イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

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小さな教会

 
 
 田舎の小さな教会もまた、良い姿をしていると思う事があります。
 
 
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 例えば、Toscana の小村。
 
 気まぐれに降りたバスが走り去り、小鳥の囁きだけが残る、静かな石造りの家並。
 こういう如何にも 「 田舎 」 然とした村を、そぞろ歩くと必ず、小さいながらも印象的な教会の立ち姿が目に留まる筈です。
 
 
 大きな街には、それに比すようにしてそびえる圧倒されるような大伽藍がありますが、小さな村にも、その景観に相応しい、愛らしくもある古刹が、ひっそりと佇んでいるものです。
 
 Firenze で頭上高く見上げる Brunelleschi の大作に心震わせ、その装飾の麗に刮目するのは無論ですが、その来歴さえ知り得ぬ 「 小さな村の小さな 」 教会に興を覚えるのもまた旅の常です。
 
 大勢の人が取り囲み、目に焼き付ける大伽藍の姿とは異なり、田舎の小さな教会は振り向く人の視線を受け止める事も無く、黙して静かな家並と共に立ち続けます。その光景に、懐かしさに似た感情を持つのは、遙か日本の山中で、ふと出会う名も無い名刹に深く感じ入る時と同じ心の振幅なのかも知れません。
 
 
 夕刻、屋根の上に付いた小さな鐘が静かに響く時、Toscana の小村にどのような夕景が迫るのか ・・・ そのような事を考えて、名も無い教会を見詰めます。

 
 
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  Winter Landscape with Church, 1811,  C. D. Friedrich
 
 
 
 週末は、雪が積もるようです。
 
誰の足元にも、それぞれの雪が積もります。
 
美しく積もりますように。
 
 
 
 
 
Some keep the Sabbath in Surplice
 
I just wear my Wings
 
And instead of tolling the Bell, for Church,
 
Our Little Sexton --- sings.

食材至上主義 ( 改 )

 
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 イタリアとて、志の高い料理人であれば 「 食材 」 の妙を生かした調理に励む筈です。


 折々の 「 旬 」 における高級素材を時節に関係なく揃え・・・
 などという無いものねだりはともかくとして、少なくとも 「 賞味 」 の頃合が過ぎた 「 食材 」 に、やたら味付けの濃いソースを添えて誤魔化したり、素材味の原形がなくなるまで火を通すというような 「 仕事 」 振りでは、全く頂けません。その手の料理を出す店に限って、「 何とか濃厚ソース 」 あるいは 「 トスカーナ猟師風炙り焼き 」 等と、もっともらしい注釈を付けて客に供するのが常ですから、「 食材 」 という principle を、自らの内に常備しない限り、相応の 「 一皿 」 に巡り会うのは至難の技となるでしょう。


 海辺に行けば 「 海の幸 」 があり、丘陵地帯に旅の歩を進めれば、必ず其処に 「 山の幸 」 があるものです。
 
 そして、その 「 幸 」 の持つ 「 風味 」 と 「 頃合 」 を十二分に心得た料理人が、イタリアで多数を占めるからこそ、同じような食のメンタリティーを持つ日本人が、これ程までに彼の地の料理に対して共感を得るものと思います。魚であれ、肉であれ、はたまた野菜や果物に至るまで、新鮮な素材の 「 味 」 を生かした調理に、我が技の集約を試みる料理人に出会った時の喜びは、何物にも換え難いものです。


 

 その店の 「 素材勝負 」 という心意気を推察する、一番の要素は 「 前菜 」 ( antipasti ) にありましょう。


 「 前菜 」 は、それこそ 「 食材 」 に余り手を掛けない 「 定番 」 が多い筈ですから、そこで 「 素材感 」 のある一皿が出てくれば、料理人の見識、あるいは後に控えて続く料理の水準も推して知るべしです。従って、「 前菜 」 を頼む際には、「 奇をてらった 」 ものではなく、丸ごと 「 食材 」 の味を楽しむ事が出来る 「 定番 」 を選びたいものです。


 メニューにその姿を見つけると、必ず頼むのが Caprese です。


 トマトとモッツァレラチーズ、バジルのサラダである Caprese は、シンプルでありながら、「 食材 」 の出来不出来が、その完成度を左右する、いわば 「 誤魔化し 」 のきかない定番メニューです。トマトの持つみずみずしい甘みと清涼感、新鮮なモッツァレラ独特の歯応え、アクセントになるバジルの風味、何れかが欠けたとしても Caprese は Caprese として成立しません。一個の独立した素材として、生食に耐えられるフレッシュなトマトはもちろん、モッツァレラ本来の 「 水牛乳製 」 を手に入れるのは、なかなか困難ですから、美味しい Caprese に巡り会えただけで、「 食材 」 の仕入れに神経を集中する料理人の 「 指針 」 を窺い知る事が出来ます。


 ローマ、ナポリ、サレルノ、そして神楽坂に、素晴らしい Caprese を出す店を知っています。
 やはり Caprese は、その店の 「 食材 」 に対する 「 尺度 」 に成り得るらしく、これらの店では、どの料理を頼んでも 「 食材 」 の味がしっかりと生きていて、「 美味しい 」 という言葉を発するのに躊躇が湧きません。
 
 
 イタリアでも日本でも、美味しい Caprese と、それを吟味して供す料理人との出会いに、いつも胸をときめかせます。
 
 「 素敵な 」 食事相手が目線の先に座っていれば、何も言う事はありません ・・・。

聖地の冬

 
 
 足早に訪れる Assisi の夕刻。
 
 
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 音も無く流れ出す冷たい風が頬に当たり始める頃、古街の風情も極まります。
 先刻まで溢れた嬌声の観光客は、それぞれ暖かな車中の人となり、煌びやかな大都市の懐へと向かい始めます。取り残された Umbria の平原にぽつりと浮かぶ小さな街並みは、冬只中の冷たい静寂の中、再び黙して佇む時刻を迎えます。真冬の夜の侘しい小村に、宿を定めて逗留するのは、一種胸を詰まらすような旅情に自ら身を委ねる事を意味します。
 
 
 
 Francesco が開いた街の帰すべき姿は、やはり 「 静寂 」 となる筈です。
 小山の中腹に据えられた Assisi の落ち着いた立ち姿は、「 下界 」 から離れ、永遠の瞑想に沈もうとする聖人が選ぶに相応しい風情を帯びます。真冬の夕刻、屈んだ身を伸ばすように冷気が聖地に降りて来る頃、かつて同じように聖人が吸い込んだ清廉な空気が辺りに充満します。
 
 
 
 街路を照らす独特の形をしたランタンに頼りない灯りが 1 つ 2 つと点もります。
 それを潮に、人通りは拭い去るように消え、Assisi に、ただただ静かな時間が流れ始める ・・・ 侘しげな風情の中に、「 聖人の開いた街 」 という思いを重ねると、冷たい空気が張り詰め、聖地が持つ凛とした別の姿が浮かび上がるようです。夕刻の静かな街に佇み、抑え切れない侘しい旅情が胸に迫る ・・・ それは、この街にまた 1 つ、言い知れぬ魅力を重ねる事になるのかも知れません。
 
 
 Francesco の名を冠した聖堂の鐘楼が、短く低い音を響かせます。
 その音が、澄んだ空気に乗って小さな街を包み込む ・・・
 
 Assisi の冬。
 
 聖地の静寂。
 

異国の人へ

 
 
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  However well any article may be written, and however well any speech may be
 
reported, there is a charm in the spoken word, in the utterance of the living man,
 
which no beauty of style can imitate, and no arrangement of words can equal.
 
 
 
 ・・・ to M. I. in Germany

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