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風景画に、心動かされる事があります。
難しい事は、いざしらず、私にとって風景画の魅力は、やはり 「 癒し 」 であると思います。
仕事で時折、少々 「 挑戦的な 」 絵画作品を見る機会がありますが、個人的趣味の観点から 「 好き・嫌い 」 を問われると、いささか逡巡します。奇抜が故に頭を使って理屈を考えなければならない造形対象は、正直、「 面倒くさい 」 と思う事は確かです。少なくとも、疲れている時に、難しい小理屈を付けて、その存在意義を見出さなければならない作品に付き合うのは、苦痛とまでは言わないまでも、進んで眼前に置くには、かなりの労力を要する事と言えなくもありません。そう考えると、眼にも心にも優しい風景画は、一義的に 「 癒し 」 を求める事が出来る造形対象です。
19 世紀のイギリスと言えば、風景画の黄金期です。
「 自然に還れ 」 を合言葉とした「 ロマン主義 」 の潮流は、人間の眼に再び野山の美しさを映し出しました。
W. Wordsworth や S. Coleridge を頂点に戴く詩壇の魔術師達は、ペンから溢れ出る泉の流れで 「 自然美 」 を謡いあげました。彼らが用いる韻律の妙は、湖水地方の冷涼な風であれ、西部の海岸に打ち付ける荒々しい波であれ、遙か遠いイギリスの 「 自然 」 を想起させるに充分な魅力を湛えます。
ロマン主義が、絵画の世界に J. Constable を生み出したのは、全くの幸運です。
画家その人自身、もはや、風景画の icon とも言うべき、巨人 Constable は、W. Turner と並んで、その余りにも大きな足跡を、此の領域に刻んでいます。Constable の自然、否、田舎の風景には、その確かな筆致と対照的に、誰もが持つ、何処か 「 懐かしい 」 心情が含まれていると思います。
日常とは異なる 「 自然の(田舎の) 」 風景。
それを観て、「 癒し 」 を感じるのは、実に面白い心の振幅ですが、ロマン主義以来、自然の風景は、人間が否応無く求める、先天的な 「 心の風景 」 なのかも知れません。そして、Constable の絵は、「 心の風景 」 そのものです。
少し疲れた時に、「 自然に還る 」 のも悪くありません。
雨が降る週末など、 Constable が観たいなと、時折思います。
I wandered lonely as a cloud
That floats on high o'er vales and hills,
When all at once I saw a crowd,
A host of golden daffodils,
Beside the lake, beneath the trees,
Fluttering and dancing in the breeze.
The Daffodils : William Wordsworth
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