イタリア Lezione

主にイタリアに関する読み物です。

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「食」はイタリアを語る上で、重要なキーワードです。
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「甘い」チーズ

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 以前、知人の男性に誘われて、都内のあるイタリアンレストランに行ったことがある。


 男同士でイタリアンに行くのもちょっと・・・と些か躊躇したが、「仕事の打ち合わせ」という名目以上に、「今日はおごりですから」という一言に心が動き、「目いっぱい食べてやろ」という品のない目的を密かに抱きつつも付いて行った。


 入ったレストランは、ワインとチーズの品揃えを売りにしている店で、さほど畏まった雰囲気ではなかった。
 知人曰く「ここはワインはもちろん、珍しいチーズがたくさんある」との事だが、もちろんイタリアン・チーズなるものに関して知識の習得に励んだ経験はないから、メニューを見ても、その品揃えの豊富さに感嘆することはあっても、何がどういう類のチーズであるのか一向に要領を得なかった。


 わざわざ「チーズが売り」の店に連れてきたのだから、「素人」に美味しいものを紹介し、感激させてやろうという親切?な意図だったのであろう。知人の並々ならぬ意気込みが伝わってきたが、正直余り興味はなかった。しかし、ここで敢えて「チーズ抜き」の晩餐を卓上に並べるという暴挙に出れば、知人を落胆させるのはおろか、その後の人間関係にも悪影響を及ぼしかねない事を瞬時に悟ったので、「わ〜こんなにチーズの種類があるなんて珍しいですね。でもよく分からないので、選ぶのはお任せします。」と気を遣った。


 知人は「我が意を得たり」という風に、2〜3種類のチーズを注文した。
 「これは、珍しいものだけど、美味しいから食べてみて」と勧められるままに、黄色味がかかった柔らかい一片を口に運ぶと、何とも言えない妙な味がする。暫く噛んでいると、口全体に強烈な臭みが広がった。感想を求められたが、やはり場の「空気」を考えて「お、美味しいです」と答えると、自らの注文に間違いがなかったと思ったらしく、知人は満足げに頷いた。


 名前を覚える気力もなかったので、いわゆる「ブルーチーズ」の類であったのか否か、今となっては定かではないが、「イタリアの珍しいチーズ」=「強烈な臭み」=「延々と続く知人のうんちく」という図式だけは頭に残った。








 イタリアのチーズに関しては、パルミジャーノ・レッジャーノやモッツァレラ、ペコリーノ等の「有名どころ」は知っている。しかし、概してマスカルポーネやリコッタなど、比較的「甘系」のチーズが好きだ。マスカルポーネはティラミスに、リコッタはスフォリアテッレやカンノーロにと、いわゆる「お菓子」になるチーズだ。この種のチーズは、「女性的な優しい」口当たりであるから、構えて気張らずに安心して食べる事が出来る。


 イタリアのスーパーで、色々なチーズがゴロゴロと積まれている売り場をよく見掛ける。
 見る分には楽しいが、買って食べてみようとまで思ったことはない。ただ、食わず嫌いでは自らの舌の機能を衰えさせるばかりだから、ここは少し勉強して、ワインのお供になるお気に入りのチーズを探してみたい。少なくとも、知人の「うんちく」に合いの手を入れることが出来るくらいにはなっておこうか・・・。





 自分が「甘系」のチーズを好む理由は分かっている。

 
 件の「臭みのあるチーズ」も知人と一緒でなければ、「甘い」と思ったに違いない・・・。

Gallo Nero

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 ワインは余り詳しくない。


 イタリアワインに限れば、知識は皆無と言って良い程だ。
 もちろん「赤」と「白」の相違ぐらいは分かるが、「産地」がどうの、「畑」が何やらと言われても今一つピンと来ない。ワインに関する「知識」は、レストランに行った際、プロフェッショナルなソムリエに教えを請えば良い事だ。自宅でワインを楽しむという「趣味」を持てば話は別だが、基本的にワインは「外で飲むもの」という観念があるので、レストランに行く時は、全くの「丸腰」である。敢えて自らの脳ミソの容量をワイン「知識」に割り当てる必要もないと感じるから、信頼出来るソムリエに勧められたものを「美味しく」飲むことで満足している。





 だが、そうは言っても「社交」の範囲で何がしかのワインを知っていることも「大人の嗜み」だ。
 フォーマルな会食で「何を飲みますか?」と全面的に選択権を委ねられた際に、「いやいや、どうもイタリアワインには疎くて。全然分かりませんねえ・・・。」というのも無粋だから、何か1つくらいは「芸」を身に付けておきたい。


 その意味で、イタリアワインの「赤」で唯一、昔から飲み続けているのが Chianti Classico だ。
 初めてフィレンツェに行った時に、トラットリアで「ハウスワインではなく、何か銘柄のものを・・・」と注文し、勧められて以来、気に入って愛飲している。Chianti も良いが、トスカーナらしい野趣溢れる素朴さが Classico にはある。イタリアワインを紹介する本に「スミレの香りが漂う・・・」という表現を頻繁に見掛けるが、Chianti Classico には、それがよく当てはまると思う。


 もちろん、Chianti Classico にも雑多な種類があって、新しいものを見掛ける度に試している。
 今、気に入っているのは Carobbio だ。86年に創業した新しい蔵元で、革新的なワイン造りを旨とすることで定評を得ているが、Chianti Classico の素朴さを踏襲しつつも、喉越しが柔らかく、「赤」とは思えない程、飲みやすい。生産量が少ないにも関わらず、安価であるのも嬉しい。日本のレストランで Carobbio を置いている店は、そう多くはないと思うが、見掛けたら試す価値はあると思う。







 都内で、Chianti Classico, Carobbio を、常にそのワインリストに載せている店を1件知っている。
 小さいが、静かで小奇麗な店・・・。「Carobbio をお願いします。」と言うと、何もかも心得た女性ソムリエが嬉しそうに微笑む。

 暫くご無沙汰だけれど、また行ってみたいなあ・・・。

 1人で Carobbio を楽しむのも詰まらないから、まずは「デート」してくれる女性を探さなくては・・・。

 イタリアワインを「楽しむ」のも、なかなか道は険しい。

ポリポリ

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 大人になるまで、「ポッキー」(プリッツ?)なるものを食べたことがなかった。


 もうかなり前のことだが、「初ポッキー」は人から貰って食べた。
 2時限目の講義を終え、研究室へ引き上げるために教卓上のテキストやらプリントやらを片付けていると、前列の座席に陣取っていた5〜6人の女子学生が一斉に「ポッキー」をポリポリとかじり出した。昼食の時間であるにも関わらず、お菓子?と不思議に思い聞いてみると、彼女達は「私達、ポッキーとパンがお昼なんです。」と言ってすました顔をしている。現代における食生活の荒廃もここに極まれり・・・。呆れて絶句していると、1人が「先生も食べますか?」と無邪気な笑顔で他の学生から1本ずつ「徴収」し、ティッシュに包んで手渡してくれた。


 小さい頃から間食の習慣がなかったで、いわゆる「お菓子」の類には疎く、ポッキーもその時初めて食べた。
 研究室に戻って「何だかなあ」と思ったが、折角「徴収」してくれたものを捨てるのも忍びなく、おっかなびっくりポリポリと食べてみた。意外と美味しい・・・。昼時の空腹も手伝ってか、香ばしさと心地良い塩加減は、独特の「ポリポリ」感と相まって、なかなかのものだ。結局、貰った5〜6本を瞬く間に食べてしまったが、「ポッキー」との「ファーストコンタクト」は、必ずしも悪いものではなかった。

 昼休み明けの3時限目、「ポッキー」との思いがけない出会いの感動を誰彼となく分かち合いたい衝動に駆られ、教壇に登ってマイクのスイッチを入れるや否や、「先程、ポッキーなるものを貰って、生まれて初めて食べてみました。なかなか美味しいものですね・・・。」と言うと、100人程の受講学生が一斉にどっと笑った。ちょっとムッとしたので、「今日は美味しいものを食べて機嫌が良いので、少し難しい話をします。」と、予定になかった「構造主義」に関する年表を延々と板書して煙に巻いてやった。

 講義を終え、家に帰る途中、コンビニで「ポッキー」を1箱買った。
 想像した通り、ビールの「つまみ」に良く合う。「ポッキー」に対して免疫がなかったため、砂地に水が抵抗なく浸透するように、その美味しさが味覚に染み渡った。それ以来、夕食前に「ポッキーでビール」が暫く定番になってしまったが、いかんせん「お菓子」は腹に溜まりやすく、肝心の夕食を食べる量が日に日に落ちた。そのことに気が付いたときは、既に重度の「ポッキー依存症」になりかけていたが、自堕落な食生活に陥ることに対して、かろうじて残っていた「危機感」が歯止めとなり、自ら能動的に「ポッキー」と決別した。


 大人になってから、間食癖が付かなかったのは幸いだが、今もって年に2〜3度は、無性に食べたくなる「禁断症状」に見舞われるから、げに恐ろしいのは「ポリポリ」の魔力である。







 イタリアに、グリッシーニ( Grissini )という棒状のパンがある。
 リストランテなどで、前菜が来る間の「場つなぎ」としてワインと共に摘むパンだ。パンと言っても、差し当たり「菜箸」のような細長い棒状のもので、食感も「ポリポリ」としている。気の利いたリストランテなら、何も言わなくともサービスで中に5〜6本入った袋をさりげなく出してくれる。


 このグリッシーニを見る度に「ポッキー」を思い出す。
 折角、気を使って出してくれたものを放置しておくのも悪いし、ワインだけでチビチビと前菜を待っていても手持ち無沙汰だから、ついつい「ポリポリ」とやってしまう。当然と言えば当然だが、グリッシーニとワインは、胃の中で見事に調和して膨張するから、前菜が来る前に結構お腹が膨れてくる。自らの学習能力も、「ポッキー」然とした「ポリポリ」感の前には全くの無力で、グリッシーニをついつい摘んで腹を膨らまし、その後の前菜・パスタ・メイン・デザートにおける「コース」の進行状況に重大な影響を及ぼしてしまう。


 普段、日本で「ポッキー依存症」を無理やり押さえ込んでいるためか、遠くイタリアの地でグリッシーニを見ると、どうも「禁断症状」に火がついてしまうようだ。



 分かっているけれど止められない「ポッキー」と「グリッシーニ」の「ポリポリ」感・・・。
 嗚呼、願わくば、今夜のリストランテでは、どうか「ポリポリ」が出されませんように・・・。

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パニーノの味

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 子供の頃、遠足の弁当に、おにぎりをよく持って行った。


 おにぎりは不思議な食べ物で、普段食べると「変哲のない」ものであるが、遠出先で野外の風景を見ながら頬張ると、世の中にこれほど美味しいものがあるのかという味に変じる。


 小学生の高学年で行った遠足は、高尾山か何処かの山奥まで延々と徒歩で登らされるという過酷なもので、息も絶え絶えになった記憶がある。小学生の遠足で、これ程までの労苦を強いる先生の「気合」の入れようを呪いつつ、登り切らなくては「夜明け」は来ないと思い、懸命に歩を進めたものだ。

 やがて、見晴らしの良い開けた場所で「お昼」の時間となった。
 眼下に広がる森林の峰と、遠く富士山を望む景色は素晴らしいものだった。そんな景色を見ながら食べる、弁当のおにぎりは心に染みるほど美味しく、それまでの「強行登山」の苦労を忘れさせるのに充分であった。

 先頭を切って歩いていた「鬼先生」がやって来て、「どうだ、山の景色を見て食べる飯は旨いだろ!」と言った。
 子供心に「なるほどなあ・・・」と感じたものだ。






 イタリアにパニーノという独特のサンドイッチがある。

 少し固めのモチモチとしたパンに、ハムやチーズ、野菜、ツナなどの具材を挟んだもので、市中はもちろん、駅などにもちょっとしたスタンドが必ずあり、何処でも手に入る。高いものでも5ユーロを上回ることはないから、気軽に買って食べる事が出来る。旅の半ばで「そろそろ、重たい食事に飽きたなあ」と感じたり、「小銭が余っているし、小腹も空いたから買って食べるか」という時には便利な存在だ。

 ただ、このパニーノも、買った店の中にある飲食スペースで食べたり、ホテルの部屋に持ち込み、テレビを観ながらボソボソとかじるのでは味気ない。
 ペットボトルの水を一緒に買って、どこか見晴らしの良い場所を見つけ、ゆっくり風景を楽しみながら頬張りたい。

 フィレンツェのミケランジェロ広場で、赤茶けた家並みの屋根を見下ろしても良し、ローマのチルコ・マッシモの土手に陣取り、かつて繰り広げられた「戦車競争」の大スペクタクルを想像しながらでも良し、はたまた、パレルモの誰もいない海岸沿いのベンチに腰掛け、遠く何処までも広がる青いティレニア海を眺めながら、静かにパニーノを口に運んでも良いだろう。

 そういった風景の1つ1つが、旅情と共に、「変哲のない」パニーノをこのうえなく美味しいものにしてくれる。お気に入りの店で、お気に入りのパニーノを買って、自分だけのお気に入りの場所で風景と共に楽しむ・・・。

 とてつもなく、贅沢な旅の時間が過ぎてゆく。





 子供の頃、遠足で遠く山並みを見ながら「おにぎり」を食べたのも、きっと贅沢なひと時だったのだろう。

ティラミスの思い出

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 いわゆるイタリアンドルチェの中で、ティラミスが一番好きだ。


 大学2年生の時、ドイツ語のクラスに素敵な女の子がいた。
 上下左右、いずれの方向から眺めても非の打ち所がない美人で、同じ学科内における男子学生の視線を常に引いていた。細い肢体をすっと伸ばして歩く姿は、凛としていて、傍に近寄るだけで爽やかな風が吹くような雰囲気を持つ人だった。

 幸いにも、自分の友人が彼女の友人と親しく、それが縁で何となく(というよりも、かなり恣意的に)彼女に近づくことが出来、廊下で会えば、時折話しをするような間柄になった。



 ある時、彼女から、家でお菓子を作るので遊びに来ないかという誘いを受けた。
 当日、喜び勇んで、普段着ないようなジャケットを着つつ、待ち合わせの駅まで行くと、男女数人の友人も来ていたので少なからず落胆した。

 彼女の家に着き、広い居間で待っていると、今まで見たことのないようなお菓子が出てきたが、それがティラミスであった。その時分は、マスカルポーネなるものを食したことがなかったから、何だか不思議な食べ物だなあと思いつつ口に運んだ。

 皆でわいわいと騒ぎながら食べたティラミスは美味しかった。
 他の友人と楽しそうに談笑する彼女の横顔を見ながら、2人で食べたかったなあと良くない夢想に耽り、それでもせめて、自分の食べる皿だけは多めによそってくれているのではと、空しい期待を持った・・・。

 帰り際、駅まで皆を送る彼女と、少しだけ言葉を交わした。
 「美味しかった。また食べたいな。」「じゃあ、またいつか作ってあげるよ。」といったようなことを話した気がする。
 本当に素敵な人だと思った。





 あれから10年以上経った・・・。
 妻の作るティラミスは、相変わらず美味しい。

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