イタリア Lezione

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イタリア旅行に関する記事です。
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朝靄

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 少し早起きをして、ホテルの部屋を出る。



 凛として冷え込む Venezia の朝。
 観光客の波も凪ぎ、人影も疎らになる Venezia から、さらに 「 疎ら 」 をも取り去った風景を観るには、早朝が良い。Canal Grande を渡って吹く冷たい風が頬に痛く刺さるほどに、人の気配は薄くなり、対照的に街の姿だけが浮かんで眼に入る。



 水面に直接浮かんで並ぶ建物の列。
 それぞれに歪み、互いに支え合うようにして立つ特異な街並みに、改めて Venezia を思う。冷たい風に押された建物が、朝靄の中で身震いし、倒れそうに見える錯覚もまた、この街だけが持つ魅力の 1 つなのだろう。


 風で立った波が岸辺に当たる音、それだけが早朝の街に似合う。




 水上バスの行き交う音が川面に響き、静寂が霧散するのを潮に、人声が街に蘇る。
 冬の Venezia が 「 都市 」 として目覚める時刻になった。


 真冬の朝。
 目覚める前に観る Venezia のもうひとつの風景。

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 ローマに、今年も年の瀬が迫ります。



 ローマをゆく年、そして、ローマに来る年。
 時間の流れが特異な街では、「 年の瀬 」 という時として慌しい響きを持つ言葉は、不釣合いかも知れません。「 今年も ・・・ 」 という文言に、少し違和感を感じる程、ローマは当たり前の様に、また 1 つ、年を重ねます。クリスマスが過ぎ、新しい年が明けようかという、一連の 「 年中行事 」 も、この街が持つ膨大な時間の蓄積の前では、刹那な出来事で、そこに 「 特別 」 な思いを重ねるのは、むしろ人の心の振幅が大きいと言えるでしょう。


 低く垂れ込めた雲の隙間から、時折、細い光の筋が、年の瀬のローマに差し込みます。
 如何にも季節らしい、薄い光の中、街を行き来する人の姿を消し去ってみます。Colosseo、Foro Romano、S.M.
Maggiore、Pantheon、Circo Massimo、そして、Tevere の穏やかな流れ、所々欠けた石畳の列。この街に、「 永遠 」 という冠を被せる、こうした 1 つ 1 つの遺構は、人が作り出す、忙しない年の瀬の空気に決して馴染むことなく、超然として長い沈黙を保ちます。想像も出来ないくらい、幾重にも渡る星霜を、その表面に刻み付けてきた遺構の群れは、平然と、新たな歳月の断片を受け入れるようです。ローマから人の気配を消し去るならば、「 今年の年の瀬 」 もまた、「 永遠 」 の静かな波に飲み込まれて行くのでしょう。





 石畳を蹴る人の靴音に、ふと我に返ります。
 「 永遠 」 の街は、現代の大都市でもあります。多くの人が住み、また行き過ぎるローマでは、それと同じ数だけの、「 年の瀬 」 があるのでしょう。1 人 1 人にとって特別な 「 年の瀬 」 は、「 永遠 」 とは異なる時間の流れを作り、或いは、現代の街であるローマの言い知れぬ空気を作ります。その空気は、喜び、悲しみ、そして時には、その両方が混ざり合ったものでもあります。そうした人の思いが作り出す、大都市特有の melancholic な雰囲気も決して悪くはありません。人が作り出す、現代の都市としての慌しい時間と、人の背後で静かに流れる時間。
「 年の瀬 」 のローマでは、2 つの時間の対照が色濃く浮き出ます。


 ローマに、「 また 1 つ 」 と、自分の時間を委ねてみます。
 この街の 「 年の瀬 」 は、「 永遠 」 の時間に、人の思いを 1 つずつ重ねる時節です。



 良い年をお迎え下さい。



 naoki

 ローマにて。

途中下車

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 Firenze までの乗車券を握り締め、Assisi を発つ。



 reggionale と名が付いた各駅列車の旅。
 時折小さく揺れる古びた客車に、他に道連れはなく、ただ窓外の景色を眺める。遠く広がる丘陵も、Umbria から Toscana のそれに変わる頃、心なし色合いも変わるように思う。深まる季節の 「 色 」 は、真先に田舎の丘陵を染め始める。


 飽かず眺める季節の 「 色 」 に、少なからず興が湧く。
 列車の揺れに身を任せているうちに、見慣れた Firenze の赤茶けた街並みが、少しずつ頭の中で遠くなり始める。





 reggionale が、また 1 つ名も無い駅に着いた。
 少し逡巡し、思い立って列車を降りる。小さな駅舎の前から出るバスに乗り、reggionale の車窓から見た小高い丘の上へ。季節の 「 色 」 が、眼に一層近くなる。





 丘の下に広がる景色は、季節特有の色合いを纏い、旅情を濃くした。
 各駅列車の旅で、ふと見つけた忘れ難い景色。


 Toscana の秋。

 何もない秋。

a sud

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 さざ波の様に重なり合う澱が心に満ちた時は、海を見るに限る。



 日常の深い 「 疲労感 」 を纏ったまま Roma に着き、次の行き先を思案する。
 列車で北へ向かえば、久しく訪れていない Milano の雑踏、途中で降りれば、いつもの赤茶けた Firenze の街並みを見ることが出来る。しかし ・・・。


 「 都会 」 で幾重にも羽織った日常の 「 疲労感 」 は、同じ匂いのする Milano や Firenze で癒されることはないだろう。湧いて出る人波を掻き分けて泳ぐ旅の 「 重さ 」 を背負い込むには、相当の気力が必要だ。今は気力を振り絞る時ではなく、気力を充実させる旅をしてみたい。





 ふと海が見たいと思った。


 南に向かって、「 穏やかな海 」 が見たいと思った。
 思いつくまま列車に乗り込み、Napoli に向かう。そして、Sorrento へ。海岸線をゆっくり走るバスの車窓から、漸く 「 穏やかな海 」 が見えた。


 何かに惹かれるようにして辿り着いた Positano の海。
 明日も明後日も、そしてその次の日も、何もせずに此処で海を見ながら過ごしていたい ・・・ そう思うだけで日常から抜け出すことが出来るような気がする。



 南の 「 穏やかな海 」 は、疲れた 「 心 」 に優しい。

file di case

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 独特の色合いを持つ家壁の列に惹かれて、ふとバスを降りてみる。



 名前も知らない Toscana の小さな街。


 家の壁に積まれた石材の褪と漆喰の欠け具合から、長い風雪に自然と思いが及ぶ。
 石材の赤茶は、本来の色であるのか、或いは、相応の風雪が成した跡であるのか判然としないが、古い家々に、重ねた年月の 「 滋味 」 を与える。人影疎らな、小さな街の静かな午後、こうした家並を眺めて歩くのも、そう悪くはない。



 「 気に入った 」 一軒の前で足を止め、其処に住む人の心内を頭に浮かべる。
 「 家の外観に各々の個性有 」 とは言葉の妙手で、同じような色合いを持つ家壁の街にも、住人それぞれの 「 思い入れ 」 を伺う事が出来て嬉しい。窓ガラスの木枠、階段途上に並べられた terracotta の鉢、手摺に巻きついた蔓草の緑、そして、銀色の渦装飾の付いた単身のランプ ・・・ こうした 1 つ 1 つを選んだ住人の 「 思い入れ 」 と、ふと目に付いて立ち止まった自らの心情が重なるような気がして、変哲のない小さな街の散策も、存外、旅の記憶の底に深く沈むように感じる。



 何もない小さな街の家並。
 旅先では、時として、こうした 「 欠片 」 の様な旅情が記憶に残る事がある。それは、見逃してしまうような旅の風景の中に、「 人の心内 」 を見出した刹那に響く心の振幅が、思う以上に大きいからなのかも知れない。何処であっても、家は、住む人の 「 思い入れ 」 が、幾つも重なり合って出来たものだから。





 夕刻、1 つだけ設えられたランプに、どのような柔らかな光が灯るのだろう。

 そう想いながら、次のバスに乗った。


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