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今日9月6日は「キュウロクの日」? ・・・・・な〜んて、世の中ありもしませんが・・・。
ネタがありませんので、これで勘弁して下さい。
「キュウロク」そう、9600型蒸気機関車ですね。
後藤寺駅を出発する「プッシュプル・キュウロク」
田川線のハイライト、「キュウロク咆哮」
そして、こんな「キュウロク」の姿もありました。
全国で蒸機が復活していますが、「キュウロク」ないですよね〜。
兄弟機の「ハチロク」を復活させた地元のJRQさん、頑張ってくれないかな〜
(投稿済写真もあります)
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⇒九州
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九州の蒸気機関車です。
8620、9600、C11,C55、C56、C57、C58、C61、D51、D60
8620、9600、C11,C55、C56、C57、C58、C61、D51、D60
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新年早々、腰を痛めましたが徐々に痛みも無くなり回復しています。 ただ立ったり座ったりする
時はまだ注意が必要ですね、どうかすると「ピリッ」と痛みが走ります。
皆さま方にはご心配お掛けしました。 <(_ _)>
さて本題です・・・・・
昨日私のブログ友の「pajero4900」さんが若松区のD6061号機をアップされていました。
私も偶然全く同じアングルで22号機を撮っていましたので、二番煎じではありますがアップ
させてもらいます。
とにかく、D60を見たいおもいで若松まで来ました。
武骨な荒武者といったイメージですね。 このサイドビュー堪らなく好きでした。
なめくじの42号機と仲良く手を繋いで休息中?
巨大な給炭塔、まさに機関区のシンボルですね。
当時は22号機、61号機以外に46号機、69号機の4両のD60が配置されていたと思います。
これを撮影したのが昭和48年8月、後にも先にもD60を見たのはこの1日だけでした。
(一部再掲載もあります)
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吉都線の蒸気機関車、朝の3本から始まり思いがけない重連を撮ることが出来、南九州遠征も終わりと
なりました。
この遠征、4泊5日の計画で日豊線の宮崎駅から始まったものの、その日から3日間「ストとの遭遇」で実質
たった2日間だけでした。 フルに5日撮影出来ていればと思うと何とも(本当に何とも)残念でなりません。
それでも南国のカマ達の最後の走りを撮ることが出来、今では良き思い出となりました。(撮影以外では、
吉松駅で一晩過ごしたものの寒くて一睡も出来なかったこと、食事は駅弁を一日に一食、後は食パンに
マヨネーズをかけて過ごしたこと、西小林駅?で乗車しようとして帽子を待合室に忘れて、出発を待って
もらったこと・・・等々忘れることはありません)
みんなあの時故に出来たことだと、、、それ故に今でも鮮明に憶えています。
帰路に就くため小林駅に向います。 これが遠征最後のカット。
カマはそう今朝最高の煙を見せてくれたD511038号機、(アップ済ですが↓) これも何かの
縁(煙?)だったかもしれません。
小林駅から、今はなき博多行きの急行「えびの」の乗客になり、帰路に就きました。
日豊・吉都線の蒸気機関車、これでお終いです。 長い間、ご覧頂きありがとうございました。
一筆書きます・・・
帰宅数日後、私は夜の博多駅のホームに立っていました。待っている列車は・・・
夜行の急行「さんべ」、山陰の益田を目指していました。 そう、狙うは山陰のD51です。
いずれアップしたいと思います。
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九州もやっと梅雨が明け、あつーい夏に突入。 まだまだ夏モードのスイッチは入りそうにもありません。
炎天下での撮影、考えただけでも頭がクラクラしそう! でも夏らしいカットを狙わなければいけませんね。
さて本題です。 すこし中断した吉都線の蒸機の再開です。 (といってもこれを含めてあと二つですが)
D51+C57の重連を撮り終えた後、次はD51が牽く貨物列車。 メインの重連を撮り終えた直後でもあり、
移動する時間も無かったのか半分流す感じで西小林駅構内で撮ることにしました。
ところがやってきた列車は、
なんと思いもよらぬD51の重連! ダイヤでは単機牽引でしたが、そんなことはどうでもいいことでした。
下り勾配を駆け下ってきましたので絶気ですが、そんなことはどうでもいいことでした。
立て続けの蒸機重連、この日をもって帰路につく我々にプレゼントか、と思いました。
去り行くD51の重連。
吉都線の蒸機撮影、朝の3本から始まりこの思いもよらぬ重連で予定していた撮影は終了です。
隣の小林駅へ向かいました。
撮影:1974年3月 西小林駅
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この週末もはっきりしないお天気です。昨日は雷を伴った豪雨! 短時間ではありますが、猛烈な雨
でした。 今年は北部九州が狙い撃ちにあっています。そういえば明日7月23日は「長崎大水害」から
丁度30年になります。甚大な被害を出しました。 梅雨末期の豪雨、これ以上被害が出ないことを願う
ばかりです。
下の写真、昨日アップした重連を待つ間のワンカット。 正面が私!? 残念ながら違います。 彼は
当時近くに住んでいた親戚の「T・K」君、私と同様に蒸機好きでたまたま吉松駅で会い、いっしょに行動。
私は言うと、そう左側に写っている人物です。弟が撮ったものですね。 ここで重連を撮ったのは
我々を含めて4人だけ、今みたいに騒々しくはなくゆったりと待っていました。
蒸機が来るまでのしばしの至福の時でした。 ただ蒸機を待つだけでしたが、それだけでも十分な
あの頃でした。
吉都線での蒸機撮影、もうすぐ御開きです。
撮影:1974年3月
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