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19世紀の英詩と言えば、ロマン派である。
迫り来る近代工業化時代に反抗するように「自然回帰」へと、その拠り所を求めていった詩人達。
Wordsworth, Coleridge, Byron, Blake, Shelley... 近代社会が成熟するにつれ、人間が機械の部品のように働かなくてはならなくなったこの時代に、自然の中に人間性の回復を探求する詩人が多く出現したことは意義深い。
そういった詩人の中に、Jhon Keats の名も見出すことが出来る。
ロンドンの裕福な貸馬車業の長男として生まれたキーツは、父親の死後、急速に傾いていく家業を横目に詩作に没頭していく。生涯、病弱であった彼は、療養のためにイギリス各地を旅行し、そこで見た地方の風景に感銘を受け、詩人としての思索を深めたらしい。しかし、『エンディミオン』(Endymion)など、一連の長大な作品は、彼の生前に世間的な評価を得ることはなかった。
キーツは、20歳を過ぎた頃より結核を発病したが、医者の勧めもあり、イギリスの冷涼な気候を避け、イタリア・ローマに療養の地を定めた。しかし、友人達の看病も空しく、1821年2月23日、その生涯を彼の地で閉じた。
ローマのスペイン広場は、今日も観光客で溢れかえっている。
映画『ローマの休日』の舞台となった階段には、座り込んでひと時の「ローマ的」雰囲気に身を浸す人、買い物に疲れた足を休める人、ジェラートを食べながら階段を降り、「アン王女」になりきる人と、様々な人達が思い思いの「休日」を楽しんでいる。
そんな賑やかなスペイン広場の右側の建物に、小さな入り口があるので入ってみる。
狭く暗い階段を3階まで上っていくと、そこがキーツの過ごした部屋である。
現在は、キーツをはじめ、ローマにゆかりのあるイギリス文人達の資料を展示している小さな「博物館」として一般に公開されている。階下にある広場の喧騒が嘘のように、ひっそりとした静かな博物館だ。窓からは、スペイン階段の件の風景がよく見える。
一番奥の部屋にはベッドが置かれており「キーツこの部屋で逝去」という文言が書かれていた。
25歳にして、このローマで亡くなったイギリス詩人。
賑やかなスペイン広場の横に、今もその痕跡がひっそりと残されている。
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5回は訪れたであろう場所なのに、その小さな入り口のことをまったく知りません。次回機会があれば彼のことを調べてから行きたいと思います。ありがとうございました。
2006/6/28(水) 午前 7:14 [ pom*elm*2*06 ]
Wordsworthって、懐かしいです。私は、今も、山の向こうに幸いがあると、思っています。キーツは、英書購読で悩まされました。ローマで亡くなっていたんですか。また読んでみようかな。
2006/6/28(水) 午後 5:31
詩人と肺結核って、、、なんだか、ああそうねって、納得しちゃうんです。儚い自分の生を予感し、言葉を生み出していく。最後まで文字に自分の情熱を注ぎ込んで。。。アン王女になった我が母にはジェラードは与えませんでした^^;今はあそこで食べちゃいけないんでしょ?
2006/6/28(水) 午後 8:38
スペイン広場が建造された由来を知らないのですが、19世紀の頃からこのスペイン広場は今のように賑わっていたのでしょうか。詩人のキーツは今のこの賑わいをどんな気持ちで見ているでしょうね。
2006/6/28(水) 午後 9:36
>pompelさん・・・忘れ去られたような、小さな博物館です。英詩に興味のある方は、非常に感慨深いと思います。
2006/6/28(水) 午後 10:14
>あだ〜じおさん・・・やはり、芸術家にとって、特にイギリスの文人にとってイタリアは憧れの地だったようです。Wordsworth で思い出しましたが、湖水地方に行ったことがありません。良い所だと聞きます。
2006/6/28(水) 午後 10:17
>桜子さん・・・ある意味、詩作は命を削るようなものですね。言葉の持つ力を確認する意味で、時々英詩を読みます。桜子さんに、素敵な詩を。お母様にジェラートを。
2006/6/28(水) 午後 10:22
>マリさん・・・当時はどのような界隈だったのでしょう。ローマは変わらない街ですから、今と同じように観光地だったのかも。昔の人と同じ街並みを見ることが出来るのも、ローマの魅力ですね。
2006/6/28(水) 午後 10:24
◆キーツ、資料片手にわけもわからず訳の宿題こなしたことあります・・でもこのお話を先に伺ってから、英文学の講義受けてたら、もっと、キーツの詩の奥深さに触れられたのに・・!と、自分の勉強不足を棚に上げておりマス。。とてもいいお話ありがとうございました。
2006/8/26(土) 午前 0:47 [ - ]
ローマとキーツは意外な組み合わせですが、キーツ自身はイタリアに渡ることが念願だったようです。英国詩人は、イタリアに一種の憧憬を抱いていたようで、多くが渡伊し、その痕跡を作品に残しています。それにしても、「詩」は難しいですね。
2006/8/26(土) 午前 10:35
naokiさん、お訪ね有難うございました。タイトル通り学問的な香りがして心地よいブログですね。浅学非才な僕ですが、またお訪ねして勉強させていただいます。
2006/10/28(土) 午後 2:49
ありがとうございます。好きなことを書いていますので、お気軽にお楽しみ頂ければ幸いです。宜しくお願い致します。
2006/10/28(土) 午後 9:36
わたしもキーツやバイロン、シェリーのエピソードが大好きでした
キーツは若くで亡くなって。。。La belle dame sans merciなどの
ムードが好きです
大人になってもなんだか余韻が消えません
本の挿絵とかが印象的で
キーツの手紙とか、パイロンの伝記とか、アーサー王物語のごとく
ファンタジックストーリーとして読んでました
2010/2/3(水) 午後 11:56 [ Loulou ]
英国ロマン派の詩壇にも、階層性があり一概には言えませんが、キーツの詩作と、その生涯は印象に残ります。余りにも賑やかなスペイン広場の「横」で、静かに忍ぶのもまた一興です。
2010/2/4(木) 午後 7:27