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「フェチ」という言葉がある。
この言葉には、何やら怪しげで隠微な響きが感じられる。
そもそも「怪しい」というのは、同時に自らがその現象に疎いという事を意味する。strange は、第一感、not
familiar because of having not been there before or met the person before を含意する語であるから、「奇妙な」と眼に映るのは「知らない」が故に起こり得る現象なのであろう。普段から「見知って」いる、もしくは「理解している」モノに対しては、「奇妙」「怪しい」という感情は起こり得ない。自分の「家族」はちっとも「奇妙に」感じないのに、初めて見る人物に何処となく「怪しさ」を感じるのも、それ故である。自宅最寄り駅から5つ先の秋葉原に電車が止まる度に、「妹***倶楽部」やら「電磁ロボ***」等の袋を嬉しそうに抱えて乗り込んでくる若者がいて「奇妙」に思えるが、それは冷静に考えれば、自分が「***倶楽部」やら「***ロボ」の「世界観」を良く知らないが故に起こる心の振幅であるのかも知れない。
従って、「フェチ」なる言葉に「怪しい」という心の振幅が、第一感起こり得るのも、裏を返せば、この言葉に対する自らの「疎さ」を示す証左であろう。また、この手の「カタカナ」語は「普通の言葉」以上に、個々人によって意味が曖昧なまま日常的に使用されていることが多いから、気が付いたら辞書を引き明確な定義をしておきたいと、いつも考えている。言葉の定義が曖昧なままコミュニケーションを進める事ほど恐ろしいものはなく、些細な意味の「行き違い」が時として重大な誤解を招くのは、個々人の間ならまだしも、男女間、はたまた転じて社会全体の現象となれば事態は相当深刻になろう。
学生とのある酒席で、隣の席の適度に酔いが廻った女子学生から唐突に「先生って、何フェチですか?」と聞かれたことがある。「え?フェチって?」と聞き返すと、「だから、例えば・・・足フェチとか、お尻フェチとか・・・。」成程、「フェチ」とはそういう?意味なのかと思い、「だったら、***フェチかな・・・。」と答えておいた(***の部分は言えません)。それを聞いた学生は、隣の学生に伝言して嬌声を上げて盛り上がっていたので少しムッとしたが、それよりも「フェチ」という言葉が酒席の間中、頭をよぎって気になったので、帰宅後、辞書で意味を調べてみたことを憶えている。
「フェチ」というカタカナ語は、明らかに fetish もしくは fetishism という英語の借用である。
試みに、手元の Oxford Advanced Learner's Dictionary (OALD) で当該語を引いてみると、1.the fact that
a person spends too much time doing or thinking about a particular thing 2. the fact of getting sexual
pleasure from a particular object と2つの意味が記述してある。「足フェチ」「お尻フェチ」の類は、明らかに 2. に該当しようから、女子学生は「フェチ」を 2. の意味で使用していたことになる。そうなると、何処と無く「フェチ」という言葉が隠微に響くのは、2. の getting sexual pleasure というニュアンスを内包している為なのであろう。
成程・・・納得、納得。
ただ、OALD にもあるように、sexual なニュアンスを含意する用例よりも、「特定のモノを、時間を忘れて愛でて楽しむ」というのが「フェチ」の一義的意味である。先述の 2. の意味、すなわち女子学生に答えた sexual な「フェチ」を声高に世間へ発信する事に相当の躊躇を憶えるが、一般的な意味を内包する 1. であれば良いであろう。人が時間を忘れて飽かず眺めて喜びを感じる「モノ」とは、sexual な「モノ」以上に個人的な嗜好が強いであろうから、少なからず他人の「フェチ」に興味が湧く。
自分の「フェチ」を振り返って考えてみると、真っ先に浮かぶのが「白磁器」であろうか。
上野の東京国立博物館に、月に2〜3度足を運ぶ。
「特別展」が開かれる時は、大層な人数の観覧客が訪れるが、それに劣らない展示が成される「平常展」は、何故かいつも閑散としているから、落ち着いて作品を鑑賞する事が出来る。中でも東洋館の2階にある中国白磁器の作品群が大好きで、それこそ幾ら愛でていても飽きることはない。白磁の持つ透明感に吸い寄せられるような感覚は、ちょっと特殊なもので、まさに白磁器は自分にとって particular thing なものと言えよう。誰もいない展示室の片隅で、一人白磁器をニヤニヤしながら眺めるその刹那こそ、自分にとっての fetishism が発露する最も典型的な瞬間である。
イタリアを旅行するようになってから、もう1つの「フェチ」に気が付いた。
建築物を眺めるのは、もともと好きであるが、中でも「アーチ」に異常なまでの関心を持っている。
周知の通り、「アーチ」は力学的に建造物を支える為の理に適った構造物であり、尚且つ、重々しい石造りの外観に、何とも言えないリズム感と軽やかさを演出する装飾様式である。ゴシック建築に見られる、重量の嵩張る建造物を幾らでも上に積み重ねることの出来る「尖塔アーチ」が見出されて以来、教会権威の高まりと呼応して、欧州では爆発的に巨大な建築物が生み出されるようになった。
勿論、ゴシックの「尖塔アーチ」も悪くはないが、個人的には、もう少し年代を遡るロマネスクの素朴な「半円形アーチ」の方を愛す。「半円形アーチ」が持つリズミカルな造形美に、先の白磁器が持つ魅力と同様、吸い込まれそうな感覚を憶える。著名な教会に限らず、街中のちょっとした建物に、この「半円形アーチ」を見出そうものなら、自然と足が止まり、時間を忘れて見入ることも珍しくはない。こういう嗜好は、後天的に会得した極めて主観的なもので、説明し難い類の現象である。
意味を「字面」で憶えた。
白磁器を飽かず眺め、アーチの前で時間が過ぎるのを忘れた。
成程、「「フェチ( fetish )」とは、こういう意味なのか。
「言葉」を自分のものにするとは、恐らくそういうことなのだろう。
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