イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

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 如何にも冬のそれらしい鉛色の空を頭上にした 「 現在 」 の広場は、観光客が時折上げる嬌声を穏やかに包みます。
 
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 冷たい空気を吸いながら佇む目の前の広場をぼんやりと眺め、ふとこの広場の 「 過去 」 を頭に浮かべてみました。
 
 旧市街と言われる古い街並みの中に造られた広場、特に ( Mayor と名が付けられるような ) 大きな広場は、様々な目的で使われてきました。中でも、抑圧的な生活を強いられる市民に、ささやかな 「 娯楽 」 を提供して 「 ガス抜き 」 を図る為政者達は、この広場を有効に活用したに違いありません。ローマのコロッセオから、隅田川の花火大会に至るまで、市民に適度な娯楽を提供して不満を散らすという、時代 ・ 場所を問わず普遍的な為政者の発想は、マヨール広場という 「 バルコニー席 」 付きの特別アリーナでも存分に発揮されたことでしょう。事実、目の前にあるマヨール広場では、17世紀以降、頻繁に闘牛や演劇などのレクリエーションが催され、周囲を囲む 「 バルコニー席 」 や仮設の観客席から、大勢の市民達の歓声が上がっていた ・・・ という類の話は、安価なガイドブックにさえ記されています。
 
 「 娯楽 」 の中には、時として些か残酷な 「 イベント 」 も含まれます。
 その最たるものは、「 処刑 」 です。衆人環視の下、宗教裁判等を開き、罪人を処刑するという茶番劇は、中世に限らず、それ以降の時代においても鬱屈した不満を抱える市民たちにとって、最高の娯楽でした。ベネチアにある、あのサン ・ マルコ広場でさえ、誰もが知る有名な 2 本のオベリスクの間にロープを張り、頻繁に罪人を吊るしていました。文字を読むことさえ出来ない文化的盲目の市民達は、火刑、絞首、引き裂き等、あらゆる処刑に熱狂し、同時に為政者の発する巨大な権威に身震いをした ・・・ マヨール広場に限らず、現在著名な観光地となっているよう欧州の大きな広場は、多かれ少なかれ、そのようないわく付きの 「 過去 」 を持っています。
 
 
 
 「 現在 」 の穏やかなマヨール広場を眺めながら、ふとそのような事が頭をよぎりました。
 広場の真中に立つ フェリペ 3 世の雄々しい騎馬像は、記念写真を撮る格好の場所です。同じ場所で つい 200 年ほど前まで、多くの人が命を落としていたとは信じられません。
 
 大都会である 「 現在 」 のマドリッドに響く喧騒は、「 過去 」 のそれとは異質ですが、古い街にはそれぞれの 「 歴史 」 があるものです。「 現在 」 と 「 過去 」 を重ねてみると、時としてその街が重ねてきた来歴が浮き彫りになります。「 大広場 」 は、街の歴史が最も色濃く残る場所の 1 つです。
 
 スペインへの旅は、マドリッドのマヨール広場から始まりました。
 
 
 
旅のメモ :
上掲は、前記事で私が思い出した Francisco Rizi による17世紀のマヨール広場です。恐らく宗教裁判とそれを見物する 「 観衆 」 を描いたものと思われます。各バルコニーに鈴なりになった人の様子が良く分かります。被告人らしき人物が立たされている広場中央には、記事にある通り、現在フェリペ 3 世の騎馬像があります。よもやと思いましたが、後日訪れたプラド美術館にこの絵があり大変驚きました。
 
 冬のマドリッドは、存外寒さが沁みます。
 
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 ホテルから一歩外に出ると、冬の欧州らしい独特の寒気が足元の石畳から這い上がってきます。
 
 当初、目的地であるアンダルシアへの 「 中継地 」 と割り切り、左程興味を引かなかったマドリッドも、いざその石畳を踏み締めると、思いもよらず胸が高鳴るものです。2 日後には、南へ向かう列車に乗り、マドリッドを発たなくてはならない私は、真っ先に訪れてみたいと思う場所がありました。それは、ソルや王宮、市庁舎などの有名な観光地ではなく、プラドやティッセン・ボルミネッサといった美術館界に覇を唱えるような殿堂でもありません。私が到着翌日の朝、ホテルを出て真っ先に向かったのは、旧市街にぽつねんと場所を広げる 「 マヨール広場 」 です。
 
 スペイン語の Mayor は、イタリア語の Maggiore すなわち greater や bigger に相当しますから、「 マヨール広場 」 とは、さしずめ 「 大広場 」 という訳語が与えられることになるでしょうか。ご案内の通り、スペインには各都市に Mayor と名前が付いた広場や教会があります。それらは、いずれもその都市で最も大きくかつ重要な意味を持つ広場や教会ということになります。( イタリアでも各都市に Maggiore と冠される広場や教会がありますが、全く同じです。)
 
 私は、イタリアを旅行する際、初めて訪れる街の地図中に Maggiore の文字が付された場所を見付けると、真っ先に訪れることにしています。イタリアに限らず、欧州の古都、中でも旧市街と呼ばれる区画は、都市形成が中世あるいはそれ以前に完了しているものが多い筈です。其処には、延焼防止や集会場所の確保など、様々な理由で必ず 「 大広場 」 の類が設けられます。「 大広場 」 は、都市の内外から様々な人が訪れ、行き交ってきた場所です。現代の生活様式がどのように変わろうとも、その都市の歴史を見詰めてきた痕跡が、必ず何処かに残っているものです。初めて訪れる街の来歴を少なからず知りたいと思う時、必ず 「 大広場 」 を訪れます。それは、Mayor とスペイン語になったとしても、私にとっては同じことです。
 
 
 
 レセプションで貰った地図を広げると、幸いにもマヨール広場はホテルから歩いて 10 分ほどの距離にあります。足元から忍び寄る寒さを供にして早速、歩を進めました。
 
 大きな通りから続く、暗いアーケード状の通路を抜けると、突然広場が眼前に広がります。
 マヨール広場は、四方を四層に重なった建築物に囲まれています。従って、通路を通り抜けて広場に入って初めて、一辺 200 メートル見当の空間が広がっていることに気が付きます。周りを囲む建物は、バルコニーが付いたマンション風の居住施設になっています。ここに住む人は、旧市街の狭苦しい風情から目を逸らすためにバルコニーに出て、広がる空間を見下ろし楽しむことが出来ます。建物が建てられ、現在ある広場の景観がマドリッドに浮かんだのは、17 世紀と言いますから比較的 「 新しい 」 とはいえ、街の喧騒から遮断された広場の空間は、独特の美観を保ちます。
 
 
 
 寒さを避け、広場の一隅にあるカフェに入り、暖を取ります。
 窓のガラス越しに、広場のあちこちで感嘆を漏らす観光客の群れをぼんやり眺めていると、ふと1 枚の絵が頭に浮かびました。以前何かの画集で見たことのある絵が、段々頭の中で明瞭になってきました。はっきりと思い出したその絵の輪郭を頭に浮かべながら、改めて目の前の広場を見詰めると、この美しい広場で起こってきたであろう様々な悲喜劇が重なってくるような気がします。
 
 そう、やはり 「 大広場 」 は、その街の 「 歴史 」 だと思うのです ・・・。( 次回の記事へ )
 
 
 
 
 
旅のメモ:
今回の目的地であるアンダルシアの古都グラナダまでは、マドリッドから列車で5時間弱。出国同日のグラナダ入りは、とても叶いませんので、マドリッドを 「 旅の起点 」 としました。もっとも、残念なことに日本からスペインまでの直行便はありませんので、どのみち欧州のいずれかの都市から乗継便でマドリッドかバルセロナに入るしかありません。今回は、チューリッヒから乗り継ぎました。

スペインへ

 
 スペインから帰国しました。
 
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 2 月初旬、諸々の雑事に手を入れつつ機中の人となり、西都マドリッドを経て地中海を背にするアンダルシアへ入りました。
 
 「 入る 」 というのは、正に言葉の妙で、マドリッドを発った列車が荒涼たる低地を進むにつれ、いよいよ欧州の外れ、否、これまで見知った欧州とは異なる 「 別世界 」 に辿りつく感を強くします。伝え聞いていたとは言え、スペイン南部の風情は、車窓の景色を切り取るだけでも 「 もう一つの 」 の欧州を容赦なく心に刻み込みます ・・・。
 
 「 雑事 」 の続きを片付けつつ、少しずつスペインの事を記してみたいと思います。
 イタリアとは異なる 「 もう一つの 」 欧州もまた忘れ難い魅力を持ちます。

ubriachezza

 
 
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  The quality of mercy is not strained.
 
  It droppeth as the gentle rain from heaven
 
  Upon the place beneath.
 
 
 ・・・ The Merchant of Venice

悪夢

 
 
 ひと月かふた月に 1 度、悪い夢を見ます。
 
 
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 その夢は、毎回同じような進行を、明け方近く、浅い眠りの中を辿ります。
 
 講義の時刻になり、自分の研究室を出て、教室に向かいます。
 教室まで向かう廊下を歩くうちに、配布するハンドアウトを忘れたことに気が付き、研究室に引き返します。ハンドアウトを持ち、再び教室に向かう途中で、今度は教務記録を忘れたことに気が付きます。ハンドアウト、教務記録を持ち、再々度研究室を出ると、また違う何かを忘れて ・・・ 一向に教室に向かうことが出来ません。そうこうしているうちに、これから向かう教室番号を失念していることに気が付きます。教務に確かめようとしても、その教務の場所が分からない。最後は、見覚えのない廊下を右往左往している自分を真上から見てゾッとして、唐突に目が覚めます。
 
 誰かに ( 何かに ) 追掛けられる、あるいは殺されそうになる等といった、いわゆる酷い 「 悪夢 」 というわけではありませんが、定期的に 「 教室まで辿り着くことが出来ない 」 という夢は、私にとってささやかな 「 悪夢 」 かも知れません。周囲の知人に聞くと、私の 「 悪夢 」 は軽微な方で、世の中にはもっと 「 恐ろしい 」 思いをして、夜毎うなされる人もいるそうですから、胸を撫で下ろす ? こと頻りです。
 
 
 
 碩学 J. L. Borges は、母国語であるスペイン語の悪夢、すなわち pesadilla という語に正確な定義を与えようという、些かオカルト的な試みを行っています。心理学にも精通する鬼才 Borges が悪夢に興味を持つのは、ある意味自然なことかも知れませんが、言葉の定義に、その収斂を試みようというのは、如何にも文学者 Borges らしいと思います。
 
 incubus というラテン語がありますが、これは眠っている人間に圧迫を加えて悪い夢を見させる悪魔を指します。ドイツ語には Alp という言葉があります。これはいたずらな小妖精 ( エルフ ) が転化したものと思われますが、悪夢を引き起こす悪魔という点では同じ発想です。
 
 こうなると、いきおい悪夢の英語名である nightmare も想起されますが、これは文学的な解釈の1 つとして 「 夜の雌馬 」 が成立します。Shakespeare のソネットに I met the night mare. 「 私は夜の雌馬に出くわした 」 という一節があり、また別の詩でも意図的に the nightmare and her
nine foals 「 悪夢と彼女の九頭の仔馬 」 と謡われています。
 
 nightmare をドイツ語の Märchen に関係付けることも出来そうです。
 メルヘンは、寓話、お伽話、作り話を意味しますから、nightmare は、「 夜のお伽話 」 とでもなるでしょうか。( フランス語の cauchemar は、明らかに nightmare に対応します。)
 
 しかし、語源的には、nightmare は、どうやら niht mare もしくは niht maere 「 夜の悪魔 」 を意味するサクソン語に由来するようです。Webster 辞典第 2 版には、nightmare を 「 悪夢を悪魔が引き起こすと考える北欧神話 ( サクソン神話 ) に対応する 」 と記述されていますが、これはどうやら先のラテン語 incubus と同根のようです。
 
 
 
 「 悪夢 」 は、古来より、人の心に住み着いた小さな悪魔が、時折いたずらをして見るものであるようです。そう考えると、私の 「 廊下悪夢 」 も、やはり可愛い部類に入るのかも知れません。自分の心に住み着いた小さな悪魔を上手くなだめ、「 廊下 」 以上の悪夢を見ないようにしたいものです。
 
 今夜は、悪魔がいたずらをせず、良い夢が見れますように。
 
 
 
追記 :
Borges は一義的には詩人であると思いますが、詩人は夢、特に 「 悪夢 」 という現象に触発されるようです。W. Blake は、やや極端な例ですが、「 悪夢 」 という体験が、一種創作の動機として大きな意味を持つことは否定出来ないのでしょう。

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