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学生時代に、The Beatles の 『 And Your Bird Can Sing 』 をよく聞いていました。
You tell me that you've got everything you want
And your bird can sing
But you don't get me, you don't get me
You say you've seen seven wonders
And your bird is green
But you can't see me, you can't see me
When your prized possesions
Start to weigh you down
Look in my direction
I'll be round, I'll be round
When your bird is broken
Will it bring you down
You may be awoken
I'll be round, I'll be round
You tell me that you heard every sound there is
And your bird can sing
But you can't hear me, you can't hear me
自分の見る物が、相手の目に入らない。
相手に聞こえる物が、自分には聞こえない。
相手への想いが深ければ深い程、互いの「気持ち」が重ならないと感じるのは、不安で寂しいものです。
若い男の「想い」は、強く、そして一途なだけに、時として自分本位になるものです。大切な人の心の伸張を尊重するよりも、自分の「想い」の強さを、ただただ真直ぐに表出したいという気持ちの方が、得てして強くなるものです。
若い頃は、今のように、「想い」の強さを、相手の気持ちに振り向ける理解力がありませんでしたから、
And your bird can sing, but you can't hear me ... というくだりを聞きながら、「何故?」と密かに自問自答したものです。「片想い」の辛さよりも、「両想い」が故に感じる不安の方が、何倍も重く心に圧し掛かるものと悩みました。
大人になって、You can't hear me ... という「自分本位」な「想い」のエネルギーを、相手の気持ちを理解する労力に、少しずつ振り向けることが出来るようになりました。今まで聞こえなかった、相手の聞こえる音も、耳に入るようになり、今まで見えなかった、相手の見る心の風景も、素直に目に入り、染みるようになりました。相手の「気持ち」を理解しようとすることによって、相手が持つ、自分への「想い」が、考える以上に強いことを深く知ることが出来るようになったと感じます。
だからこそ、相手の気持ちと自分のそれとが、深く重なったと思う時に、限りない喜びが湧きます。
同じ音を聞き、同じ風景を見て、奥底からから2人の心が重なり、共鳴する瞬間。そういう「瞬間」は、日々の生活の中で、どれだけあるのだろうと思います。ともすれば、気が付かないうちに通り過ぎてしまうような、ささやかな「瞬間」であるのかも知れません。
しかし、その「瞬間」を見逃さないようにしたいと思います。
そうすることで、相手への「気持ち」が、より深い部分で強くなっていく・・・そんな気がするのです。
「ささやかな瞬間」は、自分にとって、それ以上に無い大きな幸せです。
旅先で何度となく見る夕景。
表現する「言葉」を探す僅かな時間さえも惜しいと感じる程、心に深く染み入る。
聖堂の鐘楼から低い鐘の音が響き出し、石畳を踏みしめる足音が一層柔らかく聞こえる。ふと横で、「ああ、綺麗・・・」と誰に言う訳でもなく、ぽつりと呟く声が聞こえた。
同じものを見て、同じ音を聞いて、「2人の気持ち」が深く重なったと感じ、不意に涙がこぼれた。
「2人の旅」で共有した、ささやかな幸せは、忘れ難く心に残る。
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