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ベネチア・アカデミア美術館にジョルジョーネの『嵐』(La Tempesta)という作品がある。
画面中央奥で光る雷鳴に、これからやって来るであろう嵐が予感される。低く垂れ込めた不吉な黒雲を背景に、画面手前には奇妙な衣装を着た1人の若者と乳飲み子を抱えた美しい女性が描かれている。
中世からルネサンス期までの絵画は特にそうであるが、画面上に描かれた動植物や道具などの事物を元に、作品のテーマを類推するいわゆる「図像解釈」が試みられる。つまり、画面上にある事物は全て約束事が決まった記号であり、その記号を手掛かりにして画家の作品に込めた意図を解釈するということである。
聖書や神話をテーマにした作品であれば何ら解釈の必要もなく判然とするが、寓話的な「愛」、「貞節」、「従順」、「死」などのテーマは、図象学的知識がないと、充分に読み取ることは出来ない。
(というのは、専門家の見方であって、「何となく好き」「何となく嫌い」の観点で自由に楽しむのが最も大切なことだと個人的には思う。)
しかし、この図像学的観点から見ても、解釈困難であるのが、この作品である。一体、何のテーマを描いているのか、いまだに専門家間でも議論を呼んでいる作品だ。アダムとイヴ、聖人の誕生場面、錬金術等のテーマを読み取ろうとする研究者がいる反面、「貞節」、「死」等の寓話的シンボルを画中に求める者もいる。
1つ分かっているのは、X線写真による調査では、現在、若者がいる部分には、元々裸婦が描かれていたということである。また、従来から言われているように、元来が1枚の絵ではなく、異なる時代に異なる画家が描き重ねて完成されたという説も重視されている。
作者のジョルジョーネも謎の多い画家で、生年がはっきりとせず、1476年頃の生まれとされ、30代半ばで没したと言われている。上記のように、異なる画家の合作という説を唱える研究者の中には、そもそも「ジョルジョーネ」なる画家の存在すら否定する者もいる。
作品、そして画家自身も研究者によって重箱の隅をつつく様に細部に至るまで研究されている事例が多くある。しかし、この作品、さらにジョルジョーネのようにいまだ多くの謎を残しているものもある。
研究者の立場を離れ、一美術愛好家としてこの絵を楽しみたいと思う。図像学や人文主義思想とは、しばしの間別れ、今日はこの絵の中から何を自由に読み取ろうか・・・。
最近多い雨の日の楽しみだ。
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