なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

健康・大腸がん闘病の記録

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     闘病の記録  大腸ガンと闘う  その11


     殆ど同時に発病した妹婿は、慈恵医大に入院したが、
     肉腫ガンの進行が早く、治療方法がないので、
     「余生を自宅で過ごされたら」と、主治医に勧められ 退院。 
     自宅で 末期の療養 して、逝ってしまった。 
     妹が、亭主の命が永くないので、知らせるつもりで連絡してきたのだが、
     我もまた入院闘病中。 

     弟妹が、病院に見舞いに来る。 
     「うちの家系は、ガンに罹らないと思っていたのに。」と恨まれる。



        お互いに 永遠の別れと 知りつくし
             電話で話す 声力なし


          先に行く 永遠の別れを 義弟の
               見舞いに行けず 我も病身


        義弟の 永遠の別れと 見舞いをば
             日より見悲し 我も病身


          義弟と 永遠のわかれの 見舞いをば
               病をおして 行かざりし悔やみ


        我が心 うつろになりて 聴く読経
             世のはかなきを 想いしるべし


          病身に 明日はわが身と 義弟の
               骨拾う手や ふるえ悲しき



     あえて此処に、当時、義弟から来た 最後の手紙 を全文公開します。



     暑中お見舞い申し上げます
     お暑い毎日が続いておりますが、現在私は慈恵医大付属病院に入院をしておりまして、
     病室内は、暑さを感じさせず快適な室温に調節されております。
     さて、私が入院をいたしましてその結果を、貴方にだけはお知らせをと、
     家内がお電話をしましたところ、貴方が発病されてご入院手術をされ、
     無事成功されましたことを伺いました。
     家内共々驚きましたが、手術の成功との事に一安心いたしました。

     只今私も慈恵医大付属病院に入院しております。
     此の度の病気は、去る六月に突然の胸部の圧迫感とめまいを感じまして、
     急遽救急車で無理を言いまして、千葉から慈恵医大付属病院の救急センターに、
     入院を致しました。
     検査の結果 約三年前に行いました心臓バイパス手術の再発とは関係なく、
     胃潰瘍とそれに伴う内部の出血から極度の貧血と分かり、治療に入りました。
     結局 胃潰瘍は二週間で治癒し、退院致しました。
     然し退院後も何か胸につかえる様な圧迫感があり、気分が勝れず、
     異常を感じましたので七月中頃に再び慈恵医大付属病院の外来に出かけ、
     主治医に相談したところ、CTスキャンを撮ることにして帰宅しました。
     三日後に再び病院に出向き主治医の診断の結果、これは悪性のリンパ腫か、
     悪性腫瘍の疑いがあるので早急に入院手続きをしましょうと云われ、
     急遽七月十七日に入院を致しました。
     毎日 検査 検査の連続で、出ました結果は最悪で、病名は「肉腫」といったもので、
     悪性のリンパ腫の場合は、現在 日進月歩で効果のある抗癌剤が開発され、
     延命も見られるようですが、「肉腫」については症例も少なく、
     残念ながら現在の医学では治療の方法が無いと云われました。
     現在私は胸に圧迫感があり、その為に食欲があまり無い以外は、
     元気に毎日を過ごしておりますが、段々体中が痛くなり、
     痛み止めで騙し騙し衰弱して行くのを待つようです。

     私の人生を振返って見ますと、私はすでに合格しておりました陸軍予科士官学校に、
     昭和二十年八月末に予定されていました入学を、楽しみにしておりました。
     二十年五月に東京の自宅が空襲で焼失し、父の実家のある広島に疎開いたし、
     陸軍予科士官学校に入学まで、広島の中学校に転校し、中学校より三菱重工業に、
     勤労動員としての作業に従事しておりました。
     運悪く、八月六日の広島での原爆投下により、被爆を致しました。
     幸いにも私は、九死に一生を得ました。 それより私の人生観がまったく変わりまして、
     此れからは人様のお役に立つ生き方を考えようと日々を送って参りました。
     私の父は、八月五日にやっと手に入れた乗車券で、妻子の居る広島の実家に、
     帰郷して参りましたが、本当に運が悪く、生まれ育った実家で被爆いたし、
     八月三十一日に死没いたしました。
     私は被爆後、不思議に何事も無く元気に、ひたすら家族の為に一生懸命、
     ただ我武者羅に働き続け、六十二歳まで無事に務め上げる事ができました。
     リタイア後現在まで、夫婦二人楽しく、充実した日常生活を過ごし、
     七十二歳まで生き延びることができました。

     「○○市老人大学」に入学致し、卒業後同窓会で七年間、
     事務局長としてお手伝いをしながら、地域の皆さんとのお付き合いの輪が広がり、
     平成九年五月「○○シニアクラブ」の発足と同時に、
     発起人の一人として参加させていただきました。
     そしてリタイア後に新たな友との出会いが始まりました。
     クラブでは楽しくも充実した五年余を、時には家内も参加させていただき、
     家族共々現役時代のお付き合いとは、また違った新しい経験と楽しさの毎日でした。
     又、原爆被爆者○○会の副会長や相談員として、お手伝いを致しております。
     多くの死没された被害者へのご供養と、
     現在も千葉県に約四千人生存されております被爆者に対して、
     生き永らえております感謝の気持ちからです。
     奇しくも今日は原爆記念日、テレビでの記念式典の実況を感慨深くみております。

     さて昭和三十年に縁ありまして、家内と結婚致しました。
     亡くなられた、ご両親ご夫妻の温かい、ご家庭作りに憧れ、感銘も致しました。
     そのような家庭で、家族の愛に育まれ成長した家内は、
     私にとって理解ある最愛の妻となりました。
     ご両親ご夫妻も、父をなくした私に対し、本当の親子のように可愛がってくださいました。
     五人の兄弟姉妹も皆、真面目な伸び伸びとした性格で、
     私も本当の兄弟姉妹ができましたように、
     嬉しくも楽しくお付き合いをする事が出来ました。
     現在家内も六十八歳になりましたが、ご両親の血を引いて、健康な日々を過ごしており、
     二人の子供も立派に成人いたし、そして成長著しい五人の孫達に恵まれ、
     夫婦二人、楽しく幸せに毎日を過ごしております。
     ところがこの度のこと、私に取りましては、青天の霹靂の思いでございます。
     人生為すべき事は自分なりに終え、思い残す事は何も御座いません。
     予定としまして、主治医との相談で決る事ですが、来週には退院致し、
     自宅で家内と二人でのんびりと食べたい物を食べ気楽に過ごしたいと考えております。
     今の活動・行動力が今後何日続くか分かりませんが、好きな事をしながら、
     最後迄元気に明るく楽しい人生を全う致したいと考えております。
     長い間のご交誼有り難う御座います。
                                    敬具
          平成十四年八月六日



     義弟は広島の原爆被爆者で、「原爆被爆者手帳」の交付を受けて所持しておりました。
     八月中旬 慈恵医大付属病院を退院、自宅で静かに末期療養し、十月下旬、旅立ちました。
     私によこした手紙、死を宣告され、死が目前に迫るとき、死を達観せざるを得ず、
     死を覚悟し、心の整理・平和を求めて、綴ったものと思うが、
     心情を察するに、如何許りであったろう。
     私が 生と死の狭間 にもがいていた時、すでに 死を達観 していたのだ。

     ここにあえて文面を公開した理由は、
     戦争中に 「死を体験」 した人、特に 「九死に一生を得た人」 の、
     共通した 「物の考え方」 として、単に 助かった というだけでなく 
     「生かされたので、世のため、人のために、何かをする」 という、
     使命感を持っていたことである。
     敗戦の焼け跡のどん底、今までの教育・価値観が根底から瓦解、
     物資は何も無く明日の生活の糧さえも無い状況、そのような廃墟の中から、
     立ち上がり懸命に働き、
     そして世界のNo.1の経済大国に伸し上げたのも、
     これらの人々の 「共通の力」 であると、自負している。

     昭和を知る者が、また一人立ち去った。
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     闘病の記録  大腸ガンと闘う  その10



     X線検査で、肺に大きく炎症を起こしている。 
     3ヶ月前の写真には無かったと、比較して見せられた。 
     「何が原因か。気管支鏡検査をします。」

     
     「一般診療行為に関する説明・同意書」に
        胸部X線検査の結果、右肺に異常あり。 
        気管支内病変の観察、肺病変の確定診断のための
        検体(分泌物、組織片等)を採取する。 
        咽喉頭の局所麻酔後、気管支鏡を挿入し、気管支内を観察、
        写真撮影後、検体を採取する。
     「検査日」 平成14年10月7日午前9時30分


      最近、結核が復活感染しているという。
      その昔、結核は多くの若者に感染流行し、「死の病」「不治の病」と
      恐れられていた病気だが、
      抗生物質の治療薬のお陰で、ほとんど撲滅されたと言われて、
      最近では結核患者の話は聞かれなくなっていたのだが。
      病院で一番恐れたのは、「結核の院内感染」。
      他の病院で、「結核の院内感染事件」の報道が、以前有ったので。
      「結核では、ありませんでした。 結核だったら、
      本格的な隔離病棟のある病院に転院して頂く所でした」 と。  病院の本音。
      
      何が原因で、肺の炎症を起こしたのか、不明。 命に別状ない模様。



        肺炎の原因検査 内視鏡
             咽喉もときびし 身はよじるなり


           後悔は さきに立たずと 人の云う
                後悔活かす 人生強し


        神仏に 祈りて治る病でも
             気力なければ 生き永らえず


           み佛の み手なる定め 天命を
                刹那に生きよ 悔いなきまま


        人はみな 死する定めと 知りつるも
             なお苦悩する 我が煩悩は


           明日の日が あると思うな 今日の日を
                刹那に生きよ 悔いなき人生


        弱音はく われ見返して 奮起せよ
             グチの出るのも 生きてる証


           弱音はき グチこぼすのも これすべて
                生きてる証 人間だもの


        人は皆 死する定めと 知りつつも
             無常をうらむ 点滴ベット


           生と死を 想い定める絶好の
                機会ととらう 点滴ベット


        右の手も 左の手さえ 点滴の
              針刺しできぬ 医師の目厳し



     入院中は観念して、さほど不便を感じなかった、人工肛門に装着するストーマも、
     退院して少し食べるようになり、必要な外出をするようになると、
     途端にいろいろ不便を感じるようになった。 外出中は特に気を遣い不安を伴った。 
     いろいろ対策を講じても、常に不安を感じ、必要以外の外出を控えて、
     だんだん出不精になってきた。



        ストーマを 取り替えポンと 腹たたく
             今日も一日 気分爽快に


           ストーマの 装着指導 ナースより
                気遣いうれし 我が心よみ


        冗談を 交えながらも 励ましを
             気遣いうれし ストーマ指導


           ヌルヌルと 腹から足に つたいくる
                ストーマ不備の 汚物の流れ


        ストーマの パンクに汚れし 身も心
             下着も洗う このむなしさよ


           ヌルヌルと 芳香放ち 腿までも
                流るる汚物 ストーマパンク


        シマッター なにくわぬ顔 その辛さ
             ストーマパンクす 電車の中で
     ネギ坊主 集まる蝶と たわむれる
        じゃがいもに 花咲き蝶の つがい舞う

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     闘病の記録  大腸ガンと闘う  その09



     8月15日(金) 開腹手術の傷も癒え、ひとまず外科退院となった。 
     1ヶ月半に渡る入院生活である。 その後、抗がん剤投与の治療を受けることにした。
     色々な症状がでるため、内科再入院の必要があるとのことである。 
     
     2週間して再入院の予定。
     19日(月) ストーマ指導
     20日(火) 栄養指導
     22日(木) 午前 外科外来診療  午後 内科外来診療
     結構、退院しても忙しい。
     

     9月2日(月) 再入院

     「入院診療計画書」の説明によれば、
        切除したS状結腸腫瘍は、腸壁の内壁、中間層、外壁3層に
        またがり拡がっていた。 
        腸壁は崩れていなかったが、破れる寸前であり、
        破れていればガン転移は著しかった。 
        しかし切除したリンパ球のガン陽性比率が非常に高いので、
        すでに他に転移している可能性が高い。 
        再発予防を目的にアイソボリン+5Fu化学療法を、
        毎週1度、点滴・静脈注射で投与する。 
        その時、適宜に必要な薬剤(吐き気止め、胃腸薬等)も合わせて投与する。 
        点滴治療は、原則6週間投与し、2週間休薬を1クールとして、
        3クール予定するので、治療が終了するまで約6ヶ月が必要である。
        入院は最初の3週間分を実施し、安全に治療できることが確認できれば、
        その後は外来通院で実施する。
        この治療で比較的高頻度で起こる副作用に、悪心、嘔吐、食欲低下、倦怠感、下痢、
        メラニン色素沈着、白血球減少、貧血、発熱、脱毛等あるが、一時的で、
        安全に実施できる。
        入院後、胸部・腹部X線検査、心電図、採血、採尿、検便、などの治療に適する
        全身状態にあることの再確認した後、治療を開始する。
        術後化学療法開始にあたり、転移巣の有無を確認するため、
        必要に応じて画像検査を実施する。

     入院検査   胸部・腹部 X線撮影   心電図検査
            蓄尿 24時間分   採血・採尿・検便


     翌日、アイソボリン・5Fu点滴療法 開始



     現在、「医学統計によれば、5年後の生存率は40%以下」である。
     現在のままでは、再発の危険が非常に高いので、再発を低くするための
     抗がん剤投与の治療である。
     そして、この40%以下の生存率を50%・60%に高めようとする治療であると云う。
     しかし、 治療したから治る と言う 保証 は無く、 
     治療しなければ再発 すると言うことも無いと云う。 
     熟慮して 治療手続 するようにとのことである。 


     後日 後悔をしないため に、 治療する こととした。


     本来は、完全隔離病棟で治療するのが最良であるが、完全隔離病棟の設備が無いので、
     準隔離病棟で治療することである。
     準隔離病棟の患者は、免疫性が低下している患者が多くおり、
     これから抗がん剤治療を受ければ、免疫性が低下するので、
     外部との接触は極力避けるため、家族であっても、
     緊急時以外の面会は完全に制限するということである。


     大変なところに再入院することになったものだ。 
     ガンに罹るということは、大変な事なんだと、改めて認識したのである。



        退院は 一時の夢に 終りたり
             再入院は 準隔離室


          ここは準隔離室ゆえ 出入りには
               「消毒励行」ナースの注意



     抗がん剤投与の治療は、いろいろ副作用があると言う。 
     再入院した病棟は、今までの外科病棟とまるで違う。 
     外科病棟は、傷の痛みに、うんうん云っていたが、傷が治れば退院でき、
     結果が予測できることから、看護婦も、患者も、面会者も、
     部屋までも明るい雰囲気が漂っていた。 


     ところが、此処は完全隔離病棟ではないが準隔離室。
     入院患者は「今日、明日」という状態ではないけれど、免疫力が低下しているため、
     外部との接触による他の病気の感染が心配されるので、
     面会は謝絶に近い制限をされ面会者無し。


     4人部屋、隣のベットは肺ガンで、絶えず軽い咳をして元気が無い。
     向かいのベットは、内臓のあちらこちらに転移していて、
     抗がん剤と放射線の治療を受けていて、顔はメラニン色素が大変沈着していてドス黒く、
     気力を失っている。
     斜向かいのベットは、比較的明るい人であるが、肺ガンが進んで来つつあるので、
     頑張っているという。
     廊下で擦違った中年の婦人は、帽子で隠してはいたが、明らかに髪が抜け落ちていた。

     回復見込み無しという患者も居り、不安で沈みがち、部屋全体が、
     病棟全体が何となく暗―い感じ。 
     抜けるに抜け出せない患者が多い。


     翌日 第1回 アイソボリン・5Fu点滴療法 開始 採血検査
     翌週 月曜日 採血検査 第2回 アイソボリン・5Fu点滴療法 今週検査結果不良中断
     木曜日 採血検査
     翌々週 月曜日 採血検査  木曜日 第2回 アイソボリン・5Fu点滴療法 実施
     4週目の 24日(火) 退院の許可がでて、 退院

     以後当面 毎週木曜日 午前外科外来診療 午後内科診療 及び 化学療法 のサイクル



        髪は抜け 顔ドス黒く 気力なき
             同病の人 我もなるらん


          ひしひしと せまり来るさま 行く末よ
               今日室替る 同病の人


        免疫が 低下するとて 面会も
             制限されし 抗がん治療


          訪ね来る 友なし 不安と不快ども
               共に来たりて 隔離病室


        過しかたと ゆく末思い 天井の
             模様をながめ 点滴うける


          人は皆 死する定めに 生まれたる
               何くよくよと 思い悩むか


        マスクせし ナースの声や こもりがち
             気力もなえる 隔離病室


          我よりも 病悩むる 人多し
               病を知りて 心悟りし


        生と死を 見つめて想う 空間は
             ただ鉄柵のベットの上よ
       かっこうの 初鳴と共に 初夏来る
         梅落ちる モンシロチョウは 初夏をつげ

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     闘病の記録  大腸ガンと闘う  その8



     病院の正面玄関の向かい側歩道に、さるすべりの木が5・6本植えられている。 
     散歩歩行に挑戦する。



        さるすべり 今日一輪また一輪
             耐えて歩める 我を迎える


          百日紅 花それぞれが支え合い
               咲き誇りおる 我の如きよ


        「よし今日も」咲き乱れし百日紅
             気力も満ちて スタンド押して


          さるすべり 我を迎えて咲き誇る
               触れなば落ちん 我が歩み似て


     
     外は真夏の暑さであろう。 
     病院内は空調で、暑さを感じない快適さで過ごせた。 
     裏の市民憩いの庭園広場には、夏休の子供たちが、群れ遊ぶ姿が見られる。
     「俺も、小さいとき夏休みには、よくトンボとりなど、 
     あちらこちらと良く駆けずり回っていたっけな」 
     急に幼い時の事が思い出される。



        窓外は ウダル暑さか 夏雲に
             遠く聞こえる 子等のたわむれ


          我むかし うだる夏空 とんぼ取り
               遠い記憶を 子等の声聞き



     病院生活も大分慣れたが、傷口の回復、内臓の働きが、思うほど快方に捗らない。
     精神面も、快調にとは行かないし。  
     モー 心身ともに 何にとなく ボロボロ
     向かい病室の老人は、大分日にちが経っていたというのに、
     昨夜 傷口の縫い目が綻びたとか。



        点滴の 液漏れ 腕が腫れあがる
             気付かざりしに ナース厳しき


           我のみは 与えられざる 給食を
                配膳台車 きしみうらめし


        わが命 栄養液に支えらる
             夢まぼろしか カツ丼の味



     8月3日 主治医の朝の回診で、やっと待望の 食事の許可 が下り、
     夕食が出ることとなった。
     ワクワク、ニコニコ、 実に1ケ月ぶりに、メシに有りつける。
     先ずは 重湯からとの事!!!  ランラン!!

     おもゆ、三分粥、五分粥と、3日かけて進んだところで、
     体調快復不調、食事中断。 アア!!!
     2日後、また 重湯、三分粥から始まる。
     常食にこぎ着ければ、退院は間近。



        病快の献立メニュー 示されて
             歓喜に満ちて しばし眺めつ


          給食は さ湯まがいなる 重湯にて
               歓喜しすする この幸せが


        重湯 三分五分粥とて 退院が
             間近に見えて 崩れる無念


          点滴で 1ヶ月余をも 生きられし
               医学進歩か 生命力か


        退院を速く早くと望めども
             病苦勝りて 一進一退



     8月14日(木) 主治医の朝の回診で、 退院の許可 が下りる。
     明日 15日午後 退院する手続きをとる。
     とにかく 家に帰れる  バンザイ!!!

     やはり、我が家が一番。 
     これほど我が家に、実感と愛着を感じたのは、かつて無かったことである。
     気象庁の 梅雨入り宣言 異常珍現象 
     関東・甲信越・近畿地方(6月2日宣言)が九州北部より早いのは13年ぶり
     1951年以来の統計で、過去5回目とのこと

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     闘病の記録  大腸ガンと闘う  その7



     「そろそろ年貢の納め時が来たか。」 
     「人間誰でも、死ぬもの。」 
     「70歳過ぎまで、生きられたし、思い残すこともあるまい。」 

     正直、告知を受け、予期していたことではあるが。 
     しかし、何となく色々と考えを巡らす。 
     やはり、まだこの世に未練があるのか。 
     まだまだ腹が据わらない。


        平静を保てるものと 思いしが
             なお揺れ動く わが心 何故


          生きようと 生きる気力が 必要と
               心に決めし 告知うらめし


        生きようと 心に決めし その後も
             なお揺れ動く 告知うらめし


          人は何故 生まれ死するか 真剣に
               悟る心を 告知うらめし


        生きんとて もがく心に 苦悩満ち
             生きる道あり 死 静観せば


          観世音南無と回向す 言霊に
               心のかげり はがれゆくさま


        孔子云う 身体髪膚 親に受く
             きざまれし身の 不孝を嘆く



     手術後は、体重をどんどん減らし、回復しない。 
     栄養剤の点滴だけが、命を支えている。 無理もない。 
     何処まで落ちるのか。

     あまりにも、極端な体重の減少に、 
     「体重計、壊れてる」 と言って、ナースに笑われた。



        体重を 日ごとに減らし 気力なえ
             ナースの笑顔 今はむなしき


          「体重計 壊れているよ」と看護婦に
               告げる声聞き 笑う彼の女


        昨日より 今日こそ増すと 期待して
             のりたる秤 目盛悲しき


          今日こそは 今日こそはとて 体重計
               非情に目減る あー今日もまた



     「あら ここ特等席じゃない!  一緒に見よう!!」 
     看護婦と、ベットに並んで座り、遠く夜空に開く花火を見物。 

     「あら、大分 サボちゃった。」  
     屈託無い笑顔残して立ち去った。



        夏の夜に 開きて散りし 遠花火
             ナースと共に 見るよろこびを


          ポンポンと 花咲き散るは 遠花火
               しばしの憩い 病苦忘れて


        人はみな はかなきものと 知りつるも
             病にたおれ 知る遠花火


          ポンポンと 景気良く打つ 遠花火
               絡まる管に もどかしく見ゆ

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