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川口市・見沼用水東縁とその周辺 その04 木曽呂の朝日神社 地図にチョコット記されていたのだが、これほど立派な神社とは思っていなかった。 然し地元では由緒ある神社として崇められていたのだろうと思う。 地元の鎮守様として崇められていたのであろう。 信仰と裕福な氏子が多い土地と思う。 これだけの御社を建立するだけの力のある氏子が多数いる証である。 全国的に知られた「安行の植木」の産地であるから、信仰と裕福な財力がある氏子が多い証である。 残念ながら神社についての「縁起解説」がないことである。 天雲社 本殿と天雲社 諏訪社 天保11年(1840)奉納の石塔 稲荷社 この鬼瓦は大正後期に屋根が茅葺から銅板に葺き替えたときにこの鬼瓦を使用した。 平成5年に社殿を建替え、その勤めが終わったので、古色蒼然とした鬼瓦の英姿は、他に類を見ないので、後世に伝えるために保存し、ここに設置したと説明が記されている。 ケヤキの大木(川口市指定保存樹木) 木曽呂の観音堂 木曽呂の観音堂の七体の地蔵たち。 宝暦7年(1757)の記載ある。 天和3年(1683)の弥勒菩薩 元禄10年(1697)の観音像 |
散策・埼玉 川口
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川口市安行と新郷、見沼用水東縁とその周辺 その03 木曽呂の富士塚 川口市木曽呂には国指定の有形民俗文化財の「木曽呂の富士塚」があります。 木曾呂の富士塚http://blogs.yahoo.co.jp/naojyi/11545774.html 富士山を模して築造した塚で、老若男女だれでもが心安く、富士登山できるようにと、 各地に築かれたのが始まりですが、木曾呂の富士塚は、 寛政12年(1800)に富士講の信者・蓮見知重の発願によって、 見沼代用水と通船堀との連結地点に築造された。 富士塚の中でも古く、埼玉県では最古で、庶民信仰を知るうえの貴重なものである。 木曽呂の薬王寺 木曽呂の地域にある薬王寺は見沼用水東縁の小高いところにある。 門前石柱には 「武蔵野国 野仏の寺 仁寿年間人皇 五十五代 文徳天皇 草創 医王山 薬王寺」 と記されているが、寺蹟が記されていない。 川口市の保存指定樹木が鬱蒼とした森の中に、本堂は朱塗りで際立たせているが、 全体にひなびて訪ねるものの、心を落ち着かせてくれる寺である。 ひなびた野仏が七体が、寺に入る山門の前で訪れるものを迎えてくれる。 元禄2年(1689)のものあり。 門前石柱には「武蔵野国 野仏の寺 仁寿年間人皇 五十五代 文徳天皇 草創 医王山 薬王寺」と記されているが、寺蹟が記されていない。 薬王寺山門。 木立が鬱蒼としている。 ひなびた野仏が七体、 寺に入る山門の前で訪れるものを迎えてくれる。 元禄2年(1689)のものあり。 ひなびた薬王寺の山門。 ひなびた野仏七体。 薬王寺山門。 木立が鬱蒼としている。 薬王寺本堂。 本堂は一変して、 朱塗りが木立に良く映える。 鐘楼 阿弥陀堂 供養燈籠 元文2年(1737)の銘 観音立像。 鬱蒼とした境内に厳かに立つ観音様 供養塚。 「知恩」と刻む石。 市の保存指定樹木の森 |
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川口安行と新郷、見沼用水東縁とその周辺 その02 木曽呂地域の学校、病院、運動場 その昔、見沼は自然の沼であったが、寛永6年(1629)に、関東郡代・伊奈忠治によって 灌漑用水用の溜井とされた。 約100年後の享保12・3年(1727)、見沼溜井は、徳川吉宗の命を受け、 幕府勘定方・井沢弥惣兵衛為永が、この溜井を干拓し見沼新田とした。 この新田と下郷田を潤すために、利根川から水を引き、これが見沼代用水で、 途中東西二つに分かれている。 灌漑の方法は、用水を台地際に流して田に取り入れ、 中央を流れる芝川を排水路(悪水路)として水を落とした。 そして用水路と芝川は江戸に物資を運ぶ、重要な水運路としても機能していたのである。 さきに「東浦和とその周辺」で見沼用水東縁のさいたま市部分の周辺の一部について ご案内しました。 今回から「見沼用水路東縁の川口市部分の周辺」についてご案内したいと思います。 見沼用水路と芝川とに広がる「見沼田んぼ」のJR武蔵野線北側は、 芝川の調整池として工事中で、将来自然を配置した市民の憩いの場所にと再生される。 まだ農園としても保存されている。 JR武蔵野線南側は現在市民のスポーツ広場として各種運動場が整備され、 まだ拡張されつつある。 又一部農園として、農家が米・野菜・花を栽培している。 市境の大間木、下山口新田、木曽呂地区に昔からの農家が点在している。 川口市内である昔の「見沼田んぼ」であった木曽呂地内には、 学校、病院、市民のための各種運動場が設けられている。 さいたま市大間木地区および芝川を望む。 中心の森は、水神社。 それより右に大間木地区の住宅。 その後ろの森は見沼通船堀。 左は埼玉県立川口北高校。 その後ろ埼玉学園大学。 その右川口短期大学。 芝川の左に川口短期大学。 その先に川口市立在家中学校。 川口市立在家小学校。 さらに東京外郭環状道路が横一直線に走る。 建物は埼玉協同病院。 手前運動場は埼玉県立川口北高校。 埼玉県立川口北高校。 川口短期大学。 埼玉学園大学。 川口幼稚園。 埼玉朝鮮学園幼稚部。 川口市北スポーツセンター管理の市民のためのターゲット・バード・ゴルフ場。 前方の森の手前に見沼用水路が流れる。 川口市北スポーツセンター管理の市民のためのサッカー練習場。 ここは見沼用水東縁の用水路の際である。 前方建物は左から埼玉県立北高校。 中央は老人ホーム。 右に埼玉協同病院 川口市北スポーツセンター管理の市民のための野球場。 ここは見沼用水東縁の用水路の際である。 前方建物は左から埼玉県立北高校。 中央は老人ホーム。 右に埼玉協同病院 川口市北スポーツセンター管理の市民のための野球場。 前方建物は川口市立在家中学校及び在家小学校。 |
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川口安行と新郷その周辺 01 山開き 木曽呂の富士塚 7月1日は山開き、海開き、川開きなどなど、 「これから本格的に暑くなりますよ」と言う、年中行事の一つです。 小生、昔は楽しみの幕開けでしたが、この頃はやれやれと溜息の出る日です。 負けてもいられないので、富士登山をしてきました。 といっても富士塚です。 しかもご丁寧に2ヶ所。 文化庁から昭和55年4月24日に指定を受けた、埼玉県川口市木曾呂にある、 国指定有形民族文化財「木曾呂の富士塚」 頂上にはお鉢巡りが出来るように火口らしきものまであり、 富士山胎内巡りの穴(現在封印)、お中道(五合目道)もあります。 普段は開かれていない浅間神社も今日ばかりはお開帳です。 「富士講登山」も最近まで行われていたようで、 講のメンバーによる富士登山記念の奉納幕(平成7年登山)がありました。 現代、富士塚に登って、富士山に登ったと同じご利益を得たいと思うような、 物好きな人は居ないようです。 ぜんぜん人に会いませんでした。 国指定・有形民族文化財 木曾呂の富士塚 案内掲示板 国指定・有形民族文化財 木曾呂の富士塚 浅間神社 国指定・有形民族文化財 木曾呂の富士塚 富士塚登山道 「見沼用水路東縁」 右側 国指定民族文化財「木曾呂の富士塚」 左側 国指定史跡「見沼通船堀」 木曾呂の富士塚から2kmばかり離れた、東沼神社では「夏越大祓」が行われ、 拝殿前の大輪をくぐり参拝すると、今年の暑気祓いが出来て、 病気に成らないと言われている。 しかも、富士塚が有り、ここでも富士登山のご利益間違いなしと言われている。 今年は色々、ご利益が有りそうだ!!! ルンルン! 東沼神社 夏越大祓の大輪 |

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