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田舎の小さな教会もまた、良い姿をしていると思う事があります。
例えば、Toscana の小村。
気まぐれに降りたバスが走り去り、小鳥の囁きだけが残る、静かな石造りの家並。
こういう如何にも 「 田舎 」 然とした村を、そぞろ歩くと必ず、小さいながらも印象的な教会の立ち姿が目に留まる筈です。
大きな街には、それに比すようにしてそびえる圧倒されるような大伽藍がありますが、小さな村にも、その景観に相応しい、愛らしくもある古刹が、ひっそりと佇んでいるものです。
Firenze で頭上高く見上げる Brunelleschi の大作に心震わせ、その装飾の麗に刮目するのは無論ですが、その来歴さえ知り得ぬ 「 小さな村の小さな 」 教会に興を覚えるのもまた旅の常です。
大勢の人が取り囲み、目に焼き付ける大伽藍の姿とは異なり、田舎の小さな教会は振り向く人の視線を受け止める事も無く、黙して静かな家並と共に立ち続けます。その光景に、懐かしさに似た感情を持つのは、遙か日本の山中で、ふと出会う名も無い名刹に深く感じ入る時と同じ心の振幅なのかも知れません。
夕刻、屋根の上に付いた小さな鐘が静かに響く時、Toscana の小村にどのような夕景が迫るのか ・・・ そのような事を考えて、名も無い教会を見詰めます。
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2011年02月11日
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