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10月5日(水)
平日の休み。
埼玉県の秩父まで、ドライブしてきました。
お昼に美味しいおそば。
平日とあって、店内はしーんとしていました。
「芝桜てんざる」
芝エビのかき揚げです。
くるみのたれでいただくおそばは、とても上品なお味でした。
もう
紅葉が始まっています。
そして
雨音を聞きながらの露天風呂。
ひっとっぷろ浴びて
さっぱりして
久しぶりの遠出でした。
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旅行
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7月に夏休みを全部使ってしまったので、
この夏は、ずっと働き通しです。
でも、金曜日に休みを一日だけ、もらったので、
大好きな河口湖に行ってきました。
天気は、まぁまぁ。
肌を刺す日差しも、風の匂いも
もう、真夏のそれとはちょっと違っています。
白い雲が厚く覆い、
富士山はその日、とうとう顔を見せてはくれませんでした。
湖畔で夫はバス釣りもせず、
私は初秋の湖面を眺め、
ただ、ただ 車の中で、聴いていました。
それはイチロローさんが、ブログお友だちの 「seiさん」 にいただいたCD。
NHKラジオFM
「甲斐よしひろのサウンドストリート」
秘蔵のそれは、カセットテープをダビングしてくださったものです。
ありがたくも神々しくもあり、
もう
「感動」 の一言。
あの
コアなイチロローさんを唸らせる、まぎれもないお宝です。
当時の自分たちを思い出し、記憶をダブらせながら
「これはよく憶えてるなあ。」
と、ところどころ言っているイチロローさんもさることながら、
これを聴いて録音し、ずっと大切にしてきた 「sei少年」 に脱帽です。
車の中は、さながらプチコンサート状態で。
車を富士吉田まで走らせて、
お昼に「吉田うどん」をチョイス。 そして午後は、忍野八海に立ち寄り
「白桃・巨砲ソフトクリーム」をふたりでなめながら、
観光地ながら美しい水と清流に心癒されてきました。
富士山には、ついに逢えずじまい。
なのに
帰りの東名高速で、ゲリラと事故渋滞に出くわしました。
できれば会いたくないものですが、
あの素晴らしいCD9枚組を堪能しているうちに車は都内へ。
ゲリラは去り、
東京湾にも涼しい風が吹いていました。
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長女に会いにカナダへ行った。
車は成田空港近くのUSAパーキングに置いた。
スーツケースの中には、日本からのお土産。
空港で長女に雑誌を買い、手荷物はさらに重くなった。
バンクーバーまで10時間
日付は戻る。
バンクーバー空港は雨だった。
乗り換えてカルガリーまでのflight 1時間半。
バンクーバーとカルガリーでも時差が1時間あるという。
土曜日の夕方 成田を発った私がカルガリーに着いたのは、
不思議なことに、再び土曜日の正午だった。
エスカレーターを降りる私の目に飛びこんできたのは、
笑顔で手を振る長女とその彼、トラバスの姿。
迎えに来てくれたこの時と、
旅の終わりの別れの時の
その光景を思い出すたび
私は
未だに熱いものが胸に込み上げてくる。
困ったものだ。
それから私たち4人は、キャンモアのホテルに3泊し、
バンフへの旅をした。
ロッキーの素晴らしい景色と
美しい自然に
私はすっかり打ちのめされた。
そして
私たちは、バンフに滞在中、
観光やトレッキング、そしてショッピングを楽しんだ。
バンフへの旅行を楽しんだ後は、
カルガリーを経由し
娘の住む街 Medicine Hat へ向かった。 カルガリーから車で3時間 バンフに流れるボウリバーが
メディシンハットにも続き、流れていると
トラちゃんが車の中で言った。
その道はどこまでもまっすぐで
地平線は360度
ただ ただ何もない
大地だった。
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カナダに来ています。
長女に会いに。
そして
トラバスにも。
仕事も休み、
「愛のろくでなし」東京公演もあきらめて
とうとう
きました。
地球の果て。
幸せそうな二人と一緒に
私と夫も
つかの間のバカンスを楽しんでいます。
この人生のいろいろを
感じながら。
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家の中でくすぶってばかりなので、出かけてきました。
昨日のことです。
風が強くお天気はイマイチでしたが、ゆりかもめに乗って。
夫は定期券を持っているので、私だけ一日乗車券を買いました。
家からお台場は近いので、ひと駅乗ると「お台場海浜公園」につきます。
夫の希望で、船の科学館にある 2隻の船の見学へ。
「南極観測船 宗谷」
"宗谷"は昭和13年耐氷型貨物船として建造され、太平洋戦争を経験。その後は引楊船、灯台補給船となり、昭和31年11月からは日本初の南極観測船として昭和37年4月まで、6次にわたる南極観測に活躍しました。その後昭和53年退役するまで海上保安庁の巡視船として活躍、昭和54年5月から、船の科学館前に係留され永久保存展示されています。(HPより)
「青函連絡船 羊蹄丸」
明治41年3月、北海道と本州を結ぶ鉄道連絡航路として開通した国鉄青函航路は、昭和63年3月青函トンネルの完成に伴い80年の長い歴史を閉じました。
"羊蹄丸"はその連絡航路に昭和40年に就航して以来22年7ケ月にわたって大役を果たし昭和63年3月13日、最後の上り旅客便でその任務を終了しました。その後、船の科学館に移籍し、平成8年3月装いも新たに、船の科学館前水域において一般公開となったのです。(HPより) 見学を終えると雨が降り出しました。
ゆりかもめにちょこちょこと乗っては移動。
でも天候悪く、水上バスはやめました。
あいにく風邪をひいていましたが
久しぶりにたくさん歩いた誕生日の一日です。
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