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Napoli を訪れる機会がある時は、Vesuvio を遠く望む高台に必ず登ります。
肌に纏わりつくような下町風情の匂いが充満する旧市街。
其処で日々繰り広げられる生活臭をたっぷり含んだ 「 乱痴気騒ぎ 」 を足元に、遠く
Vesuvio の異様な姿を目にする時、不思議な調和を感じます。火山特有の円錐形を成す上部が欠けているのは、もちろん、有史以来幾度と無く繰り返された激しい噴火の痕跡を示すものです。富士山の美しい円錐形を見慣れた日本人の目に、不恰好な Vesuvio の立ち姿は、些か 「 奇観 」 として映る事でしょう。しかし、Napoli の街には、この不恰好な山が背景として良く似合います。
Napoli を理解するためには、この街が否応無く背負ってきた 「 異文化支配 」 の歴史に目を向けなくてはなりません。フランス、スペイン、そしてアラブ世界と、この街を支配した異文化の影響は、多様を極める建築や装飾の特徴に目を向けるまでも無く、他の都市とは全く異なるこの街の 「 空気 」 を吸い込むだけで充分に感じ取る事が出来ると思います。異国からやって来た数え切れない程の為政者を頭上に戴く度に、この街は柔軟に、そして、時として 「 したたかに 」 異文化の香りを受け入れ、吸収してきました。明日をも知れない体制の変容を、何度も目の当たりにしてきた Napoli の風情は、何処か歪で、刹那的です。
Napoli の現在を覆う享楽的な生活臭は、為政者が変わる度に、その形を巧みに変化させてきた、この街特有の刹那的な歴史背景の名残りであるかも知れません。
そのような事を考えながら遠く眺める Vesuvio の歪な姿。
この街の背景として、美しい形をした山は、何処か不自然であるような気がします。
Napoli には、歪な Vesuvio が良く似合います。
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旅行
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イタリア旅行に関する記事です。
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旅の途中で観た、何気ない光景が、時折強く記憶に残る事があります。
記憶に残る旅の断片。
名を馳せる名所 ・ 旧跡、芸術筆致の類は言うに及びません。それは、吸い込まれそうな程の蒼を持って迫る地中海の偉容であり、街を覆うようにして立つ古寺の巨躯、或いは、その先にあるものを射抜く様な聖母画の美し過ぎる眼差しなのでしょう。誰もが訪れ、誰もが感嘆する普遍的な旅の記憶を、自らの胸の内に 1 つずつ重ねるのも飽かず興が湧くものです。
それとは対照的に、何気なく視線を寄せた名も無い 「 光景 」 もまた魅力的に感じます。
それらは、決して万人の感慨を刺激するものではありません。むしろ、誰の目にも留まらない程、有り触れた光景かも知れません。しかし、その光景は、時として名所 ・ 旧跡の類以上に、後々まで記憶に残る事があります。
ふと目に入り、自分の心に不思議と強く映じられた旅の光景。
それは、多分に個人的な心の振幅であっても、心にいつまでも残る、その人だけの大切な旅の光景です。
Toscana の田舎街 ・・・
車窓から見えた柔らかな曲線の鐘楼が気になり、思わず下車する。小さな街に寄り添うようにして立つ黄褐色の煉瓦家。鐘楼がある方に歩を向けると、程なく小さな広場に出る。
不揃いの石畳
扇形を放つ低い石階段
窓についた小紋の白いレース
テラコッタに一輪咲くバラ
そして、夜毎、小さな広場を仄かに照らすであろう街灯の何気ない装飾 ・・・
誰も振り向かない、誰も気に留めない、自分だけの旅の光景。
後々まで記憶に残るであろう大切な光景を、決して見逃さないような ・・・
その様な感性を持ちつつ旅をしたいと、いつも思います。
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ローマに景観の妙を見出すとすれば、「 三位一体 」 という言葉が浮かびます。
「 永遠の都 」 を流れゆく膨大な時間の波。
それは、果てなく押し寄せる時の流れを受けるこの街が、様々な時節を経験してきた事を意味します。凪いだ風が吹き付ける安穏を謳歌し、人の心が事物を創り出す無限の可能性に与した時代、或いは、暴力的な風雨に晒され、略奪 ・ 破壊の荒波に漂い、荒廃の限りを貪った時代 ・・・。現代の大都市ローマを歩く時、それぞれの時代に思いを巡らせるほどに、それらの痕跡が色濃く浮かび上がってきます。
ローマに流れた安穏とした時代。
「 創造 」 へと向いた人の心が生み出した建築物が、この街特有の景観として残ります。「 古代 」、「ルネサンス 」、 「 バロック 」 と、時代は異なっても、「 創造 」 という測り知れない文化発露を経たローマの 「 遺産 」 は、「 現代 」 という凪いだ風がそよぐ時代の目線で眺めるからこそ、その色合いに普遍の輝きが宿ります。
「 古代ローマの精緻 」 「 ルネサンスの爆発 」 「 バロックの遊び 」
人心荒廃した略奪 ・ 破壊の荒波が、その間にあったとしても、3 つの時代が生み出した、それぞれ異なる景観の混交に不思議と違和感が無いのは、建築力学或いは芸術思想に線的な繋がりを見出すことが出来るゆえなのかも知れません。しかし、それ以上に、ローマに繰り返し到来した、人の心に 「 創造 」 を呼び起こす時代の共通項が、それぞれの景観に脈々と流れているからなのでしょう。そして、その時代の共通項は、「 永遠の都 」 だけが経験してきた特異な 「 記憶 」 の断片です。
「 古代 」 「 ルネサンス 」 「 バロック 」 この 3 つの景観が交じり合う 「 三位一体 」 の妙が視線に入るようになった時、この街に、また新たな魅力が加わる筈です。
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樹の成す陰が南中の頃合を待って細くなると、海岸の空気は盛夏の色を密にする。
碧い海に向いた小さな教会の白い壁面に、強い日差しが季節を刻み付ける。
東方風の丸屋根と、それを模した鐘楼の静かな佇まいが、辛うじて光の直射を避けるようで目に心地良い。刻々と変わりゆく午後の日差しは、教会の白壁をどのような色合いに染めるのであろう ・・・ そう、頭の中で漠然と思いつつ、「 南 」 の穏やかな海を見る。
Amalfi の夏は、静かなほど良い。
ヴァカンスに誘われた人の嬌声が、高らかに響く波打ち際よりも、黙して語らぬ碧い姿に穏やかな心内を重ねてみる。動きのない一色刷りの海面に、時折走る小舟の白い航跡が良く似合う。背後の山肌から漂うレモン畑の薄い香りだけが、景色に添うに足る。Amalfi の夏には、何もない。そして何もいらない。
樹の陰が、再び伸び始め、午後の海岸の風情は、いよいよ極まる。
飽かず眺めた輝く海の碧さを惜しむと共に、夕刻の柔らかな日差しに変じる海の色合いにも心が動く。黄金となった夕陽が落ちる海の色合いも、きっと悪くない。
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車窓から見る田園風景に、間々、心を動かされる事があります。
「 一国の美点は、その田園風景にあり 」 とは、よく言ったものです。
A. Briggs の大仰な叙情的筆致でさえ、列車の旅に道連れとなる美しい丘陵の起伏を飽かず眺めているうちに、自然と胸に響いてきます。特に、Toscana の常緑たる丘陵地帯は、列車の窓を額縁とした一幅の絵であり、その刻々と変わる筆使いの妙は、独特の旅情を沸き立たせます。
不揃いの地平線を創る丘、多色の絵具を溶いたような低木の茂み、鋭角な影を成す糸杉の列、そして点在する低い民家の屋根 ・・・ Toscana の美しい田園風景は、その中に浮かぶ都市の煌びやかな人為的景観に決して劣る事無い、安寧たる魅力を湛えます。
一見して自己完結しているかのような小宇宙たる城壁都市の偉容でさえ、それを取り囲む田園地帯が育む自然の滋味無くしては成立しません。田園が発する自然の恵みが豊かであればある程、都市はその煌びやかさを増し、希少な文物を生み出します。Firenze、Siena、Arezzo、そして Lucca ・・・ Toscana に超然として屹立するように見える都市は、それを囲む田園風景と対を成して、その景観を保っている筈です。
そのような事を考えているうちにも、刻々と車窓に映る丘の起伏が変わっていきます。
ふと気が付くと、先刻まで本の行間に目を落としていた、正面の席に座る若い男性も窓外に目を向けています。彼も同じような事を考えているのだろうか ・・・ そう思って、私も再び静かな美しい景色を見詰めます。
景色の中に、等間隔で並ぶ糸杉の列が増える頃、次の駅が近付いてくる筈です。
There are as many varieties of setting in the countryside as there are
layers of history in the country.
・・・ A Social History of England : Asa Briggs
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