イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

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野獣が描く聖母子

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 芸術家を庇護し、また彼らに寛容であったコジモ・デ・メディチもフィリッポ・リッピにだけは悩まされたらしい。

 リッピ(1406-1469)は、フィレンツェの下町で生まれたが、まもなく孤児となりサンタ・マリア・デル・カルミネ教会付属の修道院に入れられた。修道院で育った彼は、やがて敬虔な修道僧に成長・・・しなかった。若い頃から性格は野卑そのもので、特にヴァザーリの伝記曰く「極めて情熱的で、気に入った女を見ると、あらゆるものを投げ出して得ようとする。」程であった。修道僧としての修行に何一つ興味を示さなかったリッピが唯一のめり込んだのが絵である。カルミネ教会内のブランカッチ礼拝堂には、名高いマサッチョのフレスコ画がある(『楽園追放』『貢の銭』等)。彼は毎日のように礼拝堂にこもり、瞬く間にマサッチョの技法を会得したという。そして再びヴァザーリ曰く、気に入った女を手に入れられない時は「彼女の肖像を描くことによって、その燃えるような情熱を鎮めた。」のである。

 そのような気質や行動とは反対に、リッピの描く絵は広く評判を呼び、注文が殺到した。中でもメディチ家の当主であったコジモはリッピを寵愛した。しかし、作品を注文しても、その途中でリッピが放蕩に飛び出し、何時までも帰って来ないのには悩まされた。コジモはある時、思い余ってリッピを自らの館に閉じ込め、作品が完成するまで外出を禁じた。2日ほどは大人しくしていたようであるが、「獣のような恋の欲望に抗い難く」3日目の夜、ベッドの敷布を引き裂いて縄梯子を作り、窓から抜け出してしまった。数日後に彼が捕まった際に、コジモは彼を責める代わりに、そのような危険な脱出をさせた自らを責め、その後一切の自由を与えた。「このような天才に恵まれた人物は天からの贈り物。ロバのように縛り付けておくわけにはいかない。」とコジモは語っている。

 リッピはサンタ・マルガリータ修道院の尼僧達のために祭壇画を描いていた時、尼僧達の間にルクレチア・ブーティという修道女を見つけた。彼女の美しさに一目で参ったリッピは、彼女の肖像画を描く許可を得るや否や、彼女をそそのかして駆け落ちしてしまった。修道僧と修道女にあるまじき行動に、さすがに世間の非難は集まったが、コジモのはからいにより、還俗して夫婦となることが出来た。以後、リッピの描くマリアの肖像はルクレチアがモデルになったと言われている。

 また、二人の間には男児が1人生まれた。フィリピーノと名づけられたその男児こそ、ボッティチェッリの工房で修行し、幾多の名作を残した画家フィリピーノ・リッピその人である。後年、フィリピーノは、父親が若き日に絵画技法を学んだブランカッチ礼拝堂の修復を任されている。

 フィレンツェのウフィッツィ美術館にフィリッポ・リッピの代表作である『聖母子と二天使』がある。そのモデルはルクレチアとフィリピーノなのであろう。しかし、野獣のような男にこれ程美しいマリア像が描けるとは。

 あのコジモが寵愛しただけの画家である。

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