なお爺のひとり言

一期一会の出会いを大切に 満89歳の卒寿になった、なお爺 これからも よろしく

散策・江戸東京・山手

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]

   江戸東京・山手 17
   明治神宮外苑

   明治神宮外苑には、先に紹介した聖徳記念絵画館、第18回東京オリンピックを開催した
   霞ヶ丘国立競技場、東京都体育館などの施設のほか、野球場、ラグビー場などの運動設備がある。
   競技場内には、秩父宮記念スポーツ博物館。
   また、この明治神宮外苑周辺の青山は、六本木、原宿、渋谷に近く、
   文化・ファッションの発信地として、注目されている地域である。

   霞ヶ丘国立競技場の絵画館よりにある日本青年館。 
   かつて、中国東北部で終戦の混乱のとき、日本人居留民が日本内地に引き上げるときの混乱で、
   事情により残留孤児として中国に残留した孤児は、日中両国の戦後の対話がないまま放置され、
   1980年頃やっと一部の孤児が日本人として認知され、肉親探しに来日し、この日本青年館に
   宿泊。 ここで数々のドラマが生まれた。 
   ある者は肉親と再会でき、また帰国できた者もいれば、失意に打ちのめされ
   後ろ髪を引かれるように中国に帰った者、数々のドラマと涙がここ青年館で
   繰り広げられたのであった。
イメージ 1

   日本青年館の隣にある明治神宮第二野球場。
イメージ 2

   明治神宮第二野球場に隣接する、明治神宮野球場。 
イメージ 3

   明治神宮野球場に隣接する、秩父宮ラグビー場
イメージ 4

   明治神宮野球場、秩父宮ラグビー場の前にある、国学院高等学校、東京都立青山高等学校。
イメージ 5

   秩父宮ラグビー場の前から右側手前から、明治神宮野球場、神宮第二野球場、
   正面に日本青年館、左側手前から東京都立青山高等学校、国学院高等学校
イメージ 6

   秩父宮ラグビー場の前から青山通り外苑前交差点方向。
イメージ 7

   青山通り外苑前交差点。 渋谷方面。
イメージ 8

   青山通り外苑前交差点にある喫煙所
イメージ 9

   青山通り景観整備工事のPR掲示
イメージ 10

   青山通り外苑前交差点。 右、青山通り青山2丁目方向、左、ラグビー場、野球場方向。 
   植木囲いの場所に喫煙所があった。 前掲写真2枚がこの囲いの中
イメージ 11

   青山通り青山3丁目交差点。 外苑前、青山2丁目方向。
イメージ 12

   青山通り青山3丁目交差点。 横方向が青山通り、 前方は青山墓地、六本木方面に行く道路。
イメージ 13

   江戸東京・山手 16
   青山2丁目

   絵画館から銀杏並木の通りと、青山通りと交差する地点が、青山2丁目の交差点である。
   青山通りの青山2丁目から青山1丁目にかけた所はオフィス街である。 
   銀杏並木通りの青山通りとの交差点はT字路である。  
イメージ 1

   青山通りの青山2丁目交差点で、青山3丁目、外苑前、渋谷方面に向かう。
イメージ 2

   青山通りの青山2丁目交差点で、青山1丁目、赤坂見附方面に向かう。
イメージ 3

   銀杏並木通り、青山2丁目交差点近くにある、
   レストラン・コーヒー・ロイヤルガーデンでお茶でもどうぞ!!
   リッチな気分になりますよ!!
イメージ 4

   銀杏並木通りの青山通りとの交差点はT字路。 ここの夜景。
イメージ 5

   青山通りの青山2丁目交差点で、青山3丁目、外苑前、渋谷方面に向かう。 ここの夜景。
イメージ 6

   銀杏並木通り、青山2丁目交差点近くにある、レストラン・コーヒー・ロイヤルガーデン。
イメージ 7

   聖徳記念絵画館のライトアップ。 ひときわ美しい。
イメージ 8

イメージ 9

   江戸東京・山手 15
   青山・銀杏並木

   明治神宮外苑・銀杏並木の、青山2丁目交差点の角奥に「明治神宮外苑之記」と言う
   石碑がある。  高さ4m、幅1.8、厚0.36m、東北仙台産石。

   そこには、明治神宮奉賛会総裁に元帥陸軍大将・大勲位功二級・閑院宮載仁親王。 
   明治神宮奉賛会会長が正二位勲一等・公爵・徳川家達。  

   何とも厳しい肩書きである。 
   当時としてはこの肩書きこそ、その人物にとって最も重要な看板だった。
   官庁勤めの公務員、特に軍人は、終戦のときまで、全部この肩書き・看板が
   付いて廻ったものである。 
   お氣付きと思いますが、NHK ドラマ「天障院篤姫」の天障院が最後まで護った、
   徳川宗家の第16代将軍になるべき5歳?の徳川家達が、奉賛会会長になっていた。 
   ドラマを見なければ、碑文の細かなところまでは、気付かなかったと思う。

   碑文によれば、
   『明治45年(1912)7月30日の明治天皇(第122代天皇)が崩御、
   大正3年(1914)4月11日昭憲皇太后〈明治天皇皇后〉がお亡くなりになり、
   お二方の御神霊をお祀りし、ご遺徳を追慕戴仰申し上げたいという機運が高まり、
   大正9年(1920)11月1日、代々木の地に明治神宮御創建となった。
   明治の時代は、日本の歴史を通じて、政治・経済・文化・スポーツ等の各方面に、
   驚くべき躍進を遂げ、近代国家としての基盤が確立され、
   その原動力となられた明治天皇の偉大な御事蹟と御聖徳の数々を、永く後世に伝えたいと、
   明治神宮外苑の造営が進められた。 
   そこで天皇御在位中、しばしば陸軍観兵式を挙行し、また御葬儀が行われた、青山練兵場に、
   皇室御下賜金や、国民の献金と真心の労働奉仕により、大正15年(1926)10月、
   明治神宮外苑は完成した。    
   明治天皇・皇后御一代の御事蹟を記念する絵画館、
   青少年の心身鍛錬する野球場・競技場などの運動設備、人々の憩いの場所として、
   外苑・内苑を後世に残された。 
   造成工事完成に明治神宮に奉献するに当たり、概要を後世に伝えるものである』と
   言うことである。
イメージ 1

イメージ 2
イメージ 3
イメージ 4

   ファッション雑誌の背景にしばしば登場する銀杏並木。 
   秋は黄金色に葉が色づき、やがて散って黄金のジュウタン。
   葉が落ちて無数の枝が針のように天を突き刺している冬の季節。
イメージ 5

イメージ 6

   明治19年以来、青山練兵場と言われ、軍隊を訓練した場所である。 
   明治天皇の御臨席のもとにしばしば観兵式が行われた。
   なかでも明治23年2月11日の憲法発布観兵式、明治39年4月30日の
   日露戦役凱旋観兵式などは盛大であった。 
   当時の様子が描かれた絵画「凱旋観兵式」(小林万吾画)に其の時の様子が描かれている。
   天皇陛下が何時もこの「榎」の西前方に御座所が設けられ、軍隊を閲兵した場所の榎を、
   「御観兵榎」と命名し永らく保存したが、
   平成7年樹齢200余年の老木は、台風で倒木したので今は2代目。 
   記念碑の書は元帥東郷平八郎大将の書。  
   銀杏並木より権田原交差点までの中間にある。
イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

   大正4年と5年(1915と16)ナイルスとスミスの曲技飛行家が、この練兵場で、
   飛行機で飛んで見せた。
   ナイルスは日本人には初めての、宙返りを見せ、スミスは木の葉落しを見せたので、
   見物人はブッタマゲて度肝を抜かれ、その驚嘆振りが想像できる。 
   日本のファッションの最先端地・青山も、100年前は遮るものとてない、茫々の草原地、
   軍隊の練兵場であったとは、想像できない現実です。
イメージ 10

   建国記念文庫なるものが、神宮第二野球場と絵画館の中間にある。 説明によると、
   『昭和41年(1966)12月9日、建国日制定審議会は「2月11日を建国記念日」と答申、
   即日法律として発布された。
   数十万通に及ぶ、建国記念日制定の希望・意見書があったので、「建国記念文庫」を建設し、
   保管することにした。 
   建設費は国民の浄財で、建国を思う国民の情熱を、千年万年の子々孫々に伝えるために、
   記念文庫設立の目的とした。
   建物は、建国当時米穀を以って立国したことを想い、奄美大島の高倉様式を移築し、   
   屋上にテンバガラスを施工し、書類を保管した。 
   書は、出雲大社・神門布施杉材に佐藤大寛が墨書。 
   礎石は、坂上田村麻呂将軍の東征により、平和国家が確立した故事に鑑み、
   奥州巌作山の石垣白河石で施行した。
   昭和44年2月11日 
   元建国記念日制定審議会長・菅原通済記』 とある。
   建国記念日がこのように決まり、請願書がここに保存されていたとは、知らなかった。
イメージ 11

イメージ 12

イメージ 13

イメージ 14

   江戸東京・山手 14
   聖徳記念絵画館

   この絵画館は明治天皇と昭憲皇太后の威徳を記念するため、その絵画が展示されている。
   
   絵画館の設計は、大正7年(1918)に、一般から懸賞募集し、一等当選のものを基礎にして、
   明治神宮造営局が決定案を作成したものである。    
   鉄筋コンクリート造り、外装は花崗岩、中央円筒屋根の高さ32m、両翼の高さ16m。 
   外装と外階段表装の花崗岩は、岡山県・万成産。 
   屋根は一部銅板葺、急斜面はガラス張り、中央大広間の壁面と床、階段、休憩室、腰壁、柱など
   は大理石装飾張り、一部タイル張りで、大理石は岐阜県美濃と其の他で、全部国産の材で、
   その量は実に9556平方m。

   壁面には、縦3m、横25mの絵画80点(和洋画それぞれ40点)画展示されている。
   絵画は明治天皇、昭憲皇太后の主な業績が史実に基づいて、 当代一流の画家たちによって
   描かれ、費用は各絵画にゆかりの深い方々の寄付によるものである。

   絵画は、天皇御誕生より御大喪まで、順番に展示してある。 
   この絵画が最終的に完成したのは、昭和11年〈1936〉である。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

   明治天皇が明治45年(1912)7月30日崩御あそばされ、全国民の悲しみのうちに、
   その御葬儀が9月13日に、この場所・青山錬兵場で行われた。 
   ここがそのとき御柩車が置かれた葬場殿のあとで、現在、絵画館の裏庭にある。    
   中央の大木はこのことを記念して植えられた「楠の木」。
イメージ 5

イメージ 6

   絵画館前の国旗掲揚台の一角獣。 
    日本的というか、東洋風というのか、左右の獣は阿吽の呼吸。
イメージ 7

イメージ 8

   樺太国境画定標石  時  明治39年6月から40年10月
            場所  樺太日露境界
   明治37,8年の日露戦役の講和条約でカラフトの北緯50度以南は、日本の領土となった。
   その境界を表示するため、日露両国委員は、明治40年9月4基の天測機と
   17基の小標石を建てて境界を確定した。
   この境界標石は、外苑創設に際し、明治時代のひとつの記念物として、
   樺太庁がこれを模造して外苑に寄付したもの。  
   日本側の菊の紋章の背面には、露国の鷹の紋章が刻んである。 
   絵画館には壁画「樺太国境画定」(安田稔画)には、両国委員が境界標を建設する光景を
   史実に基づき描いている絵画が展示されている。
   絵画館正面左側端前の茂みにある。
イメージ 9

イメージ 10

   俗名ナンジャモンジャの木。 
   江戸時代の植物学者・水谷豊文が尾州ニノ宮山中でこの木を発見し、
   名付けたと伝えられる珍しい木。 
   何の木か解からないので、「何じゃもんじゃ」といったと言うが、昔はそうでも、
   今はモクセイ科の落葉樹で、愛知、岐阜、対馬に産し、和名ヒトツパタゴ。 
   大正13年12月天然記念樹に指定され保護される。 
   5月はじめに、白い清楚な花をつけ、満開時は雪を被ったように見える。
   絵画館正面右側端前庭の茂みにある。
イメージ 11

イメージ 12

   お鷹の松。 
   大正7年〈1918〉明治神宮外苑競技場(現・国立霞ヶ丘競技場)造成のために買い上げた
   敷地内に堺妙寺という古寺があった。 
   徳川3代将軍家光(1603-1651)が鷹狩りの途中、この寺に休息していたところ、  
   江戸城から飛び去った「遊女」と名付けた愛鷹が飛んできて、庭前の松の枝に止まったので、
   家光は喜びその松を、鷹の名にちなんで「遊女の松」と名付けた。 
   後の世に人々が「お鷹の松」と呼んだ。
   昭和39年、東京オリンピック開催のための拡張工事で取り去られ、
   競技場代々木門内に移設したが、碑石を新たに現在地に移築し、黒松を配した。 
   碑文は大正15年7月、渋沢栄一氏が85歳の時の書である。
   国立霞ヶ丘競技場裏道路と絵画館前道路の交差点にある。
イメージ 13

イメージ 14

   江戸東京・山手 13
   四谷見付付近

   12月24日ともなれば学校も、今日で2学期が終り冬休み、子供たちは早くも正月を
   楽しみにしていることであろう。 
   この新宿区立四谷中学校では、校門の前に早くも正月の松飾が一対飾られていた。 
   新宿区立四谷中学校は、赤坂迎賓館の入り口、四ッ谷駅前、四谷見附交差点の近くの
   非常に良好な地にある。
イメージ 1

   赤坂迎賓館の前の交差点。 たまたま上空に、恐らく東京観光遊覧と思しき飛行船が、
   悠々と暮れかけた夜空に浮かび、あちらこちらと方向を変えながら飛行していた。 
   車のテールランプの方向は、赤坂方面。 夕闇前の迎賓館(右側迎賓館)前の堀端通りの光景。
イメージ 2


   聖イグナチオ教会

   JR四ッ谷駅上にある、四谷見附橋を渡り、麹町方面に。
   鐘の音と賛美歌が、静かに聞こえてきました。 
   その声に誘われ訪ねれば、聖イグナチオ教会で、クリスマスイブのミサが行われておりました。
   ステンドグラスが荘厳な雰囲気をかもし出し、賛美歌が荘重に外に漏れてきます。 
   人々の往来も多く見受けます。  次のミサに出席する人たちが、長い列を作っておりました。
   やがてミサも終り、祝福を受けた人たちが、教会からあふれ出し、その人たちに囲まれて
   四谷駅方面にと流され、ミサに参加しなかったが、何か心温まる心地がして、
   クリスマスイブを祝った心地になりました。  良い体験で満足でした。
   ミサは時間により、日本語、英語がある。
イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

   聖イグナチオ教会は、上智大学・四谷キャンバスに隣接してあります。 
   四谷見附橋のたもと、江戸城石垣の下の角地にあります。
   この石垣の下の道は、紀尾井町ホテルニューオークラ、食違見付跡へと続いています。
イメージ 8

開く トラックバック(1)

全13ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
なおじぃ
なおじぃ
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事