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 彼女の名前は聞いたことがある…という程度の認識でしたが、
展示物を読み進めていくうち、記憶の中の色々なことが
どんどん繋がって・広がっていくのが体感できた、なかなか興味深い展覧会でした。

 ペリアンの名を最初に観たのは、確か柳宗悦展の時だった気がします。「民芸」繋がりで…。
また、1941年に彼女を当時の商工省の嘱託として招聘する事を推薦した坂倉準三の名で、
今度は西村伊作が浮かびました。
坂倉準三とはパリでル・コルビュジエのアトリエで一緒に仕事をしたという関係です。
 実際ペリアンは来日後、伊作の次女が坂倉夫人という縁で、一時期
西村家にも寄宿していました。
 ペリアンの来日時に乗船した「白山丸」には、彼女と同じパリから
岡本太郎や荻須高徳、猪熊弦一郎なども乗船していた、ということ…凄いメンバーです。

 来日後は、柳宗理らと「雪害調査所」を見学し、藁のクッションを作ったり
竹で椅子を作ることを試みる。そして「ペリアン女史 選擇 傳統 創造展」を開催。
写真で観ると、すっきりとした展示の仕方でとてもモダンに見えました。
 しかしその後は戦局の悪化もあってインドシナへ渡り、再来日は1955年。
今度は「芸術の綜合への提案―ル・コルビュジエ、レジェ、ペリアン三人展」を開く。
コルビュジエのタペストリーが意外…建築以外にも多彩な方なのですね。
 彼女の作品の書架「ニュアージュ(雲)」は書院造の違い棚を、
スタッキングチェア「オンブル(影)」文楽の黒子をイメージ。

 他には、1957年に完成した「旧東京都庁」知事室のテーブルとイス、
パリの日本大使公邸(1969)ラウンジ内装なども、彼女の作品でした。

 会場にあった彼女がデザインした安楽椅子(カッシーナ製)に腰かけ、VTRを視聴。
豊かな気分に浸れました。

※いつも携帯で撮った写真を使っていますが、
 今日は携帯の調子が悪くて、写真が貼れません…残念です。
★追記・ようやく写真が貼れました(18:00)。これがオンブル(影)という椅子です。

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