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ひと月かふた月に 1 度、悪い夢を見ます。
その夢は、毎回同じような進行を、明け方近く、浅い眠りの中を辿ります。
講義の時刻になり、自分の研究室を出て、教室に向かいます。
教室まで向かう廊下を歩くうちに、配布するハンドアウトを忘れたことに気が付き、研究室に引き返します。ハンドアウトを持ち、再び教室に向かう途中で、今度は教務記録を忘れたことに気が付きます。ハンドアウト、教務記録を持ち、再々度研究室を出ると、また違う何かを忘れて ・・・ 一向に教室に向かうことが出来ません。そうこうしているうちに、これから向かう教室番号を失念していることに気が付きます。教務に確かめようとしても、その教務の場所が分からない。最後は、見覚えのない廊下を右往左往している自分を真上から見てゾッとして、唐突に目が覚めます。
誰かに ( 何かに ) 追掛けられる、あるいは殺されそうになる等といった、いわゆる酷い 「 悪夢 」 というわけではありませんが、定期的に 「 教室まで辿り着くことが出来ない 」 という夢は、私にとってささやかな 「 悪夢 」 かも知れません。周囲の知人に聞くと、私の 「 悪夢 」 は軽微な方で、世の中にはもっと 「 恐ろしい 」 思いをして、夜毎うなされる人もいるそうですから、胸を撫で下ろす ? こと頻りです。
碩学 J. L. Borges は、母国語であるスペイン語の悪夢、すなわち pesadilla という語に正確な定義を与えようという、些かオカルト的な試みを行っています。心理学にも精通する鬼才 Borges が悪夢に興味を持つのは、ある意味自然なことかも知れませんが、言葉の定義に、その収斂を試みようというのは、如何にも文学者 Borges らしいと思います。
incubus というラテン語がありますが、これは眠っている人間に圧迫を加えて悪い夢を見させる悪魔を指します。ドイツ語には Alp という言葉があります。これはいたずらな小妖精 ( エルフ ) が転化したものと思われますが、悪夢を引き起こす悪魔という点では同じ発想です。
こうなると、いきおい悪夢の英語名である nightmare も想起されますが、これは文学的な解釈の1 つとして 「 夜の雌馬 」 が成立します。Shakespeare のソネットに I met the night mare. 「 私は夜の雌馬に出くわした 」 という一節があり、また別の詩でも意図的に the nightmare and her
nine foals 「 悪夢と彼女の九頭の仔馬 」 と謡われています。
nightmare をドイツ語の Märchen に関係付けることも出来そうです。
メルヘンは、寓話、お伽話、作り話を意味しますから、nightmare は、「 夜のお伽話 」 とでもなるでしょうか。( フランス語の cauchemar は、明らかに nightmare に対応します。)
しかし、語源的には、nightmare は、どうやら niht mare もしくは niht maere 「 夜の悪魔 」 を意味するサクソン語に由来するようです。Webster 辞典第 2 版には、nightmare を 「 悪夢を悪魔が引き起こすと考える北欧神話 ( サクソン神話 ) に対応する 」 と記述されていますが、これはどうやら先のラテン語 incubus と同根のようです。
「 悪夢 」 は、古来より、人の心に住み着いた小さな悪魔が、時折いたずらをして見るものであるようです。そう考えると、私の 「 廊下悪夢 」 も、やはり可愛い部類に入るのかも知れません。自分の心に住み着いた小さな悪魔を上手くなだめ、「 廊下 」 以上の悪夢を見ないようにしたいものです。
今夜は、悪魔がいたずらをせず、良い夢が見れますように。
追記 :
Borges は一義的には詩人であると思いますが、詩人は夢、特に 「 悪夢 」 という現象に触発されるようです。W. Blake は、やや極端な例ですが、「 悪夢 」 という体験が、一種創作の動機として大きな意味を持つことは否定出来ないのでしょう。
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2011年08月24日
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