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たった25歳の生涯…しかし 想像を絶する密度で駆け抜けた彼女、改めて感動!でした。 幼い頃は比較的裕福だったのに、母親の考えで、小学4年で学業を中断… 主席だった賢い奈津(一葉)は、その後歌や書を学ぶ「萩の家」に通い、 すぐに頭角を現したようですが、父親、さらに兄の死で家長となって、 家族の生活を背負うなんて、過酷すぎます。 草履を編む内職や「小間物屋」をやってみても やっぱりうまくは行かなかった様子。 それでも小説を“生活の糧”=「糊口をしのぐものは書きたくない」って… それがあの文語体の格調高い小説になっていったのでしょう。 「奇跡の14ヶ月」と後に言われた“名作を連発”した頃、 なるべく原稿料を多く支払おうと心を砕いた博文館の社長のことは 初めて知りました。 医者嫌いだったという彼女、受診したときには手遅れの結核でした。 彼女が傑作を書いたのはここ台東区竜泉ではなく、本郷丸山町だったようですが、 一葉の代名詞ともいえる「たけくらべ」の舞台にもなっているということで、 記念館や文学碑もここ台東区竜泉にあります。 閉館間近、外にでると目の前が児童公園で、子どもたちの元気な声が響いてきました。 その声になごみながら、軒先がくっつき合うような密集した住宅地を抜けて、 三ノ輪の駅に急ぎました。 時間を見つけて「たけくらべ」などを読み返してみようと思います。
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