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Termini

 ローマで印象的な場所は ・・・ という問いを受ける事が少なからずあります。
 
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 ローマには、ガイドブックに載る様な観光名所が数え切れない程あり、そのそれぞれが訪れた人の心に深く残るものである事は疑いようもありません。しかし、私自身 「 ローマ ・・・ 」 という街を想起した時、頭に真先に浮かぶのが Termini 駅です。
 
 
 「 終着駅 」 という、それ自体旅情を濃くするような名を付されたローマの玄関口。
 この街に降り立つ時、先ず、この巨大な駅舎を有する Termini 駅の雑踏に入ります。遠路その足をローマへと向け、最後に、この駅のプラットホームに足跡を記し、コンコースに屯する様々な肌の色の間を抜けて駅舎を背にする。そして、一歩踏み出した足元に、あの懐かしい不揃いな石畳の感触を噛む ・・・ この瞬間、またローマに帰ってきたという感を強く心に持ちます。ローマに列車で入る全ての人間を圧倒する終着駅 Termini ・・・ その偉容に心奪われる者は、私だけではないかも知れません。
 
 
 初めてローマを訪れた時、Termini の巨躯に慄いたものでした。
 窓口や自動販売機で切符を買う事にさえ戸惑い、果てしなく続くプラットホームの列や人の群が絶え無いコンコースの雑踏に足が竦んだものです。しかし、ローマへの訪問が回数を重ねる毎に、巨躯たる駅に包まれているかのような感がし、ローマへの入り口たる安堵が心に残るようになりました。ローマを訪れる人は皆、この駅に着き、そしてこの駅から次の街へ発って行く ・・・ 「 終着駅 」 の名の通り、Termini は 旅人の旅情を掻き立てます。私にとって、この駅は、ローマを思い浮かべる際に、必ず脳裏を過ぎる大切な場所です。
 
 
 ローマの滞在を終え、次の街へ向かう列車に乗り込むその刹那。
 振り返ると、Termini 駅が物言わず見送ってくれるかの様です。「 また、いつか ・・・ 」 自然と心に浮かびます。そう、またいつか ・・・ ローマへ、否、この Termini に足を落とす事がありますように。

橋の物語

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 日々訪れる観光客の嬌声を和らげるように、Arno の穏やかな流れが Firenze と共にあります。



 驚くほど小さな旧市街を持つ Firenze に、旧所名跡は押し込まれるようにして散在します。
 少し歩けば、必ず、一度は耳目に触れた事のある寺院や美術館、そしてそれらの中に朧々として眠る彫刻や絵画群に行き当たります。煌びやかなルネサンス栄華の痕跡に酔い、或いは、その花々が発する芳香に集まった人の群に少し疲れた時、改めて、この街と共にある Arno の静かな流れに足が向く ・・・ Firenze の旅は、いつもそのようになるでしょうか。


 Arno を渡って、人の気配が少なくなる街の南岸に至る際、其処に架かる橋の列に、時折心動かされます。
 名を成す Vecchio 橋上に立つ建物の奇観は言うまでもなく、S. Croce 教会尖塔を眺める事の出来る夕景の
Grazie 橋、砂岸状に狭まった川の風情を足下にした A. Vespucci 橋、そして Michelangelo 広場の高台から見下ろす、霧雨に佇み、幾つのも傘の花を咲かせた S. Niccolo 橋の枯れた姿 ・・・ Arno に架かる橋もまた、Firenze に流れる独特な空気を醸成する大切な要素です。時を越え、数え切れない人が行き交う橋は、それと同じ数だけの色々な 「 思い 」 を、この古都に刻み付けてきた事でしょう。





 著名な Vecchio 橋の西隣に、S. Trinita という名を付せられた古ぼけた橋が物言わず架かります。
 Vecchio の奇観とは対照的に、目立つ装飾も無く、街の華やかさに比し、場違いの様に佇む S. Trinita の超然とした姿 ・・・。かつて、この橋のたもとで起こった、Dante と、その 「 永遠の恋人 」 である Beatrice との出会いの秘話を知る人は殆どいません。


 狂おしいほどの恋心で Beatrice を見詰めた Dante の胸の内。
 それを思いながら歩を進めると、変哲の無い S. Trinita 橋上の空気も、また異なる風情を帯びてきます。喜び、悲しみ、そして恋、一体、どれ程の人が、この橋を渡って、自らの 「 思い 」 を重ねてきたのでしょうか。





 Firenze が創り出してきた華やかさに重なる、幾つもの人の思い。
 この街に長い時を越えて黙々と架かる橋もまた、それらの思いが通り過ぎ、その断片が無数に残る場所です。


 Arno に架かる橋を渡る時、いつもそのような事を考えます。

駅 〜 stazione ( 改 )

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 旅先で、必ず目にする駅の光景は、時として忘れ難い。



 大きな街の駅からは、様々な方面に向けて列車が出て行き、また様々な方面から列車が到着する。
 駅は、人と人が出会い、そして別れていく場所だから、日々数え切れない 「 思いの交錯 」 がそこにあるのだろう。人間模様の重なる都会の巨大なターミナル駅には、時として心揺さぶられる場面がある。










 冬の Milano 中央駅。
 いつ来ても人が溢れるこの駅は、夜になると喧騒とした雰囲気を増し、またその雰囲気が独特の旅情を掻き立てる。次の日の切符を買うために来ても、旅情をまとう駅の空気に惹かれ、俄かにホテルに戻ることが出来なくなる。少し人込みから離れた隅の壁に寄りかかり、行き交う人を漠然と眺めてみる。列車が到着する度に、出迎えの人と笑顔で抱き合う乗客たち。そういう光景を見ていると、こちらまで笑顔が自然と顔に浮かぶ。



 反対に、列車が出発する間際の駅は、旅情も一層濃い色を帯びる。
 休日を利用して Milano に帰省した息子家族を見送ると思われる老人。笑顔の夫婦の傍らで、幼い男の子は涙を一杯浮かべて老人の脚に必死にしがみ付く。出発までもう間がないのか、母親に促されるが、なかなか離れようとしない。苦笑する老人は、男の子に諭すように言葉を掛けるが、決してその手を無理に引き離そうとはしなかった。老人と過ごした Milano での数日間は、男の子にとって忘れがたい思い出を残したのだろう。


 出発していく列車の光景は、いつも寂しく、少しだけ悲しい。





 物乞いのジプシーが、眼前に差し出した紙コップを見て、ふと我に返る。
 明日は、この駅から Firenze へ向かうのだ。自分と同じように、この駅の何処かで、行き交う人間模様を見つめている見知らぬ誰か。駅は大勢の人が行き交う場所であると同時に、その 1 人 1 人が、それぞれの役割を演じる 「 舞台 」 でもある。明日の夕刻、この 「 舞台 」 に立つ自分は、彼らの目にどのように映るのであろう・・・。


 天気予報は雨。

 雨が旅情を一層募らせ、1 つの街を出発する前に感じる、あの特有の侘びしい 「 胸騒ぎ 」 を余計に掻き立てなければ良いなと思う。

街灯

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 広場に季節らしい薄い夕陽が、足早に落ち始める頃。



 Santa Croce 教会の白い大理石も、刻々と色合いを変え始める。
 教会前の広場に佇む人の嬌声も、教会が纏う夕刻の色に気付き、潮が引くように疎らになる。やがて、広場を覆う低い空に 「 囁く 」 ような人の声だけが残るようになると、Firenze に冬の夕闇が迫るのだろう。昼間の喧騒に比して、冬の Firenze に落ちる夕刻の影は、いつも冷たく、そして侘しい。


 Arno の冷たい川風に押されて、間もなく夜が訪れる。
 足元で踏み締める石畳に映る影が、徐々に夜の色と重なる時刻。





 広場に立つ渦巻きの街灯に、灯りが間もなく点る。
 
 Firenze の冬。

 夕刻の風景。

fiori e cravatte

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 勤め先にドレスコードは皆無ですから、ネクタイは殆ど締めません。


 ただ、ネクタイを締めること自体、嫌いではないので、月に 2 〜 3 度は 「 気分転換 」 程度に楽しみます。
 シャツは 「 白もしくは白地にストライプやチェック 」、ジャケットは 「 チャコールグレーもしくはブラック系統 」 と無難なものを選んでいますから、それに合わせるネクタイの選択肢も比較的、幅が広がります。


 「 シャツ 」 が 「 カンバス 」 とすれば、「 ジャケット 」 は 「 額縁 」 に相当するでしょうか。
 「 カンバス 」 と 「 額縁 」 は決まっていますから、後は、それに合わせる 「 絵面 」 になります。幸い、手持ちにあるいずれの 「 絵 」 でも 「 カンバス 」 と 「 額縁 」 の雰囲気を、そうそう壊す心配もないので、安心して 「 描く 」 ことが出来ます。 「 画風 」 も Matisse のように Fauvist の趣味を持ち合わせていませんから、素材感のある無難な単色を選んでおけば間違いはありません。



 朝、出掛ける前に 「 たまには、ネクタイでも締めていくか 」 と、不意に思い立ちます。
 「 カンバス 」 に一筆の 「 絵 」 を描くが如くの気分で、「 今日は、久しぶりにレジメンタル、それともドット・・・ 」 と一瞬迷うのも、なかなか楽しいものです。







 イタリアでは、どの街に行っても旧市街の家の壁は、地味な石造りの単色です。

 各地方それぞれに産出される石材を使用しているため、街ごとに壁の色合いが自然と統一され、全体として、ある種の 「 趣き 」 を醸し出すのに一役買っているようです。北部では 「 少し濃いクリーム 」、中部は 「 黒ずんだレンガ色 」、そして南部は 「 輝くような白色 」といったところが、その典型であるのでしょう。

 1 つの街を訪れたら、旧市街の壁の色に着目しても歩くのも面白いと思います。



 しかし、実際、其処に暮らす人の目には、同じ色合いの街というのも、些か味気なく映るに違いありません。

 旧市街特有の 「 保存条例 」 の類に縛られているとはいえ、中世の抑圧された時代ならいざ知らず、現代は個人主義も並行して認知される筈ですから、壁を飾る各家の工夫も生活の潤いをもたらす大きな要素になるでしょう。とはいえ、特殊な場合を除き、壁面に 「 俗な絵 」 を文字通り描くのも趣味が良いとは思えません。第一、それでは旧市街の街並みを 「 保存 」 するという一義的な目的を達成することが出来ません。



 種々の制約下で、自らの家に独自の 「 色 」 的発露を見出すためには、やはり 「 花 」 の彩が最適です。

 「 花 」 を一鉢飾るだけで、画一的な色の壁面に華やかな彩が生まれます。
 各家それぞれ工夫して、鉢植えの 「 花 」 を飾っているので感心します。幸い、どの街の壁面も 「 単色 」 に統一されていますから 「 花 」 の色は実によく映えます。壁面の色に合った、季節の 「 花 」 を飾る楽しみもまた、旧市街に生活する上で日常的な楽しみなのでしょう。


 「 カンバス 」 である単色の 「 壁 」に、どんな 「 絵 」 を描くのか ・・・
 何気ないことだが、実に豊かな生活の彩りであると思います。




 朝、たまにはネクタイでもしていこうか ・・・ と思う時、そのような事が頭に浮かびます。


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