのでよろしくお願いいたします。 

   ここの狛犬さんは、唐獅子らしく、独特のスタイルで参詣者を迎えてくれます。 
   年代物らしく、皆さんに愛されたと見え、顔は大分磨り減っているようです。 
   年代明記はないけれど、幟を掲げる竿押さえの石台には万延元年(1860)に奉納の記述がある。
   灯篭には文政8年(1825)の記述がある。

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