イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

雑感

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イタリアに限らず、旅先で感じた事を書いています。
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Il Piccolo Scrivano Fiorentino

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Faceva la quarta elementare.

Era un grazioso fiorentino di dodici anni, nero di capelli e bianco di viso, figliuolo

maggiore d'un impiegato delle strade ferrate, il quale, avendo molta famiglia e poco

stipendio, viveva nelle strettezze. Suo padre lo amava assai, ed era buono e indulgente con

lui : indulgente in tutto fuorche in quello che toccava la scuola : in questo pretendeva molto

e si mostrava severo perche il figliuolo doveva mettersi in grado di ottenere presto un

impiego per aiutar la famiglia ; e per valer presto qualche cosa gli bisognava faticar molto

in poco tempo. E benche il ragazzo studiasse, il padre lo esortava sempre a studiare.

Era gia avanzato negli anni, e il troppo lavoro l'aveva anche invecchiato prima del tempo.

Non di meno, per provvedere ai bisogni della famiglia, oltre al molto lavoro che gl'imponeva

il suo impiego, pigliava ancora qua e la dei lavori straordinari di copista, e passava una

buona parte della notte a tavolino.

Da ultimo aveva preso da una Casa editrice, che pubblicava giornali e libri a dispense,

l'incarico di scrivere sulle fasce il nome e l'indirizzo degli abbonati, e guadagnava tre lire

per ogni cinquecento di queste strisciole di carta, scritte in caratteri grandi e regolari.

Ma questo lavoro lo stancava ed egli se ne lagnava spesso con la famiglia, a desinare.

--- I miei occhi se ne vanno, --- diceva, --- questo lavoro di notte mi finisce. --- Il

figliuolo gli disse un giorno : Babbo, fammi lavorare in vece tua ; tu sai che scrivo come

te, tale e quale. --- Ma il padre gli rispose : --- No, figliuolo ; tu devi studiare ; la tua

scuola e una cosa molto piu importante delle mie fasce ; avrei rimorso di rubarti un'ora ;

ti ringrazio, ma non voglio, e non parlarmene piu ...

宵待草

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 朝夕、随分と涼しくなりました。



 晩夏特有の風が吹き始め、一抹の寂しさとも思える心持ちが胸を過ぎる季節です。

「 夏の終わり 」 は、とかく感傷的になるものです。

一つの季節が終わるという、何かしらの喪失感にも似た心のちょっとした 「 空洞 」 は、

次の季節が色濃くなり始める頃、少しずつ輪を広げるようです。





 待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ 今宵は月も出ぬさうな ・・・





 あれ程、忌み嫌ったはずの夏の熱風情も、気付かぬうちに漂い始めた秋の空気に押し流され始めると、

途端に置いて行かれた様な感を残しますから不思議なものです。

それは、誰かに置いて行かれた様な、そして、もう二度と戻ってこない人の影を

何時までも追い求めるような心の振幅に重なるような気がします。



 次の季節が運ぶ冷たい風が、足早に近付いてくる前に、心の 「 空洞 」 が大きくなりませんように。

夏が来た !

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 東京も梅雨が明けました。

強い日差しを浴びながら、キャンパスに向かう途上、

懐かしい歌の歌詞が、ふと頭に浮かびました。





緑が、

空の青さに輝いて

部屋のカーテンと、

同じ色になっても

少し何処かが違うのは、

きっと生きているからだろう ・・・

なんて、考えて

何故か君に会いたい。



砂の上に、髪を広げて、

寝転んで、夢を見て ・・・

こんな不思議な出来事が、

あっていいのかと思うくらい、

幸せな、雲が風に踊るよ ・・・



Candies : 『 夏が来た ! 』 ( 1976 年 )





 今年も、夏がやって来ました。

今年の夏は、自分にとって、どのような季節になるのでしょう。

そう考えるのもまた、季節独特の高揚感を招きます。



 もう直ぐ、夏休み。

「 忙しさ 」 も、あと一息です。

漢籍礼賛

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 窓から暖かい陽が入り込む 3 階の書斎で、勉強の合間、傍らにあった岩波の 『 漱石日記 』 を開きました。



 官費留学中の 1901 年、滞在先の London で記した日記の断片に目が留まりました。
 1901 年といえば、長らく続いた Victoria 朝が終焉を迎えた年です。近代史を紐解かなくとも、Victoria 朝終焉は、英国にとって永遠に続くと思われた繁栄の時代に幕を降ろす残酷なまでに明白な epoch です。Victoria 女王の崩御に伴い、London 市内を厳かに進む葬列を見物した漱石は、日記に次の様に記しています。



 二月二日 ( 土 )

 Queen の葬儀を見んとて朝九時 Mr. Brett と共に出づ。
 Oval より地下電気にて Bank に至り、それより Twopence Tube に乗り換う。Marble Arch にて降りれば甚だ人ごみあらん故 next station にて下らんと宿の主人いう。その言の如くして Hyde Park に入る。さすがの大公園も人間にて波を打ちつつあり。園内の樹木、皆人の実を結ぶ。漸くにして通路に到るに到底見るべからず。宿の主人、余を肩車に乗せてくれたり。漸くにして行列の胸以上を見る。柩は白に赤を以て覆われたり。



 私の目は、「 園内の樹木、皆人の実を結ぶ 」 という一節に留まりました。
 Hyde Park の広大な敷地は、女王の葬列を見る人で溢れかえっています。人々は、少しでも葬列を見ようと、園内の木々に登り枝々に鈴なりになる ・・・ その様を、「 園内の樹木、皆人の実を結ぶ 」 という簡潔明瞭にして尚且つ、絶妙な比喩を用いて表現しています。これは、明らかに漢文的素養に基づいた文章技巧でありましょう。


 漱石に限らず、明治期の所謂、「 大作家 」 は、少なからず漢籍の直射を受けています。
 それは、「 職業作家 」 である前に、彼らが旧制高等学校や、帝国大学において、西洋外国語と並び、充分な漢籍教養を授けられたからに他なりません。明治期の知識人にとって最も近しい 「 外国語 」 である漢籍の素養は、その簡潔明瞭な韻文技巧の妙により、彼らの 「 日本語 」 表現を極限まで磨き上げた事でしょう。この様な漢籍素養の 「 痕跡 」 に着目すると、「 明治期文学 」 の諸相も、より味わい深いものになります。


 三島由紀夫が、怪著 『 文章読本 』 の中で、森鴎外と泉鏡花の文体を比較し、共に激賞しています。
 特に 『 寒山拾得 』 に潜む、鴎外の漢籍素養を紐解き、近代文学史上、これ程の知的教養に裏打ちされた文体は例を見ないとしています。成程、『 寒山拾得 』 の中に、次の様な一節があります。



 「 閭は小女を呼んで、汲立の水を鉢に入れて來いと命じた。水が來た。僧はそれを受け取つて、胸に捧げて、ぢつと閭を見詰めた。清淨な水でも好ければ、不潔な水でも好い、湯でも茶でも好いのである。不潔な水でなかつたのは、閭がためには勿怪の幸であつた。暫く見詰めてゐるうちに、閭は覺えず精神を僧の捧げてゐる水に集注した。 」



 閭という、ある地方長官の所へ不思議な僧侶が訪ねてきて、リュウマチ症の頭痛を治してやるから、呪いの水が欲しいと言う一節です。この中の 「 水が来た 」 という一句に目が留まります。この一句には、全く修飾的技巧がありませんが、明らかに漢文的素養の上に成り立った清浄な文章です。この 「 水が来た 」 という一句は、漢文と同じ手法で 「 水来ル 」 の巧妙な引句でありましょう。幼少期より漢籍教育を受けていた鴎外ならではの表現で、このような一句に着目すると、恐ろしいほどの教養的技巧に裏打ちされた文体に改めて驚かされます。三島は、この一句に関して、『 文章読本 』 の中で、以下の様に述べています。



 「 ・・・ これが時代物作家であると、閭が小女に命じて汲みたての水を蜂に入れてこいと言う。その水が来るところで、決して 『 水が来た 』 とは書かない。まして文学的素人には、こういう文章は決して書けない。 」





 文豪と呼ばれる大作家の文体は、常に簡潔明瞭で、流麗な川の音を伴う様です。
 彼らの文体から、韻文的漢籍の跡を追うと、随分と面白いなと、勉強の合間に思いました。同時に、拙い自分の文章に、少し胸を痛める次第です。

Aspects of the Ages

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If we take Dante and his contemporaries as evidence, we shall find that ancient philosophy

first came into contact with Italian life in the form which offered the most marked contrast

to Christianity, that is to say, Epicureanism.



・・・ The Civilization of the Renaissance in Italy : J. Burckhardt


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