イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

雑感

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イタリアに限らず、旅先で感じた事を書いています。
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feticismo

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 「フェチ」という言葉がある。


 この言葉には、何やら怪しげで隠微な響きが感じられる。
 そもそも「怪しい」というのは、同時に自らがその現象に疎いという事を意味する。strange は、第一感、not
familiar because of having not been there before or met the person before を含意する語であるから、「奇妙な」と眼に映るのは「知らない」が故に起こり得る現象なのであろう。普段から「見知って」いる、もしくは「理解している」モノに対しては、「奇妙」「怪しい」という感情は起こり得ない。自分の「家族」はちっとも「奇妙に」感じないのに、初めて見る人物に何処となく「怪しさ」を感じるのも、それ故である。自宅最寄り駅から5つ先の秋葉原に電車が止まる度に、「妹***倶楽部」やら「電磁ロボ***」等の袋を嬉しそうに抱えて乗り込んでくる若者がいて「奇妙」に思えるが、それは冷静に考えれば、自分が「***倶楽部」やら「***ロボ」の「世界観」を良く知らないが故に起こる心の振幅であるのかも知れない。


 従って、「フェチ」なる言葉に「怪しい」という心の振幅が、第一感起こり得るのも、裏を返せば、この言葉に対する自らの「疎さ」を示す証左であろう。また、この手の「カタカナ」語は「普通の言葉」以上に、個々人によって意味が曖昧なまま日常的に使用されていることが多いから、気が付いたら辞書を引き明確な定義をしておきたいと、いつも考えている。言葉の定義が曖昧なままコミュニケーションを進める事ほど恐ろしいものはなく、些細な意味の「行き違い」が時として重大な誤解を招くのは、個々人の間ならまだしも、男女間、はたまた転じて社会全体の現象となれば事態は相当深刻になろう。


 学生とのある酒席で、隣の席の適度に酔いが廻った女子学生から唐突に「先生って、何フェチですか?」と聞かれたことがある。「え?フェチって?」と聞き返すと、「だから、例えば・・・足フェチとか、お尻フェチとか・・・。」成程、「フェチ」とはそういう?意味なのかと思い、「だったら、***フェチかな・・・。」と答えておいた(***の部分は言えません)。それを聞いた学生は、隣の学生に伝言して嬌声を上げて盛り上がっていたので少しムッとしたが、それよりも「フェチ」という言葉が酒席の間中、頭をよぎって気になったので、帰宅後、辞書で意味を調べてみたことを憶えている。


 「フェチ」というカタカナ語は、明らかに fetish もしくは fetishism という英語の借用である。
 試みに、手元の Oxford Advanced Learner's Dictionary (OALD) で当該語を引いてみると、1.the fact that
a person spends too much time doing or thinking about a particular thing 2. the fact of getting sexual
pleasure from a particular object と2つの意味が記述してある。「足フェチ」「お尻フェチ」の類は、明らかに 2. に該当しようから、女子学生は「フェチ」を 2. の意味で使用していたことになる。そうなると、何処と無く「フェチ」という言葉が隠微に響くのは、2. の getting sexual pleasure というニュアンスを内包している為なのであろう。

 成程・・・納得、納得。


 ただ、OALD にもあるように、sexual なニュアンスを含意する用例よりも、「特定のモノを、時間を忘れて愛でて楽しむ」というのが「フェチ」の一義的意味である。先述の 2. の意味、すなわち女子学生に答えた sexual な「フェチ」を声高に世間へ発信する事に相当の躊躇を憶えるが、一般的な意味を内包する 1. であれば良いであろう。人が時間を忘れて飽かず眺めて喜びを感じる「モノ」とは、sexual な「モノ」以上に個人的な嗜好が強いであろうから、少なからず他人の「フェチ」に興味が湧く。

 自分の「フェチ」を振り返って考えてみると、真っ先に浮かぶのが「白磁器」であろうか。


 上野の東京国立博物館に、月に2〜3度足を運ぶ。
 「特別展」が開かれる時は、大層な人数の観覧客が訪れるが、それに劣らない展示が成される「平常展」は、何故かいつも閑散としているから、落ち着いて作品を鑑賞する事が出来る。中でも東洋館の2階にある中国白磁器の作品群が大好きで、それこそ幾ら愛でていても飽きることはない。白磁の持つ透明感に吸い寄せられるような感覚は、ちょっと特殊なもので、まさに白磁器は自分にとって particular thing なものと言えよう。誰もいない展示室の片隅で、一人白磁器をニヤニヤしながら眺めるその刹那こそ、自分にとっての fetishism が発露する最も典型的な瞬間である。








 イタリアを旅行するようになってから、もう1つの「フェチ」に気が付いた。

 建築物を眺めるのは、もともと好きであるが、中でも「アーチ」に異常なまでの関心を持っている。
 周知の通り、「アーチ」は力学的に建造物を支える為の理に適った構造物であり、尚且つ、重々しい石造りの外観に、何とも言えないリズム感と軽やかさを演出する装飾様式である。ゴシック建築に見られる、重量の嵩張る建造物を幾らでも上に積み重ねることの出来る「尖塔アーチ」が見出されて以来、教会権威の高まりと呼応して、欧州では爆発的に巨大な建築物が生み出されるようになった。


 勿論、ゴシックの「尖塔アーチ」も悪くはないが、個人的には、もう少し年代を遡るロマネスクの素朴な「半円形アーチ」の方を愛す。「半円形アーチ」が持つリズミカルな造形美に、先の白磁器が持つ魅力と同様、吸い込まれそうな感覚を憶える。著名な教会に限らず、街中のちょっとした建物に、この「半円形アーチ」を見出そうものなら、自然と足が止まり、時間を忘れて見入ることも珍しくはない。こういう嗜好は、後天的に会得した極めて主観的なもので、説明し難い類の現象である。






 意味を「字面」で憶えた。
 白磁器を飽かず眺め、アーチの前で時間が過ぎるのを忘れた。
 
 成程、「「フェチ( fetish )」とは、こういう意味なのか。



 「言葉」を自分のものにするとは、恐らくそういうことなのだろう。

仕切り線

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 学期中、週に1回、新幹線に乗って地方の某大学へ非常勤で講義をしに行く。


 「新幹線通勤」といっても、東京から1時間半弱で目的地に到着する。
 窓外の移りゆく景色を眺めながら、一人考え事に耽る時間は、決して嫌いではないので、週1回の「旅」も苦にはならない。


 季節に関係なく調整してある車内の空調や、割と広い前後の座席スペースをはじめ、新幹線の居住環境には概ね満足しているが、1つだけ気になることがある。隣の座席との中間に設置してある「肘掛け」の存在だ。一体この「肘掛け」の占有権は誰に発生するのであろうか・・・。


 個人的には、この「肘掛け」の占有権は「誰にも発生しない」と考える。
 この「肘掛け」は、隣の座席とのいわば「境界線」的な役割に、その一義的な意味が存在すると思われる。隣の座席を占める人がいない時は、文字通り「肘掛け」の機能をゆっくり堪能するのは当然である。しかし、ひとたび隣の座席に他人が座ったその瞬間、「肘掛け」は、朝鮮半島における38度線のごとく、隣人と自己それぞれの専有地を分離する「緩衝地帯」に変じる。この幅5センチ程の「緩衝地帯」は、左右いずれの人物にもその所有権が発生する性質のものではなく、あくまでも「仕切り線」であると考える。


 仲の良いカップルが並びの席を占めるのであれば、むしろこの「仕切り線」は無用の存在であろう。しかし、僅かな時間を隣席で共有する「赤の他人」同士、声高に自己の専有面積を主張して論争するのは如何にも常識的な行動ではないから、この「仕切り線」は、無用な争いごとを緩和する目に見えない役割を負っているのだと思う。


 ある時、何かの拍子で、同じようにして新幹線通勤で東京から出講している他の教師に「肘掛け」の占有権について尋ねたことがある。普段は東京の大学に勤める、50代の少し押し出しの強い教授先生は「そんなもの、早いもの勝ちに決まっているでしょう。」と身も蓋もないことを言う。


 この民主主義の時勢に、そのような論が通るのか否かはともかくとして、ごくたまに隣り合わせた人物が無造作に「肘掛け」にデンと腕を乗せることがある(ちなみに、女性は絶対に乗せない)。百歩譲って「早いもの勝ち」説が正しいとしても、幅5センチの「肘掛け」に腕を乗せると、当然、その腕は「肘掛け」をはみ出し、隣席の「空間」に突き出すことになる。突き出す本人は気にならないであろうが、他人の肘の先端が自らのわき腹にコツコツと触れるのは、余り愉快なことではない。


 隣に人が座っていても、「肘掛け」に堂々と腕を乗せる人を「無神経」とまでは言わないが、ほんの少しだけ「自他それぞれの専有地帯」について考察を巡らせば、決して「早いもの勝ち」という結論には達しないと思うのであるが・・・。







 イタリアを旅行する時は、必ず列車に乗る。

 日本の新幹線には及ばないが、それでも長距離列車の車内環境は、以前よりもかなり向上したようだ。不愉快な思いをすることはなく、むしろ3〜4時間の旅であれば、快適に過ごすことが出来る。


 当然であるが、イタリアの列車も並びの席には必ず中間に「肘掛け」がある。
 色々なタイプの車両があるが、「肘掛け」は日本のものより幅が広い場合が多い(新幹線のグリーン車座席の「肘掛け」くらい)。「肘掛け」に関しては、独自の「仕切り線」理論を有しているから、イタリアであろうがどこであろうが、「肘掛け」に腕を乗せることはない。


 ある時、ミラノからフィレンツェまで移動するために列車に乗った。
 途中から隣の席に若い女性客が乗ってきた。席に着くやいなや、何やら難しい本とノートを重ねて開いて書き込みを始めたので、大学生であったのかも知れない。国は違えど、学生が勉強する姿は美しいものだと、内心微笑ましく思っていた。すると彼女は、おもむろに足元に置いてあったリュックから、ミネラルウォーターの小さなペットボトルを取り出した。一口水を含むと、彼女は何の迷いもなく、そのペットボトルを私との間にある「肘掛け」の上に置いた・・・。


 列車内の「肘掛け」・・・難しい・・・。

今そこにある危機

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 久しぶりにトイレの話である。


 イタリアで、美術館やリストランテ、その他いわゆる「公衆」と冠が付加される「トイレ」に入る際、直前まで使用していた人が「自分のモノ」を流していない場合がよくある。「個室」に入り安心して用を足そうとする、その刹那、眼前に名付し難い他人の「モノ」を突きつけられる程、不愉快な事はない。当初は、「如何なる理由があって流さないのか!?」という怒りと疑問で、一瞬、自分が個室に入った用件を忘れそうになるくらい気持ちが荒んだものだ。

 罵詈雑言、悪態の限りを並べつつ、仕方なく水を流し、他人の「モノ」を除去してから自らの用を足す。
 事が済み、再び水を流しながら、ふと気が付く。
 「成程、見つからなかった・・・のか・・・。」








 一国の「トイレットロジー」は、恐ろしく保守的である。

 思い返してみても、そこが「公衆」「他人の家」すなわちどのような条件下であろうと、日本中のトイレで過不足なく用を足すことが出来るのは、日本人が共通の「トイレットロジー」を保持しているからに他ならない。
 「紙」が設置されていないという、突発的な事故に遭遇する不運が、間々あったとしても、一般的な常識を持ち合わせている人物であれば、公衆トイレで使い方が分からず往生するといったことにはならないであろう。また、他人の家でトイレを借りたとしても、特段不自由を感じたりすることはない筈である。

 「普通に用を済ませる」のは当たり前と言えば当たり前の事であるが、ひとたび海外に出ると、この日本人全体の「共有財産」である「トイレットロジー」が極めて domestic な文化であることを思い知らされる。

 東南アジアを中心にして根強く残る「柄杓で掬った水を掛けてお尻を手で洗うトイレ」等は、初めて使用する際の「勇気」の問題が大きいが故、まだマシな方で international に俯瞰するトイレットロジーは「御当地主義」が横行する。
 さすがに数は減ったとは言え、中国の「間仕切りの全くないトイレ」、ロシアの「使用した紙を傍らの籠に、そのまま捨てるトイレ」等に遭遇すると、めまいが起こると共に、改めて一国における「トイレ文化」の多様性に感心することしきりだ。

 「トイレ文化」は、人類誕生以来、気の遠くなるような時間を掛けて醸成されてきた筈であるから、恐らく、その土地土地で最も「理にかなった」方法論が構築されているのであろう。気候風土はもちろん、信仰や民族の身体的特徴など、多方面に渡る要因が必ずや存在すると思われる。

 一概に、自国のトイレ文化の優秀性を誇ったとしても、それは極めて一面的な「文化論」の吹聴に過ぎない可能性があるから、海外に出る際、ここは一つ、異国のトイレ文化に寛容かつ受容の精神を持たねばなるまい。







 イタリアのトイレ事情は、日本人に馴染みやすい。
 少なくとも、基本的な「手順」は日本のそれと同じであるから、ただ用を済ませるだけなら、強烈な「異文化体験」をすることはないであろう。(逆に言えば、我が国は西洋的なトイレ文化を吸収・定着させたと言える。)

 ただし、問題は「用を済ませた後」である。


 幸いながら、イタリアでも「用が済んだ後」に、水を流して便器を洗浄する文化が当然のごとく定着している。従って基本的に「公衆」トイレに入っても、直前に使用した人が常識人である限り、他人の「モノ」を目の当たりにする不幸を背負うことはない筈である。しかし、「水を流す」という一点にのみ、我が国とは異なる手順が存在する。

 改めて言うまでもなく日本の場合、多くの公衆トイレは水を流す際、便器もしくは周辺に付属する「金属性レバー」を倒すことによって水が流れる仕組みである。誰もが疑わずに、半ば「慣習化」されたトイレにおけるシステムであるが、一歩離れて見ると、これはかなり保守的な思想だ。
 この「慣習」を全く疑うことなく、イタリアでトイレに入ると、多かれ少なかれ、必ずや「?」という体験をする。

 イタリアのトイレには、日本式の水を流す「レバー」が付属していない。
 生まれてこの方、「最後にレバーを引く・・・」という手順を頑なに信じていた人にとって、レバーの不在は個室内の「大事件」に発展しかねない。

 「え?水はどうやって流すの・・・?」と「レバー」を求めたとしても、砂漠で魚を釣るに等しいことだから、全く不毛な探索である。イタリアでは、個室内における四方の壁のいずれかに「ボタン」が付いていて、それを押す事によってのみ、水は遅滞なく流れる仕組みだ。しかし、この「ボタン」は、平べったい白色のプラスチック製が多いから、事前に知らないと、中々目に付かない。

 「水が流れない・・・早く行かないと、ツアーの集合時間に遅れる・・・え〜い、ごめんなさい!」と、水を流すことを断念し、断腸の思いで個室を後にする・・・という典型的な図式が想定される。
 このトイレ内における「危機的な状況」を未然に防ぐには、日頃より異国のトイレ文化を能動的に受容する態度が必要なのであろう。





 恐らく、多くの常識人が「個室」の中で孤独な葛藤に苦しみ、些か悲劇的な体験をしたのではなかろうか・・・。いつの間にか、そう思うようになった。

 イタリアのトイレで、「流されていない」状況を目の当たりにする度に、ほんの少し前、この個室で起こった悲劇を想像しつつ、仕方なく「壁のボタン」を押している。

世界観

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 『中村仲蔵』という古典落語の芝居噺がある。


 下級役者であった中村仲蔵が、破格の昇進で「名題」へと取り立てられる。
 昇進後、『忠臣蔵』が幕に掛かることになり、自らの配役を心待ちにしていたところ、廻ってきた役どころは、五段目に登場する「斧定九郎」の一役であったから、有頂天になっていた仲蔵は意気消沈する。「定九郎」は、「弁当幕」と言われる昼時の五段目、すなわち観客の神経が最も弛緩する頃合の場面で登場する盗賊に落ちぶれた大名息子の役で、関所奉行に追われて切り死にするという、とても「名題」クラスの役者が演じる人物ではない。

 仲蔵は、すっかり意気消沈したが、妻の励ましもあって腹を括り、「名題」役者の「定九郎」を演じ切ろうと心に決める。仲蔵演じる、端役の「定九郎」は観客が息を飲むような男っぷりで、たちまちのうちに評判になり、仲蔵感極まるという人情噺だ。



 この噺は、木九蔵の師匠、林家彦六(八代目林家正蔵)が得意にしていたが、朴訥として、時折、舌がもつれそうになる彦六の語り口調に不思議とよく合った。

 こういう古典落語の楽しみは、噺家の枯れた「芸」そのものを味わうことも当然であろうが、その深奥は「世界観」に、ゆっくりと埋没していくことに他ならない。歴史に名を刻むような名人級の噺家が誘う、一種の「世界」に入り込むのは、言われぬ心地良さがある。これがすなわち「伝統話芸」であり、平成の世から一足飛びに『中村仲蔵』の江戸時代へ違和感なく没入出来る古典落語の醍醐味だ。



 しかし出来ることなら、その「世界」に没入する下地も、観客として能動的に持っていたい。
 「名題」・・・「なだい」と聞いて、江戸期における歌舞伎世界の序列を即座に理解出来たり、仲蔵演じる当時の芝居小屋の情景が頭に浮かんだり、「定九郎」という役どころが、どのようなものであるのか『仮名手本』に精通していたりすれば、古典落語の「世界観」をより重層的に楽しむ事が出来るであろう。
 1つの噺にまつわる膨大な背景を持つ噺家と、同一の「世界観」を共有しようとするのであれば、観客としてある程度の「素地」は必須となる。

 噺家の所作や「オチ」に期待するのも一興だが、出来れば「世界観」を共有する「素地」をも用意しておきたい。そして、それが「落語芸術」という「伝統話芸」を楽しむということなのだろう。







 現代のローマは、何も語らない。

 ローマをより深く知ろうというのであれば、旅人は、この街が連綿として持ち続ける「雰囲気」の中に入り込み、自ら能動的に何かを感じるしかない。

 ローマは快適な「観光地」であるから、この街に身を任せ、受動的に通り過ぎるだけで、生涯記憶に残るような旅の痕跡を得たいと望んでも、そう傲慢な心掛けではないだろう。ローマという表層部分には、それだけで人の心を揺さぶるものがあろうし、それがローマがローマたる所以である。

 しかし、ローマの奥底に眠る「世界観」を、この街と共有したいと思うのであれば、旅人としての「素地」をも持ち合わせたい。裏通りの日の当たらない石畳を踏みしめるだけで、たちまちのうちに「ローマ時代」に没入出来る「世界観」を持っていたい。

 石畳を成す石片の形、道の湾曲、ラテン語の墓標、アーチの角度・・・そういった1つ1つは、何も語り掛けてはこないが、こちらが能動的に「聞く」姿勢を持ち得るやいなや、雄弁に何かを語り出す。そして、その雄弁さの奥に広がる「世界観」を、もっと感じたい。


 ローマに来ると、いつもそう思う。

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 ナポリの人は、明るく陽気だという。


 ナポリを訪れたことのある知人が何人かいる。
 彼らが口を揃えて言うには、ナポリの人は昼間から道端にたむろし、皆一様に騒ぎ、唄い、ワインを酌み交わし、誰彼となく過ぎ行く人に(特に男性が若い女性に向かって)声を掛けるのだそうだ。

 南イタリアに住む人達は、概して陽気な性格だが、ナポリでは特にその事を強く実感する。
 自身とて、ナポリに何度か足を運び、そのような光景を少なからず見てきた。よく言えば、底抜けに明るく、悪く言えば、働き者の日本人の目に多少怠惰に映るナポリの人達。老若男女問わず、陽気でなければこの街では生きてゆくことが出来ないのではないかと思い、時に感心し、時に一緒に騒ぎ、そして時に呆れ果てる。

 今日も南イタリアの強い日差しが降り注ぎ、ナポリの快活さに一層の輝きを与えるかのようだ。





 しかし、「光」が強ければ強いほど、それが作り出す「陰」も一層濃いものになる。
 ひとたび陽気なナポリの裏側に廻ってみれば、北中部の経済的繁栄から全く取り残された、典型的な南イタリアの貧しい街の姿が浮かび上がる。この街が世界遺産に指定されようがされまいが、ローマ、フィレンツェ、ミラノなどに比して驚くほどの「貧しさ」は昔から変わることがない。


 「陽気」に見える表通りを通り過ぎ、生活臭が色濃く漂う裏通りに一歩入れば、そこにもう1つのナポリがある。
 崩れかけた高層アパートの狭い路地には、南の強い日差しも決して届かない。そこにある光景は、所在無げに座り込む若者、一欠けらの菓子を奪い合って嬌声を発する幼い子供達、松葉杖で重たい身体を引きずる老人、石畳の隙間に目ざとく餌を見つけようと目を光らせる痩せこけた犬・・・・・・そういう1つ1つの光景は、明るく陽気な「光」が生み出す「陰」。





 表通りの明るく強い「光」を見るにつけ、その裏側にある暗く貧しい「陰」を思う。

 「光」と「影」の街ナポリ。
 せめて、南イタリア特有の強い光が差す表通りに出て来た時は、精一杯「光」を謳歌したい・・・「陰」の部分を見えない所に押し込めて、束の間の「光」に我が身を輝かせたい・・・ナポリを歩いて、人々が発する底抜けの「陽気な明るさ」を感じる度に、いつもそのようなことを考える。






 明け方のナポリ。
 夜が明けて、今日もこの街に強い日差しが降り注げば、際限なく眩しい「光」と、何処までも色濃い「陰」を同時に作り出すであろう。


 「光」も「影」もない、束の間の時間。
 眠るナポリの姿もまた良い・・・。







 のんきと見える人々も
 心の底を叩いてみれば、
 どこか悲しい音がする。        ・・・夏目漱石


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