イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

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2011年08月

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悪夢

 
 
 ひと月かふた月に 1 度、悪い夢を見ます。
 
 
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 その夢は、毎回同じような進行を、明け方近く、浅い眠りの中を辿ります。
 
 講義の時刻になり、自分の研究室を出て、教室に向かいます。
 教室まで向かう廊下を歩くうちに、配布するハンドアウトを忘れたことに気が付き、研究室に引き返します。ハンドアウトを持ち、再び教室に向かう途中で、今度は教務記録を忘れたことに気が付きます。ハンドアウト、教務記録を持ち、再々度研究室を出ると、また違う何かを忘れて ・・・ 一向に教室に向かうことが出来ません。そうこうしているうちに、これから向かう教室番号を失念していることに気が付きます。教務に確かめようとしても、その教務の場所が分からない。最後は、見覚えのない廊下を右往左往している自分を真上から見てゾッとして、唐突に目が覚めます。
 
 誰かに ( 何かに ) 追掛けられる、あるいは殺されそうになる等といった、いわゆる酷い 「 悪夢 」 というわけではありませんが、定期的に 「 教室まで辿り着くことが出来ない 」 という夢は、私にとってささやかな 「 悪夢 」 かも知れません。周囲の知人に聞くと、私の 「 悪夢 」 は軽微な方で、世の中にはもっと 「 恐ろしい 」 思いをして、夜毎うなされる人もいるそうですから、胸を撫で下ろす ? こと頻りです。
 
 
 
 碩学 J. L. Borges は、母国語であるスペイン語の悪夢、すなわち pesadilla という語に正確な定義を与えようという、些かオカルト的な試みを行っています。心理学にも精通する鬼才 Borges が悪夢に興味を持つのは、ある意味自然なことかも知れませんが、言葉の定義に、その収斂を試みようというのは、如何にも文学者 Borges らしいと思います。
 
 incubus というラテン語がありますが、これは眠っている人間に圧迫を加えて悪い夢を見させる悪魔を指します。ドイツ語には Alp という言葉があります。これはいたずらな小妖精 ( エルフ ) が転化したものと思われますが、悪夢を引き起こす悪魔という点では同じ発想です。
 
 こうなると、いきおい悪夢の英語名である nightmare も想起されますが、これは文学的な解釈の1 つとして 「 夜の雌馬 」 が成立します。Shakespeare のソネットに I met the night mare. 「 私は夜の雌馬に出くわした 」 という一節があり、また別の詩でも意図的に the nightmare and her
nine foals 「 悪夢と彼女の九頭の仔馬 」 と謡われています。
 
 nightmare をドイツ語の Märchen に関係付けることも出来そうです。
 メルヘンは、寓話、お伽話、作り話を意味しますから、nightmare は、「 夜のお伽話 」 とでもなるでしょうか。( フランス語の cauchemar は、明らかに nightmare に対応します。)
 
 しかし、語源的には、nightmare は、どうやら niht mare もしくは niht maere 「 夜の悪魔 」 を意味するサクソン語に由来するようです。Webster 辞典第 2 版には、nightmare を 「 悪夢を悪魔が引き起こすと考える北欧神話 ( サクソン神話 ) に対応する 」 と記述されていますが、これはどうやら先のラテン語 incubus と同根のようです。
 
 
 
 「 悪夢 」 は、古来より、人の心に住み着いた小さな悪魔が、時折いたずらをして見るものであるようです。そう考えると、私の 「 廊下悪夢 」 も、やはり可愛い部類に入るのかも知れません。自分の心に住み着いた小さな悪魔を上手くなだめ、「 廊下 」 以上の悪夢を見ないようにしたいものです。
 
 今夜は、悪魔がいたずらをせず、良い夢が見れますように。
 
 
 
追記 :
Borges は一義的には詩人であると思いますが、詩人は夢、特に 「 悪夢 」 という現象に触発されるようです。W. Blake は、やや極端な例ですが、「 悪夢 」 という体験が、一種創作の動機として大きな意味を持つことは否定出来ないのでしょう。

ロマン派のパン

 
 イギリスの湖水地方を訪れた時に whig というパンを食べたことがあります。
 
 
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 whig とは 「 かつら 」 と同じく wig と綴られる事もある caraway seed というハーブが入ったパンで、湖水地方周辺に良く見られます。白く焼きあがった柔らかいパンに、caraway seed の食感と香りが独特で、なかなか美味しいものです。caraway seed は、ギリシア、ローマ時代より用いられているハーブで、消化を促進する効能があるため、パンに入れらるようになったのかも知れません。
 
 この whig は、Beatrix Potter の Peter Rabbit にも seed whig として紹介されていますが、それ故に、湖水地方伝統のパンと言えるでしょう。湖水地方では、クリスマスにこのパンを
Elderflower の実で作ったワインと共に食す習慣もあります。転々と横たわる灌木に自生する赤紫色の実から作られる素朴なワインは、如何にもイギリスの自然を感じさせる味だと思います。
 
 
 
 昨日、窓を叩く雨音がする仕事部屋で S. Coleridge を読み返す機会を持ちました。
 湖水と緑地の景観、パン、ワイン、そして今にも草むらから顔を覗かせるようなウサギの影 ・・・
こうした 1 つ 1 つの断片もまた、イギリスロマン派の風景なのかも知れません。

雨の日

 
 東京は、強い雨が降り出しました。
 
 
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H. BÜRKEL, Rain Shower in Patenkirchen :1838.
 
 
 雨 ・・・
 このような日は、部屋の中で本の行間に埋没するもの良し、また窓のガラスを叩く雨音を聞きながら物思いに耽るも良し。
 
 度を越えた暑気に油断をし、忘れていた事を思い出す 「 夏の嵐 」 です。

帰港

 
 Torna a Sorrento ...
 
 
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 Amalfi 海岸への入り口である風光明媚な Sorrento の湾。
 南イタリアの景勝地たる評は確かな響きで、一筆の跡を辿るような海岸線と言いようのない 「 蒼い 」 夏の海色は、飽かず目線を惹きつけます。背後の段々に茂るレモン畑の薄い香りが潮風に混ざり、否が応でも季節の風情が充満するようです。湾内の海面に浮かぶ船影が刻々と動き、それだけが時間の経過を示します。
 
 Sorrento の湾に行き来する大小の船。
 
 Sorrento から出て行き、再び戻って来るであろう様々な船の淡い航跡をぼんやりと眺めているうちに、「海 」 もまた旅の出発点であり、終着点であることに改めて気づきます。列車駅に独特の旅情があるように、Sorrento の蒼い港にさざめく波間にも、何処か胸底を締め付ける音が漂います。
 
 此処から出て行く船 ・・・
 
 地中海を揺れ、はたまた外海を廻り、そして最後に Sorrento を終着の地として戻って来る船に、この蒼い港はどのように映るのでしょうか。
 
 美しい Sorrento の静かな夏。
 

素朴

 
 
 ルネサンス以前の素朴な絵画造形に、時折惹かれます。
 
 
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・・・ Niccolo di Ser Sozzo, 1362, Siena.
 
 名が広く知られるルネサンス期の 「 巨匠 」 達を見慣れると、それ以前の無名絵画は、些か物足りなく目に映るものです。造形技術の未発達な時代に製作された絵画は、画面構成も平板で、人物の立ち方もぎこちなく、画中に浮かぶ顔も例外なく 「 能面 」 のように画一的です。見る者に、能動的に訴えかけるような華々しいルネサンスの 「 巨匠 」 達が雄弁であるのに比し、「 時代以前 」 の無名絵画は、黙して語らない 「 素朴 」 が、その特徴と言えるでしょう。
 
 
 Firenze などの大美術館で 「 巨匠 」 達が織りなすルネサンスの筆致を存分に堪能した後、田舎に歩を進め、Siena のような街で素朴な無名絵画を前にすると、その意外な魅力に気付くことがあります。ルネサンスそのものを代表する華々しい街では、決して目に留まることのなかった、時として地味な造形も、その立ち位置を落ち着いた地方の小都市に移すと、存外心に沁みてくるものです。「 素朴 」 な魅力は、小さな街の人影疎らな美術館や教会の祭壇が、本来あるべき場所なのかも知れません。
 
 
 心を落ち着けて、「 無名絵画 」 を眺めます。
 平板で 「 能面 」 のような画中人物の顔も、艶やかな特徴が際立つことがないからこそ、その時に持つ自身の心中が投影され易いのかも知れません。圧倒されるような筆致に慄くことなく、安心して 「 素朴 」 な魅力の中に埋没することが出来る ・・・ それは、製作された当時に見た人達が有していたであろう心持と、どこか近しいような気がします。自身の信仰や日々移り変わる心の振幅 ・・・ それらを包み込み、素直な心の投影を許してくれるのは、平板で 「 素朴 」 な絵画なのでしょう。この不思議な 「 素朴 」 を眼前にする時の感慨は、現代の 「 視線 」 に耐えられないとは決して思えません。静かな場所で一人心静かに観る 「 素朴 」 さは、「 時代以前 」 の絵画造形が持つ魅力を改めて発見させてくれるかのようです。
 
 
 田舎街で眠る、膨大な 「 素朴 」 の魅力を知って、造形絵画と 「 対話 」 することを覚えました。

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