イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

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他の書庫に入れることが出来ない、文字通り「その他」の記事です。愛犬 Lunedi が「場つなぎ」役として時々登場します。
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Hammershøi

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View of Delft 1659-60 : J. Vermeer





 時の過ぎ行くままに身を任せていたら、あっという間に 12 月になってしまいました。



 今年度は、何だかんだと雑事が多く、文字通り、「 心を失う 」 ように、忙しない思いをしました。
 日々、芸術について考える事は多々あれど、肝心の芸術に触れる機会は殆どありませんでした。特に、 「 芸術の秋 」 と言われる季節を何ら享受することなく過ごしてしまったのは、今年最大の痛恨事でありましょう。「 フェルメール 」 「 ピカソ 」 「 大琳派 」 と、大きな美術館・博物館が、乾坤一擲世間に問うた、この時期に必ず催される、いわば 「 勝負展 」 の類に、足を運ぶ機会を全く拵えることが出来なかったのは、返す返すも残念です。


 今年、催された展覧会で、私が最も興味を持ったのは、「 ハンマースホイ展 」 です。
 この展覧会が、上野の国立西洋美術館で開かれる事を初めて聞いた時、私は驚きました。都内の有力博物館・美術館が、競って 「 フェルメール 」 「 ピカソ 」 「 セザンヌ 」 「 大琳派 」 と、「 大物 」 を投入しているのを他所に、「 ハンマースホイ 」 は、些か小粒です。西洋美術史を専門的に学んでいる方でなければ、その名前さえ定かではない、デンマークの一画家の展覧会が、日本を代表する西洋美術館で開かれる ・・・ なかなか興味深い試みです。近年、国立の各美術館・博物館は、大々的な展覧会を定期的に開かざるを得ない状況にあります ( この事情は、後述する通りです )。とにかく、集客力のある展覧会にしなければなりませんから、勢い、「 大物 」 を各地から掻き集めて世間の耳目を惹く必要があります。それは、時として、各館の見識や方向性、或いは理念よりも、重要な要素と成り得ます。


 そのような、逆らい難い近年の情勢を知れば知るほど、西洋美術館の独自性は際立ちます。
 それは、日本を代表する西洋美術の研究機関である同館が、一定の見識と先見性を持って、未だ知られていない近代西洋画家を我国に紹介するという、強固な意志であるようにも思えます。「 ハンマースホイ 」 は、決して専門家のマニアックな欲求を満たすために選ばれたものではない筈です。今後、西洋美術の分野で、評価が高まるであろうという予測、或いは、日本人の感性に受け入れられる画風であること、そして、作品貸与に掛かる諸経費等、周到且つ入念に準備された事は、想像に難くありません。昨今の、国立美術館を取り巻く状況を考えると、実に大胆で野心的な展覧会であると思われます。


 私は、恥ずかしながら、「 ハンマースホイ 」 に関して、殆ど知りません。
 しかし、西洋美術館の試みる、この啓蒙的な展覧会には、非常に興味を持ちました。冬休みに入ったら、西洋美術館が推奨する、近い将来、「 大物 」 になるであろうハンマースホイについて、少し勉強してみたいと思っています。










後記:

 ご存知のように、小泉政権以来、「 国立 」 と名が付く施設は、大学にせよ博物館・美術館にせよ、強制的に独立行政法人化が進められました。要するに、学問や芸術に、国は金を出さないから、自分達で独立独歩、好きなように運営しなさいという趣旨です。個人的には、学問や芸術分野に相応の投資をしない国の姿勢に対し、些か疑問を持つのですが、破産寸前の国家財政、そして学問や芸術の発展に余り興味がないと思われる?政党が政権にしがみ付いているという状況を考えると、仕方のない事かも知れません。とにかくも、こういう世情を背景にした各博物館や美術館は、大々的な展覧会を始終催して、運営資金を 「 稼ぐ 」 必要に迫られている次第です。

9 月のルネ

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 9 月も間もなく終わろうとしています。



 夏の名残りと、忍び寄る季節への予感を同時に感じる 9 月は、思えば何とも不思議な頃合です。
 盛夏は、その日差しが余りにも強烈なため、いつまでも、その残影が心に留まろうとするものです。日差しの名残りに惑わされた人の心は、確実に忍び寄る秋の気配になかなか気付く事はありません。心の中に照っていた、僅かばかりの夏の名残りが消えかかる頃、身の周りに、既に到来した季節の色は、あたかも急激に眼の前に現れたかのような印象を残します。「 気が付いたら、すっかり秋 ・・・ 」 という常套句は、すなわち、留まっていた夏の名残りが漸く立ち去り、静かに蔓延した次の季節が、人知れず醸し出す空気の色に、漸く気付いた心の振幅を表すものなのでしょう。


 季節の名残りと到来を、否が応でも併せ持つ 9 月。
 名残りを惜しみつつ、次の季節に気が付き始める心の振幅を考えても、なかなか風情があるものです。





 強い日差しに、少々辟易していた愛犬ルネも、風が涼しくなるにつれ、元気を取り戻しつつあります。
 静かな部屋の中で、秋のそれに変わりつつある雨音に耳を澄まし、時折、窓外をじっと見詰める彼女の眼は、心なしか潤んでいるようです。一雨ごとに深まる季節の香りは、彼女にとって、何処かしら物悲しいものなのでしょうか ・・・。

Buon Compleanno

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The Madonna della Sedia, in the Pitti Gallery in Florence, was probably painted during the

period immediately after the completion of the Stanza di Eliodoro. The qualities of color and

light which this tondo possesses result in great compositional harmony. A circular motif

dominates the painting, in perfect agreement with the form of the support. The Virgin is by no

means conceived in aristocratic terms. Her clothes are modest, and even the maternal sentiment

expressed in the painting is not altered by the knowledge of its sacred nature. Rather, it is

expressed in an instinctive gesture of affectionate protection of the Child. The rich and

polished back of the chair which gives the work its name ( sedia means chair ) thus stands in

clear contrast to the figure. The young St. John fills the space left free by Virgin and Child

and balances the composition, though remaining outside the tender relationship which links

mother and Child.

Many critics associate the composition of the Madonna della Sedia with that of the Madonna

della Tenda ( so called because of the curtain which forms the background ) in the Alte

Pinakothek of Munich. Here again the Madonna is shown in a three-quarters view with the Child

and the young St. John. But a relationship exists among the figures which is absent in the

Madonna della Sedia. The Virgin smiles at her Child, whose attention is turned toward St.

John. The face of the latter bears an expression of loving devotion. By comparing Raphael's

mature works to one another, one detects a process of continuous growth, of stylistic

evolution. The elements used are always new, as is the pictorial style. But the master's

extraordinary capacity to harmonize the composition and the formal beauty of the figures,

made more evident by the expression of serene emotion, are unifying motifs.





... dedicated to K

for your significant Birthday

雨の日のルネ

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 例年に比べ、早目の梅雨入りです。





 雨の休日は、家でゆっくりと過ごします。
 普段、元気な愛犬ルネディも、「 雨降り 」 には勝てないようで、家で大人しくしています。





 自宅 3 階にある自分の仕事部屋で、本を読みながら過ごしていても、窓を叩く雨の音に、思わず顔を上げることがあります。立ち上がって、窓の外を眺めると、所々に出来た水溜りに雨粒が落ち、小さな波紋が幾つも広がる風景が眼に映ります。


 雨音と共に、目に浮かぶ 「 季節の風景 」 は、少しだけ胸を締め付けます。
 窓外を一人眺めているうちに、色々な事が頭を過ぎります。仕事や生活に関する事は勿論ですが、時折、ふと 「 遠い日 」 の切ない思い出も浮かんでは消えて行きます。


 外の雨を感じながら、色々な事を無為に考える ・・・
 自分も、「 そういう年齢 」 になったのかなと思います。





 雨の午後。
 散歩に行く事が出来ず、暇を持て余して寝ていたルネが、不意に起き上がり、遠くを見詰めるような表情をしています。低い雨音を聞きながら、彼女の頭には、何が浮かんでいるのでしょうか。きっと、飼い主と同様、「 季節の風景 」 を見て、何かしら思うところがあるのでしょう。


 ルネも、もう直ぐ、3 才になります。

春眠

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 3 月も最終週になりました。



 春休みの研究期間も、間もなく終わろうとしています。
 今年の春休みは、存外雑事が多く、腰を落ち着けて 「 勉強 」 する時間を、なかなか確保出来ませんでしたが、それでも、何がしかの学問的進展は、あったと思います。年々、本を読むスピードが落ち、それに伴って、読む 「 分量 」 も減ってくるのが悩みの種です。20 代の頃は、ひたすらに本や資料を読み、内容が相応に頭に入ってきたものですが、40 才を手前にする今となっては、そういうわけにもいきません。勉強に関しては、少しだけ衰えたのかなという感を持ちます。


 「 不惑 」 の年を迎えるまでに、研究そのものについて考えなければなりません。
 「 量 」 では、とても 20 代の様にはいきません。これからは、少し、「 質 」 を一義的に考えて勉強を進めてみようか ・・・ ここのところ、その様な事を考えています。










 そろそろ、新年度講義の準備をしなくてはなりません。
 また、しばらく 「 先生 」 として、教壇に登ります。何年経っても、人前で話すというのは、緊張感を伴います。毎年、此の時期は、「 先生 」 に戻って、たった 1 人教壇に立ち、好奇心旺盛な若者相手に話をする自分を想像しては、身震いする思いをします。


 そのような事を知ってか知らずか、愛犬のルネは、相変わらず昼寝に勤しんでいます。
 春眠暁をおぼえずとは、よく言ったもので、午前中は殆ど居間の専用ベッドで眠りこけています。時々、「 ぷ、ぷ、ぷ ・・・ ブヒ 〜 」 と寝息を立てて気持ち良さそうです。


 飼い主の気も知らないで・・・
 とは言っても、何だかんだと、寝顔に癒されています。


 春の眠り。
 一体、どんな夢を見ているのやら。


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