イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

芸術

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Ophelia

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 Frailty, thy name is woman !

 「 弱きもの、汝の名は女なり ! 」



 余りにも有名な Hamlet による独白の一部です。
 しかし、この言葉が、どのような context の中で発せられるのか、それ程良く知られてはいないかも知れません。この如何にも不穏当な科白は、些か大仰で、偽悪家、そして narcist の典型である Hamlet が、自らの母親に向けて発したものです。あれ程、父を愛していた筈の母親が、父の死後、余りにも早く、しかも父とは似ても似つかない野卑な叔父と 「 わけあり 」 結婚した事に激高した Hamlet は、ついぞ、この言葉を吐いてしまいます。


 
 「 弱きもの ・・・ 」 というのは、それだけ取り出してみると確かに不穏当な言葉です。
 以前、この科白は、feminism の方面から、格好の標的となり、穿った Shakespeare 研究に勢いを与えた事もありましたが、勿論、全く浅薄な考え方です。言うまでもなく、この 「 弱さ 」 は、必ずしも女性を指しているわけではありません。Shakespeare は、『 The Merry Wives of Windsor 』 の中で、Falstaff に “ Bid her think what a
man is. Let her consider his frailty. ” と言わせ、男性の 「 弱さ 」 に言及しています。もっとも、Frailty, thy
name is woman. という表現は、明らかに 『 マタイ伝 』 26 - 41 の “ The flesh is weak. ” を念頭に置いているもので、Hamlet が嘆いているのも、人間が肉体にまつわる宿命として背負っている 「 弱さ 」 の事です。





 『 Hamlet 』 の登場人物で、最も印象に残るのは、Ophelia です。
 この余りにも悲劇的な劇作に、思わず顔をしかめたとしても、Ophelia の清純、純真な存在感に惹かれる方は多いと思います。自分の父親の死と Hamlet との別れに、半狂乱の姿態を晒しても、Ophelia の無垢な心に唯一の救いがあるような気がします。劇中では、想像以上に登場シーンが少ない Ophelia ですが、それ故、この作品に打ち込まれた良心の 「 くさび 」 として、彼女に思いを寄せる女性も少なからずいらっしゃると思います。


 London の Tate Britain に Ophelia を描いた J. E. Millais の有名な絵があります。
 心乱れて絶望した Ophelia が溺死する場面を描いたもので、日本でも良く知られています。溺死という場面であるにもかかわらず、画中には、不思議と凄惨な匂いが感じられません。むしろ、無垢な女性が死を迎える刹那、花がひとひら散る際に特有の、儚い 「 美しさ 」 が漂うようにも思えます。Ophelia をモチーフにして描かれた絵は、19 世紀以降だけでも、星の数ほどある筈ですが、私の知る限り、Millais の Ophelia が、最も 「 美しい 」 と思います。


 沢山の 「 弱さ 」 が交錯する 「 悲劇 」 の中に咲いた一輪の美しい花。
 Tate Britain に静かに佇む Ophelia に会えば、その花がもつ美しさの理由が分ります。







“ Get thee to a nunnery : why wouldst thou be a breeder of sinners ? We are arrant knaves, all. ”

・・・ Hamlet, 3. 1. 124 - 31 : William Shakespeare

Grande Galerie

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 前記事の 「 続編 」 になります。



 「 廃墟 」 として描かれていたのは、Louvre 美術館の Grande Galerie です。
 この絵の制作は 1796 年です。Louvre 美術館の開館は、フランス革命成就只中の 1793 年ですから、Robert は、想像上の 「 廃墟 」 である Louvre を描いたのでしょう。


 面白い事に、Robert は、美術館として開館した Louvre の Grande Galerie も描いています。
 「 廃墟画 」 と比べてみると、一層味わい深いと思います。

廃墟

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 造形絵画の中に 「 廃墟画 」 というジャンルがあります。



 廃墟画は、文字通り、「 廃墟 」 を描いた絵画作品です。
 多くは、古代ローマの遺跡をモチーフにしたものですが、私は何故か、この 「 廃墟画 」 を好みます。「 廃墟画は、それまでの古典主義に見られる教条的な哲学的原理主義から解放された、ロマン主義特有の思想が ・・・ 」 等と、講義で行う如何にも 「 難しそうな 」 理屈はともかく、静かな味わいを持つ 「 一幅 」 として眺めると、「 廃墟 」 は、実に趣きがあります。


 「 廃墟 」 に漂う、独特の美学。
 「 盛者必衰 」 とは、よく言ったもので、絶頂を極めた文化が長い時間の経過と共に、ゆっくりと朽ちてゆく様は、あたかも人の一生にも似て、何かしらの感慨を去来させます。抗い難い圧倒的な時間の流れ ・・・ 其処に起こる徒然の事象を 「 歴史 」 と呼んで振り返り、想像を膨らませる ・・・ 廃墟画を前にすると、そのように静かな思索に耽る事が出来るのでしょう。廃墟画は、日本人の琴線にも触れる一種の 「 はかなさ 」 をも想起させるのかも知れません。




 Hubert Robert といえば、「 廃墟画 」 の画家です。
 多くの古代遺跡をテーマにした彼の風景画群は、Romantisme という象徴的な言葉でのみ表す事が出来る、
18 世紀フランスロマン主義の典型です。私は、Robert の描く 「 廃墟 」 が大好きです。幸いにも上野の国立西洋美術館に彼の 「 ローマ遺跡 」 が 2 つ所蔵されているので、頻繁に観に行きます。殆ど足を止める人の居ない Robert の 「 ローマ遺跡 」 の前で、廃墟の魅力に静かに浸る ・・・ 静かな 「 絵画鑑賞 」 を希望される方に、お薦めしたい作品だと思います。


 この記事の最上段に載せてある 「 廃墟 」 は、Robert の最も有名な作品です。
 この絵に描かれている 「 廃墟 」 は、現在、フランスで最も有名な観光地の 1 つに 「 蘇り 」 ました。
 (さて、何処でしょう ? )


 「 一体、何処なのだろう ・・・ 」
 
 想像を膨らませて眺めるのも 「 廃墟画 」 の楽しみ方の 1 つです。

alienation

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 先日、宴席が長引き、深夜に帰宅しました。



 その帰り道の事です。
 最終電車が自宅最寄の駅に停まり、疎らになった乗客を吐き出します。駅前の広場から伸びる、既に薄暗くなった商店街を進んでいくと、駅から道連れの乗客達は、辻々で思い思いの方角へ折れて行きます。やがて、私の周りに、道連れの人が立てる足音が止みました。人気の無くなった薄暗い商店街を歩くうちに、私は、少々、空腹である事に気が付きました。商店街を見回すと、シャッターの折り重なる一角に、一軒だけぽつねんと灯りを見つけました。見慣れた深夜営業の 「 軽食 」 のチェーン店です。私は、少しだけ迷ってから、店に入りました。


 食券機で 「 きつねうどん 」 を買い、U 字型になったカウンターの一席に座ります。
 反対側のカウンターに、会社員風の男性が 1 人、黙々と丼を掻き込んでいます。店員は、厨房に 1 人、食器を差配するフロア係が 1 人。不釣合いに明るい店内に居る人間は、私を含めて 4 人です。フロア係は、程なくして、「 きつねうどん 」 を私の前に置きました。


 私も、反対側の男性に倣って、黙ってうどんを啜ります。
 店員の 2 人は、互いに全く言葉を交わしません。浅黒い肌で、名札にそれと分る名前が書かれた外国人のフロア係は、虚ろな目で誰も通らなくなった暗い店外を見つめています。深夜の店内に、それぞれ微妙な距離を保ちながら自分の位置を占める人間は、声も無く、この時間をただ遣り過ごしているという感です。小さな音で流れる店内の軽妙な BGM も、余計に 4 人が醸し出す奇妙な静寂を強調するかのようです。


 何処と無く居心地の悪さを感じながら、私は、箸を動かしました。
 やがて、先客の男性が、食べ終わったのか、何も言わずに店を出て行きます。肌の浅黒い店員は、これも無言で男性の食器を片付けます。


 店内に充満する、深夜の静寂。
 遣る瀬無い空腹を満たすだけの食事。
 そして、私を含めた店内の人間の間に流れる余りにも希薄な空気 ・・・


 私は、Edward Hopper の 『 Nighthawks 』 を頭に浮かべました。







 Hopper の絵には、不思議な魅力があります。

 都会の街路、オフィス、劇場、ガソリンスタンド、灯台、田舎家 ・・・ 彼の描く単純な筆致は、アメリカ人であれば誰しもが日常的に見る 「 風景 」 の断片を描き出します。単純化された構図や色彩は、単純であるが故に人の目を惹き付けます。そして、切り取られた一瞬の日常風景の中に、人は不思議な程、「 何か 」 を感じ取ります。


 『 Nighthawks 』 は、Hopper の代表作の 1 つでしょう。
 Manhattan にある、深夜の Diner に見られる一瞬を描いた絵です。Diner とは、dine の派生語です。アメリカに滞在された事のある方は、ご承知の通り、どのような小さな街にでもある 「 簡易食堂 」 を指す言葉です。多くは、24 時間営業で、ハンバーガーやサンドウィッチ等の軽食、或いは、簡単な定食を安価な値段で供します。調理場を囲むカウンター席と、幾つかのボックス席が置かれるというのが一般的な 「 店構え 」 でしょうか。


 『 Nighthawks 』 に描かれた深夜の Diner ・・・
 男は濃いブルーのシャツに黒のネクタイ。女は朱色のドレスで赤みがかかった金髪。俯きながら黙して食事をする男性の客。そして洗い物をする初老の店員。Raymond Chandler の小説を思い起こさせるような 「 乾いた 」 空気感は、単純なこの絵に、「 絵 」 以外の 「 何か 」 を与えているかのようです。暗くなった深夜の Manhattan で、ぽつりと灯る diner の明り。その中の断片に、一体、どれ程 Metropolitan 特有の人間が織り成す物語があるのでしょう。思わず、そう考えてしまいそうな不思議な絵です。


 店内の 4 人は、互いに言葉を交わしているように見えません。
 後姿の男性客と店員は勿論、隣り合った男女の視線が交わる事もありません。深夜の Diner で、目線を合わさず沈黙する男女の間に、どのような背景があるのか ・・・ それは、想像するしかありません。しかし、不思議な 「 静寂 」 をも感じる深い 「 寂寥感 」 は、都会独特の乾いた空気と共に、この絵に言いようも無い 「 何か 」 を与えます。


 絵画造形に見られる、このような 「 寂寥感 」 の多くを、美術史の専門家は alienation ( 疎外感 ) という言葉で表現します。食事は家族や友人と共に食べる楽しさを分かち合う場。しかし、4 人の人物は、全員、砂粒のようにバラバラな存在です。着飾った男女は、Manhattan の一隅で、底無しの虚しさに沈んでいるかのようです。
Manhattan という経済的な豊かさを背景にした 「 人間疎外 」 という皮肉。抑制の効いた画像表現を通して、画家の人間模様に対する鋭い観察眼が浮き彫りになります。








 食べ終わり、私は無言で店の外に出ます。

 私が、深夜の店内で感じた、妙に居心地の悪いような息苦しさは、Hopper の描いた alienation の類だったのでしょうか。家までの帰り道、そのような事を漠然と考えながら、深夜の商店街を歩きました。

音楽の都

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 いわゆる 「 Venezia 派 」 と言えば、第一感、「 絵画 」 が想起されると思います。



 Venezia が文化の成熟を迎える 16 世紀。
 其処に現れた絵画の群像は、枚挙に暇がありません。絵画の方面に詳しい方でなくとも、Giorgione,
Tintoretto, Tiziano 等の名前を時折、耳にされると思います。Venezia に限らず、ルネサンスの豊潤をまともに直射された世紀において、絵画の領域が、爆発的に傑作を次々と生み出していったのは、ご承知の通りです。





 それに比し、同じ芸術領域である筈の 「 音楽 」 に関しては、さほど知られる所ではありません。
 絵画同様、16 世紀の欧州音楽文化は、地域的に見ても爆発的な膨張期に入ります。スペインでは、後のバロック期に繋がる宮廷舞踏楽が生まれ、イギリスでは、Gibbons や Dowland らの virginal 音楽が花開き、ドイツに至っては、Chorale の響きを持った民謡が広く伝播しました。しかし、西洋音楽にご興味のある方は、ご案内の通り、後の 「 音楽史 」 を概観する上で最も重要な発展を遂げたのは、イタリア音楽でありましょう。


 中世からルネサンス前期に至るまで、欧州音楽の主要な 「 歴史 」 は、フランドル楽派を含むフランスで作られました。しかし、16 世紀になると、欧州における 「 音楽史 」 の主導権は、イタリア及びイタリア人の作曲家に移ります。これ以降、バロック期に至るまで、イタリアは欧州音楽の中心であったといっても良いでしょう。


 15 世紀を代表する無伴奏宗教合唱曲の伝統は、16 世紀にイタリア人に引き継がれます。
 Palestrina 等、カトリックによる教会音楽の基礎を築き、対位法の規範として、後々まで影響を及ぼす作曲技法を生み出した作曲家達の功績は、音楽史の中で大きな光を放ち続けます。しかし、特筆すべきは、この時代に 「 Venezia 楽派 」 と呼ばれる独特の音楽が開花した事でしょう。


 「 Venezia 楽派 」 の仕事振りは、Giovanni Gabrieli の名によって止めを刺されます。
 Gabrieli の金管合奏曲は、現在でもブラスバンドで演奏されますから、ご存知の方もおられると思います。
Gabrieli を代表とする 「 Venezia 楽派 」 が生み出した独特の音楽で最も有名なのは 「 echo 効果 」 です。


 Venezia に 東方的な金色のモザイクを模す事で名を知られる San Marco 寺院があります。
 「 Venezia 楽派 」 による曲の多くが、この教会で上演される事を目的として作られました。実際に足を踏み入れた事のある方はご存知の通り、この寺院は、オルガン台と合唱隊席が 2 つ設けられています。普通、教会には、オルガン台と合唱隊席は、1 組のみしか設置されていませんから、極めて異例です。Gabrieli ら、「 Venezia 楽派 」 の作曲家達は、別の場所に置かれた 2 つの合唱が、互いに echo の様に響き合う効果を早くから発見し、実践していたと思われます。それまでの 「 モノラル 」 音楽には無かった 「 ステレオ 」 効果が、大きな驚きをもって受け入れられた事は想像に難くありませんし、この後、彼らの先鞭は、教会音楽に限らず、欧州における音楽技法 ・ 作曲技法に、幅広く多大なる影響を与えた事でしょう。現代でこそ、Mahler の 『 交響曲第 2 番 』 の様に、客席などに音源の一部を配す手法は一般的になりましたが、その 「 源流 」 が、Gabrieli を中心とする
「 Venezia 楽派 」、そして San Marco 寺院に遡る事が出来るとは、意外性と共に、驚くばかりです。





 焦点が当たる事は余りありませんが、Venezia は 「 音楽の都 」 であると、個人的には思います。
 Gabrieli らの 「 Venezia 楽派 」 は、もちろんの事、長きに渡り、欧州における偉大な音楽家達に何かしらの
inspiration を与え続けた街である Venezia という輝き ・・・



 欧州で初めてオペラ劇場が創られた街。

 Vivaldi が生まれ、Rossini や Verdi の才能を最初に認めた街。

 Offenbach や Mendelssohn の名曲が生まれた街。

 Wagner が没し、Stravinsky が自ら望んで葬られた街、Venezia ・・・



 「 絵画 」 と並んで、「 音楽 」 の街として、Venezia を眺めると、また異なる風景が、張り巡らされた水路の水面に、静かに浮かんでくるようです。


 Venezia にお出掛けの際は、San Marco 寺院 に設けられた 2 つの合唱隊席をご覧になり、知られざる欧州 「 音楽史 」 の一端に、想像を巡らせるのも一興だと思います。


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