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ローマに、今年も年の瀬が迫ります。
ローマをゆく年、そして、ローマに来る年。
時間の流れが特異な街では、「 年の瀬 」 という時として慌しい響きを持つ言葉は、不釣合いかも知れません。「 今年も ・・・ 」 という文言に、少し違和感を感じる程、ローマは当たり前の様に、また 1 つ、年を重ねます。クリスマスが過ぎ、新しい年が明けようかという、一連の 「 年中行事 」 も、この街が持つ膨大な時間の蓄積の前では、刹那な出来事で、そこに 「 特別 」 な思いを重ねるのは、むしろ人の心の振幅が大きいと言えるでしょう。
低く垂れ込めた雲の隙間から、時折、細い光の筋が、年の瀬のローマに差し込みます。
如何にも季節らしい、薄い光の中、街を行き来する人の姿を消し去ってみます。Colosseo、Foro Romano、S.M.
Maggiore、Pantheon、Circo Massimo、そして、Tevere の穏やかな流れ、所々欠けた石畳の列。この街に、「 永遠 」 という冠を被せる、こうした 1 つ 1 つの遺構は、人が作り出す、忙しない年の瀬の空気に決して馴染むことなく、超然として長い沈黙を保ちます。想像も出来ないくらい、幾重にも渡る星霜を、その表面に刻み付けてきた遺構の群れは、平然と、新たな歳月の断片を受け入れるようです。ローマから人の気配を消し去るならば、「 今年の年の瀬 」 もまた、「 永遠 」 の静かな波に飲み込まれて行くのでしょう。
石畳を蹴る人の靴音に、ふと我に返ります。
「 永遠 」 の街は、現代の大都市でもあります。多くの人が住み、また行き過ぎるローマでは、それと同じ数だけの、「 年の瀬 」 があるのでしょう。1 人 1 人にとって特別な 「 年の瀬 」 は、「 永遠 」 とは異なる時間の流れを作り、或いは、現代の街であるローマの言い知れぬ空気を作ります。その空気は、喜び、悲しみ、そして時には、その両方が混ざり合ったものでもあります。そうした人の思いが作り出す、大都市特有の melancholic な雰囲気も決して悪くはありません。人が作り出す、現代の都市としての慌しい時間と、人の背後で静かに流れる時間。
「 年の瀬 」 のローマでは、2 つの時間の対照が色濃く浮き出ます。
ローマに、「 また 1 つ 」 と、自分の時間を委ねてみます。
この街の 「 年の瀬 」 は、「 永遠 」 の時間に、人の思いを 1 つずつ重ねる時節です。
良い年をお迎え下さい。
naoki
ローマにて。
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