|
1904(明37)にエジプト考古庁長官から当時の“帝室博物館”に寄付されたという 古代エジプトのミイラ「アンクムウトの息子パシェリエンブタハ」。(舌噛みそうです) カルトナージュ棺と呼ばれる“ひつぎ”は切り分けられて展示され、 このミイラの頭部は露出しています。 これは昔「東洋館」で展示されていたものを見た記憶があります。 小学生の頃、夏休みの宿題の絵日記の題材にと、母や兄と一緒に訪れた博物館。 エジプトのミイラはほとんど「棺」を見ている感じで、 お隣の「国立科学博物館」にあったインド?の包帯で巻かれていない 人体がはっきりわかるミイラの方が印象に残りました。 でも、この頭部のみが見えるミイラの記憶も鮮明で、 頭蓋骨そのもののような、ぽっかりと空いた眼窩(がんか)が、ちょっと怖かった。 他にも出土品の人形や板に書かれた絵が、紀元前のものとは思えない きれいな色合いで、びっくりしながら眺めてしまいました。 明治時代、ミイラはとても珍しく、見物に多くの人々が押し掛けたと 当時の新聞記事に書かれていたそうです。 古代エジプトからの長い眠りに比べたら、日本に来てから100年、
前回観てから30年余りなんて、ほんの“ひと時”。 私達は悠久の時の流れの中に居るのだな…と不思議な感覚を味わって、 “別の夢”を見に、大井町(四季劇場「夏」)へ向いました。 |
全体表示
[ リスト ]




