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ネタ切れにつき、地元長崎線を掘り返しました。(こんな感じでなんか続く・・・予感
長い旅路の始まり。
5(佐世保編成)+7(長崎編成)編成ですね。 今でもこのポイントで撮影しますが、
フェンスが取り付けられ、この正面アングルは厳しくなっています。
長崎本線 久保田−鍋島
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アーカイブ・長崎本線
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昭和51年、地元の長崎本線電化前後の写真です。 主に多良−肥前大浦間の波瀬の浦、里信号場で撮影しました。
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間もなく有田陶器市が開幕します。 GWと相まって増結車や臨時列車が走ります。 かつては九州内の
ジョイフルトレインが2〜4編成を併結・貸切ってし、こぞって有田を目指し走っていました。
12系の客車も然り。
ここんところアップしています嘉瀬川の土手で、 その12系臨客を撮影。ヘッドマークには陶器の
姿が描かれているのが分かるかと思います。それにしてもデカ過ぎです。
ナンバープレートが完璧に隠れています。
そう言えば「有田陶器市号」、近頃陶器の形をしたHM付けていたっけ?
撮影:198○年 長崎本線 久保田−鍋島
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一昨日アップした嘉瀬川土手からの撮影、 以前からここで撮影していましたので、スキャンしたデータ
を物色してみました。 76が牽くコキ・コキフ10000、ちょっとレアものだと思います
因みに撮影したのはこれが最初で最後です。
長崎運送所有の冷蔵コンテナによる鮮魚列車で、レサ・レムフ編成の「とびうお号」廃止後を引き継いだ
もの。コンテナには大きく「長崎運送」の4文字が表記されていました。 フルコンも見事!
牽引機は今なお現役の高速列車牽引用の1015号機(コキ10000は高速貨物用貨車ですね)、
残念ながら今はここで貨物列車を見ることは出来ません。
撮影:198○年 長崎本線 久保田−鍋島
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先日アップした肥前山口のDD51牽引の「みずほ」、その延長線ということで・・・
長崎線が電化された後でも、暫くはDD51が牽引していたことはすでにお話しましたが、電機牽引に変わる
直前はなんと重連牽引となりました。 この重連牽引、どの位の期間走ったかもう全く記憶にありません。
そして撮影したのは、この3カットでした。
肥前七浦−肥前飯田、 飯田駅から歩いて10分位のみかん山から撮影
多良−肥前大浦、 ここからの俯瞰は雑木が生い茂り、今は撮影出来ません
肥前古賀−現川、 橋を俯瞰するみかん山から撮影、見える田んぼも今は少なくなっているようです
(以前にアップ済です)
撮影:1976年〜8年?
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今朝は放射冷却のため、大変寒かったです。その分綺麗な青空が広がり久々の快晴でした。
佐賀に帰省する時はいつも鳥栖行きの普通列車を利用していました。 長崎本線は肥前山口までは
単線ですので途中の駅で下り列車との交換や優等列車に追いこされたりと、それはのんびりゆったり
の約3時間の列車の旅でした。
・・・いつものごとく肥前山口駅で後続のDD51牽引のブルトレ「みずほ」が追い抜いて行きました。
HMを付けるステーがフロント部に見えます。 ここが肥前山口と分かるように駅名の表示板を入れて
撮影しました。
肥前山口駅は長崎線と佐世保線の分岐駅で、「さくら」や「あかつき」のブルトレを始め車両の分割・併結が
行われていましたが、今は全て無くなり過去のものになってしまいました。
撮影:1977〜8年 肥前山口駅にて
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